トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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カロタセグ地方手芸の旅、2011/10(後)

村から村へと渡り歩いて、もう4日目だった。
カロタセグの村に最近移り住んだばかりの友人の家で、朝を迎える。
朝日が、ぶどうの大きな葉っぱを透かして入りこんできた。
週末は雨が予想されているものの、
まだ秋晴れの日がつづいている。

kalotaszeg201110 421

庭のブドウを好きなだけもぎ取り、
一つ一つの違った味を楽しみながらゆっくりと朝食を取った。
これまで急ぎ足で、食事を楽しむゆとりもなかったのだが、
絞りたての牛乳と村で作られているチーズに舌鼓をうち、
庭で収穫したにんじんやビートをかじる。

出発は昼前になった。
その村へは交通手段がなく、道のない原っぱを歩いていくしかない。
見渡す限りの大地には、
収穫の後の乾いた色だけが延々とつづいていた。

kalotaszeg201110 425

太陽は暖かかった。
歩いているうちに、上着やマフラーを脱いでゆく。
雨が二ヶ月降っていないせいで、茶色い大地は大きくひび割れて、
その中に足が吸い込まれてしまうのではないかと思うほどだ。

しばらく行くと、何もない原っぱの中に
ひとつ黄色く色づいた木が立っていた。
「クルミの木だ。」
そう言うとダンナとレベンテは木を大きく揺らし、その実を拾い集めている。
クルミの実をかち割り、口に入れるとほのかな甘みが漂った。

kalotaszeg201110 427

学生時代にブダペストの郊外の村で、
いっしょにクルミを拾ったのをふと思い出した。
街路樹のクルミの木を揺らし、袋いっぱいにクルミを集めていたら、
近所のおじさんが出てきて、ひどい野次を飛ばしてなじったことがあった。
ここでは、誰がそんなことに構っていられるだろう。

丘をひとつ越えると、
向こう側に村が見下ろせた。もう目の前。
自然と足取りも軽く、みるみる家に家々が近くなってくる。

そのとき、大空に浮かぶ白い雲のように
羊の群れが丘を越えて渡っていくのが見えた。
白い猟犬がこちらにやってくる。
羊飼いもいるだろうから、
別段おそれてはいなかったが、心持急ぎ足で丘を下っていく。
ときどき、野ばらの茂みが体をこすり、
引っかき傷をつけるが気にしない。
すぐ近くで、大きな羊の塊がざわっと音をたてて、
あわてて逃げていく。
群れにはぐれてしまったのだろうか。
「走ってはだめだよ。」後ろで友人の声がする。

やがて私たちが村のふもとに下りてきたとき、
白い犬もあきらめたのか丘を降りずにしばらく見送った後、
また引き返していった。

kalotaszeg201110 430

村はいつものようにひっそりと静まり返っていた。
今回無理をしてでも訪ねたかったのは、
80歳をすぎた図案描きのおばあさんがいるという話を聞いたからだ。

庭にひとり座って、豆をさやから出しているおばあさんがいた。
「カティおばあさんを探しているのですが・・。」
「私がそうよ。」という返事にびっくりする。

kalotaszeg201110 472

体の小さなおばあさんの後ろについて、家の中に入る。
地下室のように、一段低くなっている入り口へ足を踏み入れると、
目の前に大きなかまどがあった。
かつてはおばあさんの料理を手伝い、湯気を出していたであろうかまども、
石のように冷たくだまったままだ。

kalotaszeg201110 466

「私には子どもがいないのよ。」
おばあさんの身の回りを世話してくれる相続人も、
たまに顔を覗かせるだけだという。
村で生まれ育った、この世代の人はたくましい。
死ぬまで手から鍬をはなさず、
何をするにも人を頼ろうとしない。

kalotaszeg201110 433

テーブルの上には、きれいに詰まれた手芸品があった。
「これは去年作ったものよ。
でももう今年はだめ。もう年だからね。
縫うことも、図案を描くこともできないわ。」
その縫い目は真っ直ぐではないけれど、
おばあさんの年に相応しい味わいがあった。

kalotaszeg201110 436

もう少し早くおばあさんを訪ねることができたら・・と悔やまれる。
棚の中には、大事にしていた刺しゅうの型紙が
青いインクをにじませて並んでいた。
「たくさんあったのだけど、若い人たちが持っていったわ。
もうどうせ、使うことはないしね。
ガラスの万年筆もどこかにあったのだけれど・・。」

型紙や図案を入れたビニール袋の中を探ると、
紙につつまれたガラスの筆がふたつ出てきた。
展示会のために貸してほしいと頼むと、快くひとつを譲ってくれた。
沢山の図案を描いてきたおばあさんの仕事道具は、私の宝物となった。

kalotaszeg201110 445

「もしかしたら、また自分のために何か作るかもしれないわ。」
次に訪ねるときには、
おばあさんがその手を動かしていることを切に願った。

kalotaszeg201110 459

アンナおばさんは教会のオルガン弾きでもあり、
図案職人でもある。
いつも陽気でやさしいおばさんは、
母親と同じ年ということもあって慕っている。
「あなたたちがもうすぐ来ると思って
家でもてなそうと思ったのに、足がこんなになってしまった。」
今にも泣き出しそうな顔をして、原因の分からぬ足の痛みを訴える。

日本からお土産の糸通し器を見せて
実演をしてみせるが、針の規格が違うのかなかなか穴に入らない。
やっと細い針を探して、その日本の発明品を見せると、
おばさんの顔がいつもの明るさでぱっと輝いた。

kalotaszeg201110 517

村の人間関係が複雑であるのは、
通っているうちに少し分かるようになった。
人がどこへ行き何をしたかが筒抜けであるので、
来たついでにもうひとりと訪ねずにはいられない。

エルジおばあさんが門の前で手仕事を広げて、針を動かしている。
昔はどこの村でも見られる風景だったのが、
もう今では珍しいこととなってしまった。
声をかけるのも憚れるほど、その美しい眺めに見入ってしまった。

kalotaszeg201110 525

お隣のおばさんをわざわざ呼びに行ってくれる。
とりわけ刺しゅうの上手い隣のおばさんは、一度
何かの誤解で傷ついたことがあったので、
お土産に刺しゅうの品を買おうと思ったからだ。

おばさんはやってくると、頬にキスをして出迎えた。
夏の間に作り上げた作品をすみずみまで見て、
手持ちが少ないので二つだけ選び支払いをしようとすると、
突然手のひらを返したように、「値上げをした」といい始めた。
それでひとつを戻して、言葉少なに別れを告げた。

外国人である私には、他所よりも高く売っているという話は聞いていた。
その手芸に対する技術を高く評価していたので、
それでも構わないと思っていた。
何度足繁く通っても、心の通う人と通わない人がいるという
当たり前のことを目の前に突きつけられたような気がした。

私たちは、またもとの道を引き返した。
枯れ草は雨を欲しているように、高くその手を空に広げていた。
その時も近いようだ。
山の向こうの空気は白く濃くにごり、
天気予報が告げていたように今夜から天気は大幅に崩れるのだろう。

kalotaszeg201110 532

乾いた色をした丘をくだり、
日の暮れるまでに市に向かうべく家路へ急いだ。

kalotaszeg201110 536
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comments(9)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2011-10-16_00:04|page top

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懐かしい風景です。
トランシルヴァニアの小さな村の写真を見ると、
電車に乗ってすぐに行けた頃が懐かしいです。

ルーマニアの生活にはすんなり馴染めたのに、
日本では、たった1年居なかっただけで馴染むのに苦労しています。

ちょうどこの間、友人に「旅をしていて何が幸せ?」と聞かれた時、
頭の中にこの村へ向かう丘の風景が浮かんできました。
知らない村へ向かう道中が1番の楽しみだったのかもしれません。
その旅の楽しさを教えてくれたのは聖子さんのような気がします。
Re: 懐かしい風景です。
この村へいく道のりは長いけれど、
トランシルヴァニアでも最も好きな場所のひとつです。
お二人といっしょに初春の原っぱを歩いたこと、
あの時は震災の後の苦しい気持ちから逃れるように旅に出たのですが、
その一日で気持ちが吹っ切れたような気がします。

日本でお会いしてからは、何だか
お二人がクルージで住んでいらしたのが幻のような夢のような
不思議な心持に思えてきます。
今回立ち寄ったクルージの町も、ひとつ物足りないような気持ちになりました。

お二人の肌にぴたりと合う、
素敵な田舎生活を今度またトランシルヴァニアで始めてください。
日本の生活も素晴らしい出会いと発見がありますよう、
心からお祈りしています。
一緒に楽しませていただきました
こんにちは~
久々にコメントさせていただきます。
ずっと拝見しているのですが、
なんとなく気おくれして毎回読み逃げしています…スミマセン


晩秋?の風景を眺めながら、ゆっくりと進んでいく、昔ながらの手仕事を巡る旅、
一緒に旅しているような気持ちで、楽しんでいます。
前回の記事では、停電の夜を、月明かりを愛でて過ごし、
今回は歩いていくしか訪ねる方法がない集落に向かい、
時が止まったような暮らしを垣間見る…
この方たちの暮らしが、本当に現代の姿なのかと、
自分の暮らしと照らし合わせて、感慨深くおります。


今の私の周囲の暮らし…一般的な日本の暮らしだと思います…
物に囲まれて忙しく日々を過ごす暮らしと、
そちらの素朴で昔ながらの暮らしと、
どちらの居心地がいいのかと、どちらが人間らしいのかと、ふと思います。
そんな事を考えるきっかけを、いつもいただいています…ありがとう。




Re: 一緒に楽しませていただきました
ホリホックさん、
同じトランシルヴァニア地方でも、
私の日常の生活も皆さんと変らないと思います。
何でも物が手に入り、そして慌しい町の暮らしです。
それでも一歩村に足を踏み入れれば、
特にそれが不便なところであればあるほど、
時代をさかのぼったような風景、そして人々と出会えるのが
ここの面白いところだと思います。
そういうものを求めて旅をしたくなるのかもしれません。

このときはまだ秋の入り口だったような気がしますが、
もう今は氷点下を下回り冬の入り口にきています。
ホリホックさんは植物をめでて、素敵な生活をされているのでしょうね。
コメントをどうもありがとうございました。
No title
こんにちは。カティおばあさんの手芸道具を託されたお話と、秋の美しい風景をありがとうございます。でも、手芸品の値上げのくだりには、ちょっぴり胸が詰まりました。私はほんの通りすがりの身ではありましたが、人による温度差は多少なりとも感じていましたので、、。日本でも外国でも、都会であっても村であっても、こうした事は人の世の常なんでしょうけど。
ところで、私は手芸は編み物をする程度で、刺繍は全くなのですが、図案集を見たりするのは大好きです。最近、昔行った民族衣装の展覧会のチラシが出てきて、そのうちに私なりの手工芸品への思いを書こうかと思っています。また、どこかの記事をリンクさせて頂くかと思いますので、よろしくお願いします。
Re: No title
Yuccalinaさん、
人里はなれたこの村は一番好きな村の一つです。
カティおばあさんのことを話してくれたのは別の村の牧師さんの奥さんでしたが、
昔その村で住んでいて、子どもさんが小学生になるので村を離れたそうです。
この村には小学校すらありません。

できるなら今いる作り手さんから物を買いたいと思っていますが、
お金での取引があると人間関係はどこか冷めてしまうのが寂しいですね。
それも人しだいで、たとえば
ビーズ刺しゅうのおばあちゃんからはここ何年も作品を買っていますが、
なんだか自分が大のコレクターになったようで
おばあさんもとても喜んでくださるんです。
村の人間関係は、とくに噂や人づての情報などが
現実を超えてしまって、難しい部分もあります。

yuccalinaさんがトランシルヴァニアでいろいろなものを見聞きされたこと、
きっとその経験を誰かが必要としていると思います。
リンクして頂けるとのこと、どうもありがとうございます。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
No title
いつも とても美しい風景で心が和みますが
見るのと住むのとは 大違いなんでしょうね。
少しでも現金収入の欲しい 村人や 素朴に手芸を
続ける無心の方や・・・。
図案を描くのはガラスの筆なんですか。
貴重なものでしょうね。
家の軒先で針仕事をする風景って独特の美しさですね。
手芸ですから 当然かも知れませんが・・・おばぁさんの登場はあっても おじいさんは少ないですね。(笑)
高齢だから すでに皆さんは未亡人なのかな?

手芸をしない方たちは何をして過ごされているのでしょう。(笑)
Re: No title
霧のまちさん、
町と村の生活はひとつ大きく違いますが、
また村によってもその雰囲気が大きく変ります。

たとえば友人が引っ越した村は、
鉄道駅にも近いし(といっても徒歩20分くらいかかりますが)、
牧師さん夫妻が村をよくまとめているので活気があります。
その隣村はというと、鉄道からも遠く、村には学校もなく、
若い人たちはほとんど住んでいません。

私の知っているおばあさんはほとんどが未亡人ですので、
あまりおじいさんは登場しませんね。
よい年を重ねた素敵なおじいさんもたくさんいらっしゃいます。
どちらにせよ、今の80歳前後の世代の方は特別、
いい教育を施されて、質素で堅実な方が多いような気がします。
また社会主義世代の60代以下の人たちは少し違うようです。

手芸をしない人はお料理をしたり、テレビをみたり、人の噂話をしたり・・・。
どこでも同じですね。(笑)
ことさら冬が長いので、何か手を動かすことは大切な気がします。