トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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南の島へ

大阪の昭和の町を去った後は、
南港から船で西へと向かう。
太平洋の波に揺られて一晩すぎると、
だんだんと広大な九州の大地が近づいてきた。

japankialliras2011 465

九州の大地を踏みしめて、休むまもなく
再び旅に出かける。
夏の変わりやすい天候の中、
台風が来ないうちにとさらに南へ。

昼間の焦がすような太陽光線が和らいだとき、
しめった潮風とともにやわらかなオレンジの光が
大海の上をただよう。

薩摩冨士と讃えられる開門岳は、
九州の終わりを告げていた。

japankialliras2011 490

7月の終わり。
まだ暗いうちに、島の港へ船が乗りこんだ。
大勢の出迎えの人たちの間をぬって、
友が走りよってきた。
まだ夢をさまよう朝の眠気の中、
彼女の声を聞いて私は喜界島へ着いたことを知った。

japankialliras2011 496

「ママ、喜界島へ来たって信じられる?」
目を見開いてたずねる息子の声。
「ううん、信じられない。」

そうしている間に、
暗闇は西へと引きずり込まれていき、
やがてスギラビーチに朝日が輝いた。
私たちの休暇がはじまった。

japankialliras2011 509


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comments(2)|trackback(0)|その他|2011-08-16_01:46|page top

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No title
喜界島へ行かれているのですか。
すぐに、どこなのかわかりませんでした。
薩摩冨士と讃えられる開門岳: いい写真ですね!
次の、報告をお待ちしております。
Re: No title
いきなり、九州と
そして離島がでてきましたので、
驚かれたでしょう。
喜界島は奄美大島のとなりの小さな島で、
鹿児島から一晩フェリーに揺られてつきます。

東京、大阪、宮崎、喜界島と
7月の間に西日本を存分に旅しました。
東京で買ったカブトムシもずっといっしょでした。