トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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卒業式へのご招待

日本では桜と学校の結びつきが強く、卒業式といえば桜の花がつき物だ。
(地域によっては、入学式と桜だろうか。)
しかしヨーロッパでは、学期が9月に始まり6月に終わるのが普通である。
太陽はぎらぎらと降り注ぎ、木々は青々と茂っているから、卒業式もこうも変わるかと思う。

友人の婚約者が卒業するので、私たちも招かれた。
前からもらっていた招待状を開くと、写真が中に入っている。可愛らしく微笑む、十代の一番きれいな時の少女の姿・・・。
私はいつのことだったか、遠く昔のような気持ちである。
この招待状を親戚や友人に配って、招待するのが慣わしだそうだ。
私は初めて卒業式に招かれたので、まるでお誕生日会に呼ばれた子供のような心持であった。

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そして、卒業式のこの時期にはタブロウと呼ばれる大きな写真立が町中に飾られる。学校ごとに個性も違うが、芸術学校は特に力を入れているそうだ。
今年はルネサンス・イヤーであるから、中世風の植物模様や天使、中世の写本の金箔で彩られた文字などが美しく描かれていた。その中に卒業生の写真が飾られる。
服装も、ルネサンス風の生成りのシンプルな装いで統一されている。
私たちのいわゆる卒業写真とは違って制服姿でもないし、写真の撮りかたもずっと凝っている。まるで皆が俳優、女優のような感じ。
自分の粗末な卒業写真など恥ずかしくて見せられたものでない・・・。

卒業式というと、卒業生に贈り物をする慣わしだそうだ。
普通は本や花束、中にお金を送るときもあるそうだ。日本では、どちらかというと入学のほうに重きを置くが、ここでは卒業の方が重要なようす。
私は気が気でなかったので旦那をせかすが、のんびりとしたものだ。
「後で、後で・・・」と言っているうちに結局卒業式の前夜になって、自分のコレクションの中から本を探し初めた。

本は、小さな本でブルーの表紙にはおばあちゃんの写真が載っている。
古いハンガリー民謡を集めたものらしい。いかにも使った本であるので、私は失礼じゃないかと気になったが、友人なので大丈夫だという。

本の見開きには、本を贈るものからのメッセージと日付、名前を書くものなので、作家の言葉からの引用文を探す。
19世紀前半のハンガリーの作家、クルチェイの言葉

「別れ(の寂しさ)を和らげるものは、再会への望みに他ならない。」

卒業式にふさわしいようなので、私もこれに賛成した。

他にも・・・

「いい奥さんは、家の中の太陽のようである。
  家に何も持ってこないけれども、すべてが豊かになっていくのである。」


ここは誤解を生みやすいが、女性が役に立たないとの意味ではない。嫁入り道具を持ってこなくても、女性が家庭を豊かにするようにあらゆるものを生み出すことができるという意味らしい。
確かに婚約したばかりの彼女だが、まだこれは早いような気がするので却下。

本にメッセージを書いたら、きれいに包む。
息子も参加して、マジックで包装紙にイモムシが卵からかえったところを描いた。

時計を見ると、もう10時。
卒業式が始まる頃である。
花束も買わないといけないので、急いで家を後にする。
町の中心の公園沿いには、花屋が並んでいる。卒業式のために花を求める人がたくさんいた。

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トランシルヴァニアの野花はあれほど変化に飛んだ美しい色形なのに対して、売り物の花はなぜこうも人工的で似たり寄ったりなのだろう。
中には、着色した水を吸わせた青い花もある。どうして高いお金を出して、こんなものを買わないといけないのだろう・・・。
私たちは、一番控えめなものを一つ選んだ。

息子は小さな花束を抱えて、まるで自分のもののように嬉しそう。
これは人にあげるものだと念を押して伝えると、近所で摘んだしおれかかった花を見せて「これをあげる。」と花束は渡さないつもりでいる。
もう少し説得をしないといけないようだ。

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町にはセーケイの民族衣装を初め、晴れ着に身を包んだ人々が行きかう。

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旦那の母校は、プルゴール・シャーンドル学校と名前がつけられた。
旦那の恩師でもあった、この町出身の今は亡きグラフィック・アーティストである。
学校の前には彫刻も立っている。

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学校の小さな校庭には、人が一杯詰めかけているので卒業生の姿も見られない。
ちょうど、クラスの優秀な生徒を表彰しているところだった。
あらゆる教科を総合して成績優秀な生徒を三番まで、プレゼントが贈られる。
友人のアンナ・マーリアは二番目に名前を呼ばれていた。

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学校の特色は、音楽や美術、演劇やダンスの教育に力を注いでいることである。
最近は芸術に対する関心が薄くなり、旦那たちの時代に比べると生徒たちの意識も大分低下しているとの話である。

混声コーラスの演奏が終わると、解散。
後ろで式を見守っていた保護者や知人友人が、せきを切ったようにどっと押し寄せる。まるで人の波のようである。その中で、きれいな衣装を着た卒業生の姿が見られる。花束を一杯に抱えて、涙を浮かべる者もいた。

彼らは、彫刻された木の棒に赤い刺しゅうの小さな袋を肩に乗せている。
中には、塩とパンが入っているという。これは、社会という大きな旅に向かって旅立つ若者の持つ小さな荷物。この卒業式というものが、いかに大切なものであるかがわかる。
日本で言えば成人式。これから大人の仲間入りを果たす、不安と期待の入り混じった若者たちの姿に、ふと十数年前のことを思い出した。

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私たちも、祝福をしに友人のもとへと駆けつける。
息子は花束を手渡すと、キスを交わした。

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卒業をした感想を聞くと、「何てことないわ。もうとうに吹っ切れた感じ。」と案外あっさりとした言葉。
若者は、次なる目標を目指して後ろは振り返らないものなのかもしれない。

私たちは、卒業制作を見に校舎の中に入った。
芸術学校にふさわしく、壁には絵やら彫刻やらが所狭しと並んでいた。
中世風の壁画はリアルに良くできている。

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この不思議な扉の向こうには何が・・・?

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壁に埋められた人間、ちょっと怖い・・。

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そしてアンナ・マーリアの作品は、婚約者の影響もあってか彫刻の作品。
子供を胸に抱く母親のようである。丸みを帯びたその形は、まるで達磨さんのよう。
卒業試験は、10点満点だったそうだ。

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そして、一週間後にはエーレッチェーギと呼ばれる試験がある。
訳してみると「成熟の試験」とでもいおうか、大人としてどれだけ成熟したかを見るための最後の試練である。
全教科を対象にしたペーパーテストと口答試験があって、これは大学入学にも就職にも大きな影響を与える重要なものだ。

高校時代は人によって様々な思い出があるだろう。
私は主に家と学校の往復で、受験勉強に明け暮れた高校生活であった。
旦那の場合は、人生で一番良い時代だったという。
学校の友人たちとは美術という興味を通じて結びつき、勉強も遊びも熱心だったそうだ。
授業の合間に抜け出して、近くのパブにたむろしたりするのは普通だったという。
校長先生が、昼間にパブに見回りに行ったほどだったそうだ。
日本なら不良学生と呼ばれそうだが、ごく普通に優秀な生徒もそうしていたらしい。
あまりに自由な環境がうらやましく感じるが、その後の大学生活は逆に不自由に感じたらしいから良し悪しであるかもしれない。

できることなら自分の息子には、多感な高校時代には自由でのびのびと過ごさせてやりたい。学校の勉強以外にも学ぶことはたくさんあるはずである。
本を読んだり、人と関わったり・・・そんな風に時間を過ごすことができたら、と息子には望みをかけたいと思う。

帰り道には、もうハールシュの花が開いていた。
まるで線香花火のかたまり。今度、ハーブティーのために花を摘みに行こう。

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