トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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広武山での出来事

河南省の省都、鄭州(テイシュウ)の隣
荥陽(ケイヨウ)を経て、広武鎮へとたどり着いた。
ここに来たのは二回目。
数日前に大風のために行くのを諦めた、
広武山の遺跡をここから目指すことになる。

中国では一般的な、バイクの後ろに荷台をつけたタクシーがある。
おじさんと交渉して、30元で往復ということになった。
荷台に乗ってカーテンを引くと、
ガタガタと揺れるほかはどこに行くのか分からない何とも言えないスリルが感じられる。
カーテンの隙間から風景を眺めても、
だだっ広い枯れた畑に道路が一本続いているだけである。
やっとのことで長い傾斜を上りおえると、広武山の上にやってきた。

こんなもの寂しい場所にどうして来たかというと、
今から約2200年前の楚漢戦争で一大戦闘が行われた場所が残っているからである。
黄河を遠くに見晴らすこの山の、
西側が項羽率いる楚の軍であり、東側が劉邦率いる漢の軍であった。
両者はこの谷ひとつ挟んだ山でにらみ合い、
一年間に渡って戦いを繰り広げたと言われている。
その遺跡を、「漢覇二王城遺跡」という。
険しい崖の向こう側にうっすらと黄河が見渡せた。

luoyang 008

馬を連れたおじさんや爆竹を売るおばさんが後をついて来るのを
やっとのことで振り切ると、
今度はとがった山の峰から目のくらむようなくだり道にさしかかった。
舗装のされている楚城側から、
どうしても行きたかった漢城側への登り道を探す。
石の砦の欠片でも見つかるかと思っていたら、
ただのだんだん畑状の山肌が続いているだけである。
茨で生い茂った山を登ると、
野鳥がさえずる他は水を打ったような静けさに包まれていた。

この鴻溝(コウコウ)というこの谷を境に
一度は楚と和平条約を結んだ漢だったが、
すぐに約を違えて追跡し、ついに項羽を滅ぼして漢王朝を打ち立てる。
司馬遷の「史記」の中でも、このくだりは特にドラマティックに物語られている。

luoyang 031

二千年の時に思いをはせたあと、
息をきらしながらやっとのことで待ち合わせ場所へと戻った。
三輪の後部座席に座ると、激しく音をたててバイクは走りはじめた。
やがて、関所のような場所で足止めをくらうと、
村人たちがわらわらと取り囲んで門票(チケット)代を請求しはじめる。
一度は怪しんで見たが、よくよく見てもちゃんとした券のように見える。
二王城と観光区との二つの券を買わされてしまった。

「ついたよ。」と言うので、外に出ると、
別の観光名所のような場所に来たらしい。
真新しい大きな皇帝の石造がたつ道観は、そう古いものにも見られない。
とりあえず、「謝謝。」とおじさんにお礼を言って見学をした。

luoyang 050

車に戻ると、何か言いたそうなおじさん。
ノートを渡すと、「行きと帰りで60元だ。」と文字が主張をはじめた。
これでは話が違う。
「いろいろな場所に行ったじゃないか。」とおじさん。
怒りがこみ上げて怒鳴りたいのをこらえて、文字に託す。
「行きたかったのは二王城だけで、他は不要だった!」

ふてぶてしい態度のおじさんを置いて、
そのまま歩きはじめる。
「支払いがまだじゃないか。」といった風で追いかけてくる。
「ぜんぶ門番に取られて、お金が今はない。
あとで村で払う。」と漢字を突きつける。

「60元払うなら乗せてやるから。」とおじさんが追いかけてくるが、
無視をして歩きつづける。
もちろん時も大切だが、お金で解決すればいいわけではない。
10キロでも20キロでもかまわず歩くつもりだった。
やがて、おじさんが「30元」と折れたので、車に乗った。

三輪は途中で別のお客を乗せたりしながら、村に戻ってきた。
すぐに銀行に向かった。
どうしたことか、カードが使えずそのまま返ってきてしまう。
日本に電話して聞いてみても解決できず、途方に暮れてしまった。
おじさんは銀行の中で一部始終を見ていたので、分かったようだ。
周りに村人たちが囲んで、なにやら相談している様子。
「警察に行ったほうがいい。」

ついに村の警察に向かうこととなった。
退屈そうにたむろしている村の警察官たちに、
ノートに書いた文字を見せる。
「泊まっているところは?」
「友達はいるのか?」
書き込みだらけで、ノートには空白がほとんどない。

村の警察官たちもどう処理していいのか分からず、
ただ時間だけがいたずらに過ぎていく。
そこで、奥から険しい細い目をした制服姿の男が出てきた。
警察署長なのか、禿げ頭だが意外と若そうだ。
いくつか質問をして、私のパスポートと私の顔を交互に注意深く眺める。
不意にポケットから黒い財布を取り出してこう訊ねた。
「いくら要るんだ。」
「30元です。」と答える。

赤ちゃんの写真が内側に張ってある財布の中は、
札束でいっぱいだった。
100元札を一枚取り出して、タクシーのおじさんに差し出した。
「いいえ、30元でいいんです。」
「なんだ、それだけか。」というような態度で、お金を渡す。

「どうやって、お金を返したらいいですか。」
その奇跡のような施しを目にし、信じられない思いだった。
「いいや、いい。」と威厳あふれる態度で、手を振ってみせる警察官。
緊張感から開放されたせいか、一気に目に涙があふれてきた。
「謝謝。」と深く頭をさげた。

「村に帰るお金は?」と心配されたので、
ポケットからくしゃくしゃになった札を見せて、
「4元あるので、大丈夫です。」と答える。
「ご飯は?」
「いいえ、いいです!」

こうして、無事にバス停に戻ってきた。
バスに乗って安堵すると、その日の出来事が思い出されてくる。
見ると、前の広場から先ほどのタクシーのおじさんがこちらを見ている。
見送りたかったのか、ただ偶然そこにいるだけなのか。
やがてバスが出発した。
複雑な思いで、おじさんの方にすこし手を振った。
「お互いに、大変な日だった。」と相手を労うように。









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comments(6)|trackback(0)|中国ひとり旅|2012-05-01_20:58|page top

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No title
捨てる神も拾う神も。(笑)
そんなに手持ちのお金がなかったんですね。
大変でした・・・。
歴史をちゃんと勉強されて 行かれたんですね。
自分が歩いているかのような 臨場感が
あって 次回も楽しみです。
Re: No title
これまでは場所を見てから、
その土地の歴史に興味をもつ場合が多かったのですが、
今回はまず本から入りました。
何もない風景の中にも想像がふくらみ、
ひとりでもまったく飽きることのない20日間でした。

小さな町や村にいくときには
お金に余裕をもとうという教訓になりました。
こうした苦労も、どこかで楽しんでいる自分がいたような気がします。
No title
久々にブログを拝見しました。
自分が旅していたときのことを思い出します。

楽しいことばかりでもなく、重い荷物を背負い、雪の中で何時間もヒッチハイクの車を待ったり、
「いったい私は何をしているんだろう?」
と感じたこともしばしば。

何かに突き動かされて、こんなとこまでよく来たものだと。

よく喧嘩したり、泣いたり、助けてもらったりしたなあ。
Re: No title
satotomokoさん、ご無沙汰しています。
旅にはつらいことも悲しいこともあって、
それだけに楽しさが大きく膨らむのかもしれませんね。
そう思うと、少々の辛いことも乗り越えられてしまうから不思議です。
自分を突き動かす何かを信じて、
進むことって大切だと思います。

今回はヒッチハイクに失敗して、
村に戻ってペンションに泊まることになりましたが、
そのおかげで別の村にも立ち寄ることができました。
No title
そうなんですよね。

腹の立つことや、悲しいことがあっても、次に何か素敵なことが待っていたりして、
「これに出会うためだったのか~」と思うこともしばしば。

そう思えるようになって、乗り越えられるようになりました。
Re: No title
Satoさん、コメントをどうもありがとうございます。

ふだんの自分の常識や予想を超えた出来事に遭遇したとき、
確かに動揺しますが、
それを超えたところに何かが待っている。
交通手段がなくてヒッチハイクするとき、
長い距離を歩かざるをえないとき、
宿がなくて困っているとき・・・。
何かよい出来事があると、
その喜びが倍増するようです。

ルーマニアと同様、
中国もそういう意味で予想外がしばしばあって、
その中で人に助けられ、いろいろなことがありましたが、
私にとっては肌に合うような間隔でした。