トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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カティおばあちゃんの部屋

久しぶりの雨が大地をぬらしたのもつかの間。
乾いてひび割れた土や、
からからに乾いた植物を生き返らせるほどではない。
普段より幾分か心地よい朝の空気を感じながら、
友人の家から坂を上って駅を目指した。

急勾配の坂をのぼりつづけると、
心臓が飛び出しそうになるほど激しく音を立てて、
汗が噴出すようにして流れてくる。
森をすぎ、山の上の原っぱが見えはじめたころ、
後ろから見慣れた白い車がゆるゆるとやってきて止まった。
「忘れ物だよ。」とレベンテがジャケットなどを入れた袋を差し出した。
私たちは車に乗り、
座席に重いリュックをどっかと下ろした。
「だから、乗せていくっていったのに。」と友人は笑う。

山の上にある駅についたとき、
何人かの村人たちがすでに踏み切りの前で電車を待っていた。
赤いワゴン車がやってきた。
すると、みんなが運転主の女性と親しげに話をして、次々と車に乗る。
友人が私たちにも乗るようにと促した。
満員の赤いワーゲンに乗って、
私たちは鉄道路線とは違う、国道沿いに向かって走っていた。



午後のローカル電車で、アシの小川が流れる地方へと旅をする。
さわやかな風が風花を揺らしては、
涼しげな音を立てて通り過ぎていった。
この道すがら、いつも80を過ぎたおばあさんの顔を思い浮かべる。

kalotaszeg2012aug2 094

茶色い門を押すと、
ニワトリたちがにぎやかに歩き回る庭が見える。
おばあさんの住む部屋は、家の奥にある。
「チョーコロム(キスを)!」と叫ぶと、
中から小柄なおばあさんの姿が現れた。

「まあ、珍しいお客だこと。さあ、お入りなさい。」
部屋の中は外よりも熱気がこもっていた。
おばあさんが煮炊きをしていたようだ。
いつも黒いスカーフをかぶっていたのに、
暑さのせいか、見事な白銀の三つ編みをアップにしている。

kalotaszeg2012aug2 101

まばゆいほどの白い髪の先は黒いひもで結ばれて、
頭のてっ辺で円を描くように留められ、
真っ黒い櫛が添えられている。
白髪の美しさに、思わず見入ってしまうほどだ。

kalotaszeg2012aug2 104

近所に住むいとこのおばあさんがやってきて、
おしゃべりをしていたようだ。
「ママは、息子が外国に出稼ぎに行ってしまうので悲しんでいるのよ。」
村に住む息子さんは、スペインにきゅうりの刈り取りに行くらしい。
中学生と小学生の子供を置いていくため、
おばあさんが面倒を見ている。
青い瞳をうるませて、息子のことを心配していた。

kalotaszeg2012aug2 105

庭でなった果物を勧めてくれた。
夏りんごがこんなにやさしい色に色づいている。
砂糖菓子のように甘くて、みずみずしいりんごの味。
小ぶりの洋ナシも、とろけるように甘い。

kalotaszeg2012aug2 109

青空のようなブルーに塗られた、おばあさんの部屋が好きだ。
生活のにおいが感じられながらも、
おばあさんらしいセンスがあちこちに見られる。

kalotaszeg2012aug2 790

お孫さんのために料理をする、やさしいおばあさん。
畑で農作業をする、働き者のおばあさん。
そのかたわら、芸術家としての顔も持ちつづける。

kalotaszeg2012aug2 723

おばあさんの元気な顔が見られて、
色とりどりのビーズの中にしっかりとおばあさんの活力が感じられるとき、
いつもここに来てよかったと感じる。

kalotaszeg2012aug2 737

作りかけの作品の横に、
息子と同じ年のお孫さんがやってきて、
机の上に生まれたての卵をおいていった。

kalotaszeg2012aug2 732

日に焼けたやわらかな手からは、
信じられないほど細やかなミリメートルの形が生まれ、
カロタセグの色の洪水とおばあさんのメルヘンの世界とともに呼吸をしている。

kalotaszeg2012aug2 771

ひたすらに針をさしながら、おばあさんはいろいろなことを語ってくれた。
16歳になる孫のために、金のネックレスを買ってあげたこと。
3人の子供さんの生活のこと。
ひとつ屋根の下で暮らすお嫁さんから、冷たくされていること。
年をとり、楽しいこと辛いことを一身に受け止めて、
ひたすらに針をもちつづける。
だから、その作品はおばあさんの生命そのもののように、
果てしない力であふれているのだろう。

おばあさんに別れを告げ、
夕方の列車に間に合うようにと無人駅へ向かった。
茹でたトウモロコシを袋に包んでいただいた。
一本道に、都会の装いをした若者たちが行きかっているのを
ぼんやりと眺めていた。

kalotaszeg2012aug2 849

ふと、その中に黒い衣装に身を包んだカティおばあちゃんの姿が
みるみる内に近づいてくる。
どうしたのだろう、何か忘れ物でもしたのかもしれない。
そう思いながら、おばあさんの方に足を向けると、
「りんごを渡したいと思っていたのよ。」
と私の腕の中に、ごろごろとピンク色のりんごが転がった。

りんごの重みを腕で感じながら、
遠くなっていくおばあさんの後ろ姿を見送った。
オレンジ色に染まるアシの林の間に、
ふとおばあさんの足が止まって、こちらを振り向いた。
私は大きく手を振った。

kalotaszeg2012aug2 858

体の中心に灯かりが燈ったように
ほかほかとあたたかな気持ちで列車に飛び乗った。



*カロタセグ地方のビーズ刺繍について、
詳しくはもうひとつのブログにて。
カティおばあちゃんの宝物
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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2012-09-07_17:55|page top

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No title
おばあちゃんは高齢ですね。
でも ビーズのししゅうの技術を持っているって
素敵な自信です。
後継者はいないのでしょうか。
いつも 聖子さんのブログに出る 四角形の
ビーズの刺繍のモチーフが 本当に素敵で
可愛いなぁと 感激しています。
Re: No title
霧のまちさん、村の今の若い人たちを見る限り、
手仕事を趣味でも生計のためにでも
習おうとする人はあまりいないようです。
もう人々の興味が、村の伝統ではなく、
都会の流行に向いています。
今の70歳以上の世代だけでしょうか、
こんな風に衣装を身につけ、
そして独特の温かみを持っているのは。

No title
カティおばあちゃんの記事、うれしかったです!

宝物でいっぱいです!
フルーツだけでも素敵な宝物ですね。
お部屋もすごく雰囲気が出ていて素敵です。

そういえば毎年夏休みに訪れていた祖父の家も宝物でいっぱいでした。
久しぶりにおじいちゃんに会いに行こうかな。
Re: No title
yuriさん、そんな風に思っていただけて嬉しいです。
誰にでもおじいさん、おばあさんはいるけれど、
身近すぎてその素晴らしさには気がつかないものかもしれません。

お祖父さんの集めたものを宝物といってもらうなんて、
幸せなことだと思います。
私も素敵なお年寄りにたくさん出会いましたが、
その偉大さ、素晴らしさに気がつかない子供さんやお孫さんが多いのが
残念でした。

No title
後ろを振り返るカティおばあちゃんの姿、
涙が出そうになりました。
リンゴは大切なお互いの絆ですね。

わたしの尊敬する女性
わたしもいつまでもこうでありたい。
素晴らしい技術と完成は
心の奥底に共存していると確信しました。
わたしも慌てることなく
時間をかけた作品を
作っていくことを考えようと思います。

ありがとうございました。
Re: No title
twelveseventeenさん、
美しいものを作る人は
こころもそうであってほしいと思います。
カティおばあちゃんのように。

頂いたりんごをかじりながら、
カロタセグ地方に足を運んでしまうのは、
ただ美しいものに惹かれるというよりも、
このようなおばあさんと会いたいからということに気がつきました。

逆に、この世代の人たちがいなくなったら、
いかにカロタセグ地方に清潔の部屋が残っていようとも、
私は何の魅力も感じなくなるのではないかと思います。