トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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伝統を守るもの、伝えるもの


ゆっくりと午前を過ごしてしまい、
急いでヒッチハイクポイントに向かった。
何度か止まってくれた車も、私たちの行き先を聞くと、
残念そうに扉をしめてしまう。

どれくらい待っただろう。
先ほども値段の交渉をして引き返したおじさんが、
ほかに二人客がいるからと乗り合いを勧めてきた。
車に乗って、その客を待っていると、
高齢に近い男性と中年の女性がふたり乗ってきた。
「行き先は?」
と聞かれ、村の名前を言うと偶然同じらしい。
さらに驚いたことに、その二人はスコットランド人だという。

「その村に家を買ったのよ。」
と隣に腰かけた快活そうな女性は、
ルーマニア語からハンガリー語に変えて話しはじめた。
少し話をしているうちに、すべらかな英語が聴こえてきた。
「あの村の人々は自信にあふれていて、
こちらの村はそれは勤勉な人たちでね・・。
カロタセグの村々は、それぞれに個性があって面白いわ。」

村にある古い民家を買い、家を改装して庭をつくり、
土地の農業を支援する協会を設立しているらしい。
「この付近には、美味しい土着のリンゴの種があってね。]
と話しながら目を向けている先には、野生のリンゴの木が列をなす丘があった。
過疎化しているカロタセグの村に、
こうした外の力が活力を与えて、何かが変わっていくかもしれない。

IMG_9056.jpg

車を降りて、二人と別れたあと、
私たちはブジおばあさんを訪ねに家へ向かった。
ところが、門に鍵がかかっている。
通りの横で農作業をしていたおばさんに尋ねると、
同じ村に住む親戚の家に行ったという。
引き返して、教会に向かう通りからわき道にそれていくと、
いつか月明かりの中をいっしょに訪ねたおばさんの家の前にきた。
「ブジおばあさんなら、さっき家に忘れ物をとりに行ったわよ。」
ダンナと息子を置いて、ひとりでおばあさんを探しにいくことにした。

おばあさんがいつも使う、秘密の通り道がある。
80をすぎても、記憶が少しも乱れず、
ちゃっかり者と言っていいほどしっかりとしたおばあさん。
通りから足場の悪い崖を降りて、
小川をこえ、今度は草の生い茂った崖を上ると、
しっかりと手入れのされた畑が見えてくる。
そこを通って、おばあさんの納屋の扉を開けると、
真っ暗の空間には干草のにおいがいっぱいに立ちこめる。
家へと通じる扉は、向こう側からしか開かない。
仕方がないので、納屋の中からおばあさんを大声で呼ぶことにした。
おばあさんがこちらに来るのが穴から確認でき、やっと扉が開かれた。
「まあ、あなたなの!」

洗濯物をたずさえて、先ほどの抜け道を越えていく。
先ほど出会った外国人の話をすると、
「あの家はこちらよ。」とつい寄り道をしてしまった。
いとこの家に戻ると、今度は彼女の姿が見えない。
おばさんを追って、家に向かったと通りにいた人が答える。
ふたたび私が呼びに行くと、ブジおばあさんより10は若いおばさんが
「彼女はよくも、こんな大変な道を・・・。」といいながら、
やっとのことで崖を上がってくる。
こんなに小さな村で行き違いが起こるのが、可笑しくて仕方がない。

村で唯一の図案描きであるブジおばあさんの部屋には、
いつも村の人の注文した生地が山積みになっている。
油紙に大切にしまわれたイーラーショシュの図案の数々は、
村の女性たちの想像力の賜物である。

IMG_9015.jpg

かつて村には有名な図案描きがいて、
彼女は誰にもその図案を手渡さず、
イーラーショシュの研究のために人が訪ねてきたときでも、
図案を写したらすぐにしまいこみ、
それは大切に扱ったという逸話もあるほどだ。
その後、彼女の遺品はどうなったかというと、
子どもがいなかったため、親戚の手に渡ったとされるが、
聞いてもどこにあるのかわからないという。

村の女性たちの素晴らしいところは、
今では図案を写すにも合理的な方法もあるし、
一昔前は図案がプリントされた布さえ出回ったにもかかわらず、
昔ながらの方法を守りつづけていることである。
昔ながらの手織りの麻布に直接、
ひとつひとつの線を手で描いていく。

熟練の腕であるから正確でありながら、
その一本の輪郭は、刺繍をする人の感覚で
モチーフの密度や刺繍の幅を自在に変えることのできる
「ゆとり」を与えている。

これから先、村で図案を描く人はおろか、
刺繍をする人もいなくなってしまうのかもしれない。
イーラーショシュという伝統が、生きたものであるのは
こうした最後の世代の人たちにかかっている。

IMG_9039.jpg
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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2012-06-18_21:22|page top

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No title
じっくり読ませていただきました。
どの記事も優しく丁寧で、ひとつひとつが物語のようです。

また寄らせてもらいます。
Re: No title
はじめまして、コメントをどうもありがとうございます。
素敵な感想を述べていただいて、うれしく思います。

日本にお住まいの方の日常からすると
考えられないようなことが起こったり、
まるで私ひとりが別世界に迷い込んだような経験をすることがあります。
同じ文化圏で生まれ育った人が周りにいないため、
このブログを通じて少しでもその経験を分かち合えたらと思い
書きつづけています。
意識しないと忘れてしまいがちなうつくしい出来事や風景、
そんなものを少しずつ書き留めておきたいです。
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