トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ルーマニアの中の小さなハンガリー村

これまで雨続きだった天気に、ようやく変化が訪れた。
久々にふりそそぐ太陽の光が、冷えた体に心地いい。
私たちは丘ふたつ越えた隣村を目指して、出発した。

もう午後をだいぶ過ぎているので、
日が暮れるまでには戻ってこなければならない。
幸いに日が長いので、時間はたっぷりとある。

背の丈よりも大きく、青々と茂った葦。
天を突き刺すばかりに、まっすぐに伸びている。

kalotaszegi utazas2011jul 339

さらさらと葦のすき間から流れこむそよ風を聴いていると、
通り道のりも強い太陽の日差しも自然と忘れてしまう。

kalotaszegi utazas2011jul 340

太陽に照らされて黄緑色にかがやく丘が、
果てしなく連なっている。
動物の毛並みのようにしなやかで、やわらかそうな草。
もしも巨人になったなら、
そのなだらかな斜面をそっと手のひらで撫でてみたい。

kalotaszegi utazas2011jul 345

砂利道に沿って、紫色の花が群生している。
可憐な花たちは、旅人の心を和ませ楽しませてくれる。

kalotaszegi utazas2011jul 347

一本道は曲がりくねり、丘を登ってから
今度は隣村へと導いた。
私たちはここから左折して、さらに丘をもうひとつ越えないといけない。
丘を登りきると、足元に小さな村が見えてきた。
疲れた足も、元気を取り戻し足取りが速くなる。
はじめ手の中に納まるくらいだったのが、だんだんと大きく近くなっていく。

kalotaszegi utazas2011jul 398

村で一番はじめに訪ねたのは、
教会の近くに住むカトゥシュおばあちゃん。
村で一番の美しい刺しゅうをするし、お料理も上手。
「今日は祝日だから、縫わないのよ。」とお菓子を切って出してくれる。

kalotaszegi utazas2011jul 356

おばあちゃんのお手製のベイグリは、
しっとりとしていて口の中でやさしく溶けた。
「遠いところからよく来たね。」と労いの言葉をかけてくれるおじさん。

kalotaszegi utazas2011jul 366

刺しゅうが終わったクッションは、
ボタンホールステッチをしてからさらに縁編みでレースをつけて華やかにする。
「もう少し遅かったら、これも持っていってもらえたのにね。」
町への交通手段が何もないこのような小さな村では、
手芸がおばあさんたちの生計の手段となっている。

kalotaszegi utazas2011jul 358

お隣のエルジおばあさんは、
手芸をしながら一人暮らしをしている。
今日は祝日のミサで、教会もさぞ華やかだったことだろう。
「この村には、パールタ(ビーズの冠)をかぶるような若い女の子はもういないわ。」

若い頃に着たという衣装を奥の部屋から探して、見せてくれた。
大切なハレの日の衣装には、しっかりとしつけがかかっている。

kalotaszegi utazas2011jul 384

青い艶やかな素材はシルクで、深い緑はウール素材。
ワインレッド、黄色、緑、白に青に赤・・・。
クテーシュと呼ばれるつなぎ目には、豪華な刺しゅうが施される。
ありとあらゆる色を組み合わせて。
「赤、白、緑・・・の三色は、隣り合わせにしてはいけなかったの。
というのは、ハンガリーの国旗の色だからね。」

1919年のトリアノン条約で、トランシルヴァニア地方がルーマニアに割譲された。
ここは、10世紀から続いていたハンガリー王国の一部だった。
ハンガリー人は母国から引き裂かれて、
少数民族として暮らすことを余儀なくされる。

40年代、トランシルヴァニア地方の一部が再びハンガリーに返還された。
カロタセグ地方は、ハンガリーに属する村とルーマニアに属する村に分かれてしまった。
この小さな村は、その当時ルーマニア領になっていた。
二つの国の間で揺れ動く時代は、
人々に、いかに大きな不安を与えたことだろう。

kalotaszegi utazas2011jul 392

その日の日曜のミサの終わりに、ある政治家が話をしていた。
「私たちは、トランシルヴァニアのハンガリー人の権利のために
ハンガリー市民権をえるための手助けをしている。」
ルーマニアでできた、新しいハンガリー政党のPRのようなものだった。
今ではもう、書類の申請だけでハンガリー人であるという証明が簡単に得られる。
しかし、その小さな証明書にどれほどの意味があるのだろう。

先祖代々の衣装に身を包み、
ハンガリー語を母国語として身につけ、
ハンガリーの歴史や文学に親しみ、
そしてルーマニアで生活をしている。
それが何よりもの証拠である。

たとえば村で目に留まった、民家の木彫り。
彼らの血潮の中に流れるハンガリー人であるという意識。
それは、どんなに国境線が厳しくとりしめられようとも、
戸籍上の名前が変えられようとも、
パスポート上ではルーマニア人と書かれようとも・・・。
人々の意識だけは、たやすく変えられるものではない。

kalotaszegi utazas2011jul 216

おばあさんの衣装棚の中でも、
とりわけ興味を引かれて見せてもらったエプロン。
ウェストの刺しゅう飾りは、
チューリップに見せかけて実はハンガリーの紋章なのだ。
ベルベットのベルト部分がぼろぼろに擦り切れて、
色あせてもまだ着られた跡が残っている。

kalotaszegi utazas2011jul 421

ミサの最後に合唱したのは、ハンガリー国歌。
国歌というより、むしろ民族の賛歌なのだろう。
「神よ、マジャール(ハンガリー)人を祝福したまえ・・・」
可憐な衣装に身を包み、
困難な時代を生き抜いてきた彼らの強さを感じずにはいられなかった。
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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(8)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2011-06-22_17:28|page top

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No title
複雑な経緯があるものの、そう言った状況を余儀なくされた
人々の思いは やりきれないものがあるんでしょうね。
国境とか民族と言う意識が薄い日本人は こう言った
歴史を持つ 世界の多くの人々について、どう言った
感想を持っていいのか 正直言って 難しいですね。

国家間の取り決めって何だろうと感じます。

この村の衣装は とてもカラフルですね~。
素晴らしい技法と色に目を奪われます。

日本人は ここまで自分の民族としての誇りを
保つアイデンティティーを果たして持っているか・・・
そんな事を考えます。  すぐに同化して 線引きを
うやむやにして行きそうな気配が…。
No title
エルジおばあちゃんの衣装、よさそうですね^^
青森には、こぎん刺しという文化がありますけど、
色がないですよね。
昔の日本だと、あんなカラフルな衣装を着ていたら、
頭がどうかしたんじゃないのと言われるので、
誰も着なかったんでしょうけどね。

Re: No title
霧のまちさん、
世界のあちこちにはこういう少数派の人たちが
たくさんいらっしゃいますよね。
私もただ日本で日本人として暮らしていただけでは、
分からなかったことです。

こういう家の彫刻や手作りの衣装など、
生活の中で使われるものに所属する民族のシンボルを使うことに
感動を覚えました。
これが、戦争や共産主義時代を生き抜いてきたのですから・・。

こちらでも90年代以降の生まれの人たちは、
こういう意識に希薄のような気がします。
一番大切なのは政治の力ではなく、
人々の心、郷土愛を育てることのような気がします。
そうでないと、このボーダーレスの社会で
人々はどんどん西へと流れていってしまうので・・。
Re: No title
Thomasさん、青森も風土的には
こちらと似ているところなのでしょうが、
衣装はまったく違うようですね。

こちらは、赤、ピンクは若者向け、
青、緑は年寄り向けとされているようです。
青や緑のエプロンに、いくら華やかな花の刺しゅうがあっても、堂々と着てしまう。
そしてこちらのおばあちゃんたちは体格が大きくていらっしゃいますから、
華やかなのがよく似合うんです。

こぎん刺しもいつか本物を見たいと思っています。
防寒であると同時に、美しい刺しゅう。
今でもたくさんの方に支持されていますよね。
日本へ帰ったら、おそらく着物を収集してしまうと思います。
こんにちわ^^
いつも素晴らしい写真と文章を楽しませていただき、有難うございます

ハンガリーの紋章の刺繍されたエプロン・・これを拝見して、ふいに何かが胸に突き刺さった気がして、クラっとしてしまいましたi-183 

何らかの理由で、言葉が抑圧されるとき、あるいは言葉に表現しきれないほどの想いがあるとき、象徴、模様に託されるものがより力強く深まるのだとあらためて気づかされました あの執拗なまでの模様の連なりが、魂の奥からの、時代を超えた言葉、祈り、呪文・・のようなものを含んでいるのだと感じて、模様を見たときの自分の感覚、気が遠くなるような、畏敬というか、心をわしづかみにされるような気持ちになることがなぜなのか、わかった気がします 

模様は、はじめは単純なものだったかもしれないですが、言葉が少しずつ複雑なものを表現しようと発展していくように、模様、象徴そのものの文脈?というか、模様のスピリットが人間の手を通じて命のようにこの世に流れ出て、体を与えられて育っていったのかもしれない・・、そういった過程は、大げさな話になるけれどこの世界の、神話的原初時代(勝手な造語i-179)の創造過程とのつながりが感じられるというか・・「想念界の存在→実在」の過程が可視化されるような不思議さを感じます

だからきっと、そうした模様を身につけることが、今度は逆に、人を精神的、霊的なものに立ち戻らせ、目に見えない力、この場合には誇りある民族としての歴史、過去と未来をつなぐ者としての生命に物語のエネルギーを付与することになるんだな・・と

だんだん何言っているのかわからなくなりましたがi-229

なぜ自分がこの模様たちに惹きつけられるのか、その秘密が少しわかったきがしましたi-239

思いついたままにいっぱい書いてしまいましたi-239
Re: こんにちわ^^
hasutamaさん、どうもありがとうございます。
私もこのエプロンを見たときに、
心が強くひきつけられるのを感じました。

少数民族として暮らすハンガリー人の抑圧、表に出して表現することのできない想いが、
刺しゅうや彫刻という形となって表れるのかもしれませんね。
もちろんこうした伝統の図案が形成されたのはもっと昔からのものでしょうが、
それ以前にもハンガリー人の歴史は相次ぐ戦争の繰り返しでしたから、
そういう歴史が人々の心に作用するものがあったのかもしれません。

私たち日本人が見て、一番違和感を感じるのは、
模様の密集だと思います。
私たちが自然に感じる空白や距離感はなく、
そこにあるのは執拗なまでの繰り返し、空間を埋めようとする衝動のようなものが感じられます。

たとえば古いイーラーショシュの図案にしてみても、
模様ひとつひとつの形が分別できないほどに塊と化しているのです。
(裏返しにした方が模様が分かるくらいに)
どうして、これだけ美しく手をかけて作られた模様が
ただの黒や赤に見えるまでに密集されなければならないのか。
言うまでもなく、糸だってかなり貴重なものだったに違いないのです。

何か実用的な目的があったのでしょうか。
それとも、精神的なもの、美意識の違いなのでしょうか。

古い文様を見るときに、おっしゃるように
モチーフが作り出す人間の手を動かしているような不思議な感覚を感じますね。
今作っている人は、自分ひとりが考え出したものではなく、
何千、何万という女性たちの手によって生み出された模様を
再現している、または彼女自身もさらに何かをそこに加えるのかもしれない。
こういうところが、FolkArt伝統模様の素晴らしいところだと思います。

実際に展示でご覧いただけるのが楽しみです。


No title
私も大学でハンガリーの歴史(かなり軽くですが)を学んだことがあるのですが、このトランシルヴァニア地方のことを強く話していたことが印象的です。(ちなみにヨーロッパの民族問題をテーマにした授業だったので、主にトランシルヴァニア地方のハンガリー人について学んでいました)
おばあさんの「ハンガリーの国旗の色になるから」という言葉にとても重みを感じます。
Re: No title
Sumiさん、どうもありがとうございます。
東ヨーロッパは、特にこのような民族と国家の関係が
どこでも問題になっていますよね。
トランシルヴァニアのハンガリー人は
ヨーロッパで最大の少数民族と言われているそうです。

共産主義時代には、名前をすべてルーマニア語名で書かないといけなかったそうで、
LaszloおじさんはたとえばVasileとぜんぜん違う名前で戸籍には書かれています。
(誰もこの名前で呼ぶ人はいません)
こんな風に自由が制限されればされるほど、
彼らの愛郷心は燃え上がるのではないでしょうか。

逆に90年代以降に生まれた子どもたちは、
驚くほどそういう愛着に乏しいのに驚かされます。
だから今こそ、郷土史や民俗学が子どもたちの教育に必要なのではないかと思うのです。