トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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儚くこわれやすいもの

昼ごろ、おそろしく大きな物音がして
ベッドから跳ねあがった。
病気で寝ている息子の脇で、ちょうど本を読んでいるところだった。
あまりのおそろしい音に身動きができないでいると、
ダンナがあわててキッチンへ入ると、
「なんてこった!」と叫んでいる。

ドンと巨大な何かが追突してくるような騒音に、
シャラシャラと細かく氷が粉々になるような鋭い音・・・。
その様子から、何事かと頭の中で想像をふくらませる。

おおよその覚悟をしてから、やっと腰をあげてキッチンへ向かった。
先ほど食べ物をあたためるために火をかけていたコンロも、
冷蔵庫から出したトマト二個も、
それを置いていたテーブルさえも跡形もなく、
巨大な棚がそこに崩れ落ち、
膨大なガラスの破片・・・、
大きいものも、小さなものも含めて散乱している。

「ああ。古いガラスの瓶も何もかもが台無しだ・・・。」
頭を抱えてはつぶやくダンナを尻目に、
その現実をしっかりと見つめた。

真新しく透明の欠片、
緑色を帯びたものに、群青色の鮮やかなもの。
厚みのあるものに、紙のようにうすいもの。
中には白くにごった磁器も混ざっている。
ひとつとして同じでない、
いびつなガラスの破片が重なり合い、山となっていた。

しばらく眺めたあと、体を沈め、
ひとつひとつを手にとって袋へおさめていく。
一瞬で形が壊れ、
用をなさないものへと変わってしまった。
コーヒーカップにワイングラス、パーリンカ用のグラスに花びん・・。

その袋がやがて重いガラスの欠片でいっぱいになっていくまで、
不思議なほど冷静に処理をしている。
やがて大きなゴミ袋ふたつ分になると、
すこし落ち着いてきたダンナが言う。
「ほら、持ってみてよ。こんなに重かったんだ。」
20kgほどはあるだろうか、
今となってはただのガラスの塊である。

形あるものはすべて滅びる。
その代表的なもの、
もっとも儚くて壊れやすいものが
ヨーロッパ人が発明したこのガラスであるに違いない。

やがて外から帰ってきただんなが言った。
「さっき、ゴミ捨て場に捨ててきたんだけれど、
ジプシーのおばさんたちがわっと駆け寄ってきては、
何か使えるものはないかと探していたよ。」
こうして役目を果たしたものは、
必要とする誰かの手元へと渡っていくのだ。

やがて一時間ほどして、ようやくキッチンは片付いた。
共産主義時代の木製の棚は、何十年もの役目を果たし、
これから村へ運ばれる運命にある。
すっかり風通しのよくなったキッチンで、
驚くほどすがすがしい心持ちだった。




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comments(2)|trackback(0)|その他|2012-01-25_02:00|page top

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No title
古い棚が壊れたんですか?
一瞬 何が起こったのかと思いました。
外からクルマが 突進してきたかと・・・。
コレクションのガラス類が置いてあったんですね。
陶器よりも もっと壊れやすいもの・・・ガラス。
美しいけど こわれる。

こういう事も 日常にあるってことですね~。
Re: No title
そうなんです。
古い棚が、ちょうどキッチンのテーブルの上に取り付けてあったのですが、
地震でも何でもないのに突然落ちてきたようです。
はじめこの音を聞いたとき、
何かがコンロで爆発したのかと思いました。

大切なコレクションでも、いつかは壊れる。
私のものは少なかったにしろ、
当然の宿命のように思われました。
こういう壊れやすいものに価値を置くところが、
人間らしさなのかもしれませんね。
だからこそ、美しいのかもしれません。