トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ピッティおじさん

雨がしとしとと降る中を、車が走っていた。
気がつくと、巨大な町は目の下に広がっていて、
小高い丘をどんどん登りつつあるのが分かった。

オットーが言う。
「ここの森にはよく来ていたよ。
むかし、キノコ狩りが好きだったんでね。
医者になるのか、キノコ博士になるのかどちらか決めろといわれて、
キノコの道はあきらめたよ。」
10年前は神経質そうな青年とばかり思っていたが、
先ほどから弾むようにおしゃべりをしている。

大学時代に通ったおじさんの家には、
当時は新婚だった息子さん夫婦が同居していた。
不思議なほど物静かな夫婦は、会ってもどこかよそよそしかったのを記憶している。
いまや二人の子どもが大きくなり、
大人びた少女が私を見るなりこう言った。
「私のピアノを聴かせてあげましょうか?」
ぜひにというと、
電子ピアノの前におごそかに腰かけ、静かに奏ではじめた。
感情の起伏をこめて演奏する少女の手つきをみながら、
私は10年の時間に思いをはせていた。
隣には息子が腰掛け、じっとその演奏を聴いていた。

「僕がむかし知っていた道とは違うようだな。
問題なのは、ガソリンが足りずに
車を押す羽目にならないかということだ。」とオットーが言う。
びっくりして大あわてで、今すぐここで降りると告げると、
「冗談だよ。」といたずらそうに笑った。

やがて、目指す村が見えてきたので、
車を止めてもらい、降りる。
雨が体を濡らしはじめたので、雨宿りと昼食をかねて、
小さな商店で買い物をすることにする。
ちょうどよく店の前にテーブルがあったので、
豆の瓶づめを開けてパンといっしょに食べていると、
店のおばさんがソーセージの入った皿をそっと置いた。
「どうぞ、男の子にね。」
食事をすませ、小雨のふる中をふたたび歩きはじめた。

村に面白いおじいさんがいるという話を耳にした。
何でも古いものをかき集めては、小屋をいっぱいにしているという。
「その集めたものときたら、古い農具だったり、お金だったり。
価値があるのかないのか、さっぱり訳が分からないのよ。」
おじいさんの名前、ピッティをノートに書き付けた。
村には同姓同名の人が多いらしく、
そのピッティというのもあだ名のようなものらしい。

本道からわき道にそれると、家もまばらでしんと静まり返っている。
小川を通りすぎると、右手に一見してそれと分かる
ユニークな構えの家があらわれた。
ドアをノックすると、小柄なおばあさんが出てきて
珍しそうに私たちを眺めた。
「めずらしいお客さんが来たわよ。」と右側の部屋に向かって声をかける。
私たちは、左側の部屋に通された。

kalotaszeg2012aug2 959

壁面を隙間なくうめる絵付け皿に、
赤と青の刺繍のタペストリー、
いい具合に色の落ちたクリーム色と空色の古い食器棚。
バラの上で、鳥たちが向かい合わせになってとまっている。

kalotaszeg2012aug2 960

部屋には古いポスターが貼られていた。
「この踊っているのが、若いときのピッティおじさんよ。」
ハンガリーの民俗舞踊研究家マルティン・ジュルジ主催のフェスティバルに
招かれた時のもののようだ。
棚には、ハンガリーの首相からもらった勲章まで飾ってある。

そこではっと気がついた。
2年ほど前に町で開かれた民俗舞踊フェスティバルで、
何組かの老夫妻がステージで見事な舞踊を披露したこと。
中でも80歳を越えても見事な踊りをしたペアが、この二人だった。
若い舞踊団のそれとは違ってスピードこそないものの、
おじいさんとおばあさんのゆったりとしたダンスは、
音楽と一体化した独特の空気をまとっていた。

kalotaszeg2012aug2 974

そこで、同じく小柄なピッティおじさんが奥からやってきた。
背丈は低くやせているものの、引き締まった体つきをしている。
おばあさんと話している間にも、
おじさんはパーリンカをグラスにそそぎ、
息子には庭でとれた甘い梨やクッキーをすすめてくれる。
その瓶には、なんとおじさんの顔のステッカーが張ってある。
お客好きのおじさんは、いつもこうしてご自慢のパーリンカで
来客をもてなすのだろう。

kalotaszeg2012aug2 966

コレクションを見せてほしいというと、
表に案内してくれた。
まるい石が積み上げられたかまど。
この地方でしか取れないという珍しい石が、
おじさんの個性を表すかのように面白いオブジェになっている。

kalotaszeg2012aug2 986

離れにある小さな小屋に足を踏み入れると、
そこはまるでピッティおじさんの宝箱。
古い写真立てに革のベルト、ガラス瓶。
木彫りの杖にランプに時計・・・。
そのひとつひとつが寡黙なおじさんの代わりに
たくさんの想いを語りかけてくるようだ。

kalotaszeg2012aug2 995

ベツレヘム劇の小さな小屋は、おじさんの手作り。
イエス・キリストの誕生の場面を、人形で表したもの。
家の屋根にはコウノトリがとまっている。
小さな白黒写真を指さすと、「ワシの母さんだよ。」と微笑む。

kalotaszeg2012aug2 999

おじさんは棚の上からも、
次々と古い本などを出してはダンナに話しかけている。
収集することが生きがいのダンナがいつかこう言ったことがある。
「人が何かを集めることは、自己表現のひとつだ。
それは、ひとつの芸術だと言ってもいいかもしれない。」

kalotaszeg2012aug2 1001

村に住むほとんどの人にとってみれば、
埃かぶったおじさんの収集物など取るに足らないものかもしれない。
おじさんが40年ほどの年月をかけて集め愛でてきたもの、
それは彼の半生そのものを表すといってもいい。

kalotaszeg2012aug2 1003

テーブルに置かれた芳名張に書いているとき、
おじさんが寂しそうにこういった。
「残念だが、もうこれらの品を手放さないといけないだろう。」
どうしてかと訳を尋ねると、
息子さんやお孫さんたちがまったく興味を示してくれないという。
「いいえ、きっとその価値に気づいてもらえますよ。」と強い口調で言った。

ピッティおじさん。
数々の舞台に呼ばれた有名な踊り手。
そして、知られざるもうひとつの顔は、古い品々で空間を彩る芸術家。

kalotaszeg2012aug2 1017
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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2012-09-22_05:49|page top

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ジブリ映画のワンシーンにありそうですね
絵本の中のドワーフの世界みたいで驚きました。
かわいくて、味があって、深みがあって・・・
本当に素敵です。
こんなに心が躍るのに、息子さんたちがその価値を見出してないのは悲しいです。
少し悔しくもあります。
本当に早くその宝物の価値を気付いてほしいです。
Re: ジブリ映画のワンシーンにありそうですね
yuriさん、どうもありがとうございます。
ピッティおじさんの展示室、ほんとうに素敵な空間でした。
このおじさんの出来事はひとつの象徴のようなもので、
今のルーマニア全体を表しているようです。
お年寄りの世代の人たちの生きた世界が、
今の若い人たちのそれと大きくかけ離れています。
美意識にしてもそうですし、
村ならば農業や動物に囲まれた暮らし。
そういう価値に今の若い人たちが気づかず、
ブラウン管を通して流れるライフスタイルや流行の世界を追って
世界中をさまよっていくのは寂しいことだなと思います。

ドワーフというものを知らないので、
いつか帰国したら書店で見てみますね。

No title
掛け替えのない 人の歴史を 関心がないと言うだけで
簡単に消されてしまうと言うのは 空虚ですね。
でもでも 後に続く人が支えない限り 葬り去られて
しまう・・・定めでしょうかね~。
そうやって消えて行ったものも 世界には
いっぱいあるんでしょうね。
なんか 悲しいです。
Re: No title
霧のまちさん、
ひとりの人が築きあげたものはわずかなものですが、
せめて、身内の人たちにだけでも受け継がれていってほしいものです。
これまでにも、今のおじいさんおばあさん世代の人たちが
大切に守り続けてきたものに若い人たちが無関心というのを
何度ともなく目にしてきました。
トランシルヴァニアに伝統が失われてはじめて、
そのよさに気がつくのでしょうか。
子どもの内からいいものにたくさん触れさせて、
息子にはその価値をわかってほしいと思います。