トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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6月の原っぱとタイムの香り

せわしい一日が終わった。
四角いコンクリートの中で過ごした一日を思うと、
今すぐにでも新鮮な空気を吸いに表へ飛び出したくなった。

幸いに、我が家から徒歩10分もすれば町のはずれにたどり着く。
コンクリートのジャングルを抜け出して、
渇ききった蛙のように緑を探しに出かける。

丘を下りて、さらに上ったところには
もう自然の原風景が残っている。

nyarimezo2015 (1)

住まいからどのくらいの所に行けば、誰もいない空間に出合えるだろうか。
日本では、なかなかそういう町はないかもしれない。
見渡す限りの風景の中に、ただ私たち家族と、フランスから訪ねてくれたお客さまだけ。

nyarimezo2015 (2)

リカちゃんが、れんげの花で指輪を作って、
娘の指に巻いてくれた。
「可愛い、きれいね。」
女の子は誰でも、そういう言葉を聞くと嬉しくなる。

nyarimezo2015 (4)

タイムの茂みを見つけた。
うす紫に輝く小さな花の集まりは、まるで花束そのもの。
そこはかとなく、さわやかな香りが辺りに漂っている。
大きな手を広げて、旦那が上手にむしりとるとあっという間にハーブの束が集まる。

nyarimezo2015 (7)

夕暮れ時の赤い光の中に照らし出される、原っぱ。
風に吹かれて、さざなみのように草が波打っている。
こんなにも美しい場所なのに、
私の体はその精神に反比例して別の反応を起こしていた。
先ほどからくしゃみが止まらず、涙で目が赤くはれ上がってきた。
6月はじめのこの時期、原因不明のアレルギーが起こるのだ。

nyarimezo2015 (3)

子どもたちはそんな私にはお構いなしに、
夢のように見事な風景の中でかくれんぼして遊んでいる。
寝転んだり、かがんだりすると、
丈のひくい草の中であっという間に姿が消えてしまう。

nyarimezo2015 (5)

沈みゆく太陽の光を受けて、橙色に輝く原っぱ。
子どもの頃、終わりのないように思えた、長い夏休みに似ている。
涙目で、どこまでも走りつづける子どもたちの姿を追っていた。

nyarimezo2015 (8)



「これから森の方へハーブを摘みに行こうと思っているの。」
村につくと早々、友人のエンツィがこう言った。
その村に住まいを移して1年もたたない内に、
近所の母親グループの中にうまく溶け込んでいる。

隣村に住むレーカの四駆に乗せてもらい、
馬車しか通らないような山道を物ともせずに森の中へと突き進む。
「うちの主人は、傭兵としてアフリカに単身赴任しているの。
2ヶ月をアフリカで過ごして、あとの1ヶ月はここで家族で一緒に過ごす。
普段いっしょにいられない分、その時だけは存分に家族の時間を楽しむのよ。」
右へ左へと船のように傾く車体をうまく操りながら、レーカは話す。
遠い異国に暮らすご主人の話に耳を傾けていると、
不思議と今アフリカの森の中にいるような気がしてきた。

長い長い森の向こうは、ザラーンパタクという村。
周りを森に囲まれた神秘的な村は、
いくつも炭酸水がわき、昔はガラス工場があったという。
そういう彼女自身も、その村で幼い頃を過ごしたそうだ。
「昔は知る人ぞ知る村だったけれど、今はカルノク伯爵と交流の深い、
イギリスのチャールズ皇太子が別荘を買ったりして、
毎年イギリスから滞在客が来るようになったのよ。」

分厚いカーテンをめくったように、
暗い森が突然にひらけて、目の前には広々とした草原が広がっていた。
小さな子どもたちを車から降ろしてやり、大自然に一歩踏み出した。

nyarimezo2015 (10)

森の中のオアシスのような草原を、
ハンガリー語ではティスターシュという。
清らかな場所という意味だろうか。
辺りには、低木の白樺やジンの原料になるセイヨウネズの茂みが広がっている。
4人の母親と7人の子どもたちが、原っぱに散らばった。

nyarimezo2015 (11)

この広々とした空間は私たちだけのものだった。
子どもたちは、木の枝を拾ったり、
追いかけっこをしたりしてたっぷりと自由を味わう。
母親たちは、うす紫のタイムの茂みを見つけては、
熱心に刈り取って袋に入れている。

nyarimezo2015 (13)

面白いのは、タイムが生える場所は決まって
小さな丘のように土が膨らんでいることだ。
ヨーロッパの森でよく見かける、アリの巣穴のようだ。
そう話していると、誰かが教えてくれた。
「それは、タイムが乾燥した土を好むからなのよ。」
そばを通るだけで、柑橘系の果実のような新鮮な香りがこぼれる。

nyarimezo2015 (15)

子どもたちの方を見やると、
タイムの生える丘の上を踏み台にして遊んでいる。
1つの丘を取り合いになりそうなのを押さえて、
「ほら、あなたの分もちゃんとあるでしょ。」と友人が子どもの手を引いていく。
丘にちょこんと立つ様子は、まるで彫刻になった小人のようだ。

nyarimezo2015 (14)

原っぱの美しさは、その時期その時期で違う。
雨が多い夏は、緑が濃くなるし、
雨が少ないと逆に茶色味が多くなる。
一年で今だけしか見られない花と出合うことができるのも楽しみのひとつだ。

nyarimezo2015 (12)

ガタガタガタ・・・後ろの方から大きな音とともに、
丘の向こうから馬車が現れた。
自然と共に生き、自然を愛する人しか知らない、
隠れ家のような場所。

nyarimezo2015 (16)

後ろでは、町の劇場で女優をするイモラが抑揚に富んだ声で、
子どもたちに物語を語っている。
きっと子育てを楽しむ秘訣は、
母親自身がそれを楽しみ、そういう環境を皆の手で作ることだろう。
トランシルヴァニアは、
そういう意味では最高の環境なのかもしれない。

nyarimezo2015 (19)

散策に疲れると、
毛布を広げた上で子どもたちはピクニック。
母親手作りのサワーチェリーのケーキを、手づかみで食べる。

IMG_5510.jpg

先ほどから姿が見えないと思っていたら、
娘はひとり、わだちの上を飛びはねることに夢中の様子だ。
一見、何もないような自然の中にこそ、
本当の楽しみがある。
人に教えられることなく、自分の力でその美しさや不思議を発見し、
楽しみに変えていくことが本物の想像力ではないだろうか。

nyarimezo2015 (20)

日が落ちていくまで、娘の一人遊びを眺めていたい気分だった。
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comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2015-06-23_13:51|page top

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良いですね~、自然の風景
こんな草はらを見ていると、癒されます。
我家は牧歌的な風景が、とても好きです。 どこの国を訪れても、行きつくところこんな風景を求めています。 旅人が泊れるペンションが、ルーマニアでも町や村でどんどん増えて来ていると、レンタカーで旅行していて、感じました。

アットホームで一番好きなのは、フランスの宿です。 シャンブルドットと言いますが、家主さんとのコンタクトが多い様に感じます。 そして、10%くらいしか無いのですが、テーブルドットと言って、夕食が食べられる個人宿が有ります。 この宿はその土地の家庭料理が出て、大きな―テーブルで、2~4組の泊り客が、みなで家主さんと一緒に夕食を取りながらワイワイと、各国語が飛び交い、盛り上がります。

我家はこのテーブルドットがあるので、フランスの村に泊るのが一番大好きなのです。ルーマニアにも一部有りそうだったのですが、上手く泊れずに、体験出来ませんでした。

Re: 良いですね~、自然の風景
Kiyaさん、こういう何もない原っぱがなんて美しいのだろうと私も思います。
ルーマニアはまだ手つかずの自然が残っている方だと思いますが、
それでも、ここ15年ほどは社会主義時代に取り上げられた土地が
持ち主に返却されたということで、家や工場などができたりしています。

フランスの宿のあり方、素敵ですね!
一番美味しいのは家庭料理だと思いますので、
その土地に特有の料理を食べられる、そして人々と触れ合えるのはいい機会ですね。
ルーマニアでは安宿ばかりなので、
そういう宿泊があるのは知りませんでした。
いつか、またこちらにいらしてくださいね。喜んでご案内いたします。

No title
誰の所有でもないこんな広い原っぱ 日本にはなかなかありません。
もしあったとしても、子供たちはこうして何も持たずに訪れて遊ぶでしょうか。
日本には 小さな町の中の道でさえ 全く行き交う人を見ません。
みんな家の中にいるか 出ればすぐにクルマですね~。

きれいなタイムの群生ですね。 タイムってたくさんの種類があるようですよ。
私も庭先で育てています。 自然には無いですからね。
春には細かなピンクの花がこぼれるように咲きます。
こんな所で育つ子供たちは 心も体ものびのびした感性になるでしょうね。
Re: No title
霧のまちさん、この美しい原っぱがトランシルヴァニアの財産のひとつだと思います。
いつでも季節折々の野生植物が迎えてくれ、飽きることを知りません。
子どもたちにも、次の世代にこうした美しい自然を遺していってほしいと願います。

タイムって、多種類あるんですね。
こちらではハーブティーにしたり、お料理にも使ったり。
うまく乾燥させると、夏の自然の香りを封じ込めて一年中使えるんですよね。

この夏で、いくつ極上の原っぱに出合えるでしょうか。
これからが楽しみです。