トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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カロタセグ地方の工芸フォーラム

トランシルヴァニアに帰って、5日目のことだった。
電話をとると、おばあさんの声だった。
「シンコー・カタリンよ。
今週末に村で工芸家たちの集まりがあるんだけど、
そこで日本のことを少し話してくれない?」
彼女はカロタセグ地方に住む、フォークアート研究家。
80年にクリテリオン社から、カロタセグの刺しゅうイーラーショシュの
膨大な図案を集めた本を出版している。

そして彼女とは6月に村を訪ねて、偶然そこにすんでいることを知った。
そこで、なんとなくそういう話を聞いてはいたのだが、
すっかり記憶の中から消えてしまっていた。

再びカロタセグの村へ行くことができ、
またトランシルヴァニアの工芸家たちと知り合うというよい機会。
喜んで承諾した。



私の暮らすセーケイ地方。
同じトランシルヴァニアのハンガリー人とはいっても、
自然環境もまた歴史的背景もだいぶん異なる。
ここから北に60kmほどの町チークセレダ。
そこでセーケイ地方の参加者たちと合流することになった。

家を出たのは6時前。
まだあたりは夜の気配をそのままに、ひっそり静まっていた。
背中には大きなバッグパック。
大部分は着物、そして資料の本、パソコンだけでもずいぶんと重い。
列車に乗って一時間半。ひとつ山を越えて、ようやく町に到着。
どんよりとした季節の変わり目の雲に、
冷たい秋風が吹いていた。

3時間ちかく町をうろついて、
ようやく待ち合わせ場所に恰幅のよい老人を見つけた。
トランシルヴァニアのハンガリー人のフォークアート協会の会長さん。
彼自身もまた若い頃は彫刻をし、今ではその技術指導にあたっている。
小型バスにメンバーが乗り、
ハルギタ山地をこえて、セーケイウドヴァルヘイへ向かった。

周りを山地に囲まれたこの静かな地方は、陸の孤島のようである。
列車はシギショアラに通じているのみで、
大都市を結ぶ大きな国道の沿線上にもない。
そういう訳もあって、チャウセスク時代の大規模な都市改革、
つまりは古い町並みを壊し、経済的に大多数を町に移住させるための
高層アパートの建設がここだけは免れたように見える。

ウドヴァルヘイはトランシルヴァニアでも、
一番ハンガリー人の人口比率が高いといわれている。
町も近郊の村々でも、90%以上がハンガリー語を話している。
我こそは純粋なハンガリー人だという意識も高い。

ここで最後のメンバーが乗ることになっていた。
私一人が座っていた後部座席に、中年の夫婦が乗ってきた。
金髪にかわいらしい丸顔の女性は、
私を見ると「あら、あなた!」と声をあげた。
いつか町のクリスマス市で、アクセサリーを売っていた女性だった。
セーケイ人にしては人懐っこい彼女とあっという間に打ち解け、
陽気な彼女は周りの人々をも明るくした。

途中コロンドという村を通りかかった。
ここは古くから陶芸が盛んで、
ザクセン人の影響をうけた青い塗料でペイントした食器は、
トランシルヴァニアのハンガリー文化を代表するものとなった。
今では、国道沿いをお土産やさんがうんざりするほど続き、
その土地の工芸というよりは、むしろ大量生産の雑貨ばかりが並んでいる。

どこかの商店で車が止まると、
あるメンバーが自社の製品をおろしはじめた。
家は現代的に建て替えられ、
庭にはどぎつく色づけされた小人やコウノトリ、亀などのオーナメントが
異様な風景をなしていた。

店のなかは、天井まで届くほどに雑貨類が積みあげられ、
コロンドの陶器もあった。
「これをどう思う?」とサツマール・フェレンツがやってきた。
手描きされた食器というのは見てもわかる。
それでも、その品には残念ながら生命がこめられていない。

今の工芸家たちの大きな課題は、工場製品と闘うこと。
それでも価格で競争するのは無理なことだから、
質は落とさないというのが日本では当然なことだが、
ここでは質を落とし値段を下げる方向へと進んでいるようだ。

大きな休憩をとってから、
車はマロシュ県の広大な平野をすぎて、
クルージ周辺のなだらかな盆地地帯に入ったのは
もう日も暮れかかっているころだった。



村につくと、教会の裏手の建物のなかで
すでに夕食会がはじまろうとしていた。
カティツァおばさんは人々の中に私を見つけると、
「よく来てくれたわね。」と肩を抱いた。
食事が終わると、その夜に泊まる家が各人に割り当てられた。

セーケイ地方のメンバーの中で、ひとり若い女性がいた。
彼女は素焼きの工場をもつ父親とともに参加していたのだが、
そっと私に声をかけた。
「いっしょの部屋になりましょう。」
私たちは、教会のオルガン奏者をしている女性のところへ案内された。

オルガン奏者の女性エーヴァは、
古いものはそのままに、そして快適に住みやすく家を改装していた。
壁には骨董品や絵画、そして本が趣味よく並んでいた。
村に何のゆかりもないこの女性が、どうしてここに引っ越すことになったのだろう。
彼女はそういう疑問を前もって察したようで、
自分のことを話しはじめた。

「むかし、牧師の夫がいたんだけど離婚したの。
二人の子どものうち小さい方は自閉症で、いっしょにクルージの町に住んでいたけれど、
20歳ころに状態が悪くなってしまった。
家に一日中閉じこもりっきりで、
私も仕事をしていたからどうしてあげることもできなかった。
それで、村に引っ越すことに決めたのよ。」

彼女は花屋さんで仕事をしていたので、
この村に越してからも植物を育てて、それを売って暮らしている。
息子さんも村で暮らすようになってからは、状態がよくなり、
今はいっしょになって花を育てているという。
庭の花々は愛情をいっぱいに受けて、生き生きと咲いていた。

kalotaszegi konferencia 003

私たちがあまりに家が古くて美しいのを褒めるので、
この家の歴史についても話しはじめた。

「天井の木に刻んであるように、この家は20世紀はじめに建てられ、
それとほぼ同時にシンコー・アンドラーシュという人が生まれたの。
彼は両親の期待をそむいて、外国に美術を勉強にいって、
のちにハンガリーのジョルナイ工房の工芸家となった。
彼がお金で困ったときに、オーストリアに住んでいたある実業家と出会って、
その作品を買うことで助けられた。
やがてアンドラーシュが亡き後、その実業家は作品を教会に寄付したのよ。」

彼女はその実業家とも会った。
それはちょうどこの家を改装しているときで、
はじめはどんな持ち主のもとにいったか心配だったが、
やがて彼女を知り安心して行ったという。
こうして彼女の家には、シンコー・アンドラーシュの記念碑が立てられた。

kalotaszegi konferencia 017

家のバルコニーで、器いっぱいに入った巻貝の化石を見つけた。
村はずれの原っぱで見つけたという。
それを目にして、息子の喜ぶ姿が目に浮かんだ。
まるで粘土でぐるぐると形作ったような、かわいらしい貝。
彼女は、私たちに化石の在り処をおしえてくれることを約束した。
こうしてカロタセグの村での一日がはじまった。

kalotaszegi konferencia 008









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comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2011-09-11_19:42|page top

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Korond!
またもやお邪魔します。Korond村はホームステイさせてもらった事があります。大量生産の製品が入り込んでるなんて、ちょっとショックでした。我が家には、お土産の温かみのある花瓶やお皿が残っています。ところで、そのうち手元にある手工芸品を、ブログで紹介しようと思っていますので、記事をトラックバックさせてもらうかもしれません。また、何か間違った事書いてたら、教えてくださいね。
Re: Korond!
yuccalinaさん、Korond村に行かれたのですね。
あの辺りは自然も素晴らしく、
そして陶芸の村として珍しいところだったのですが、
ここ10年ほどは、とにかく何でも売ってあるというようなお土産やさんが並んでいます。

あのコロンド特有の青いペイント陶器でさえ、
村ではなくて中国かどこかで作らせているのでは・・・と囁かれているほどです。
私もその実態を確かめたいので、
いつか陶芸の家庭を見に行きたいと思っています。

どうぞブログでご紹介してください。
トラックバックもかまいません。
せっかくですので、コメントくださったときのyuccalinaさんのリンクはそのままにしておいてくださいね。