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トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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週末の予定

 

シク村に結婚式を見に行くべく、準備をしていた金曜日。

頼みごとをしていた友人一家と、村で落ち合わせる約束をして、

夜行列車で娘とふたり出かける予定が、

直前に調べると5歳以上で切符がいることが判明。

旦那が車を出すよと言ったので、車で下二人を連れて行くことに決まった。

金曜日の夜に荷造りを整えて、

土曜日の朝、目が覚めると目覚まし時計が鳴らないことに気がつき、

携帯を見ると6時前。

確か、5時前に目覚ましを用意したはずなのにと思いながら支度をします。


窓の外は薄暗い空、しとしとと雨の降る音が聞こえている。

旦那を起こすと、

「本当に行くつもりなの?」という返事。

不意打ちのような言葉に嫌な予感がしていると、

「出発できるけれど、こんな雨でも行く価値があるのかどうか・・。

天気予報は見た?」というので、

パソコンを開いて天気予報を確認。

いつもの通り、午後に天気が崩れて雨という予報だった

シク村は、4月のイースター以来、毎日雨が降っているようだから、

雨が降るかもしれないというのは、あらかじめ分かっていたはずだ。

そのことを伝えると、「どうしても行きたいのなら行くよ。」と言いながらも、

支度をせず、いつまでも横になって咳をしている旦那。

調子が良くないなら、雨の中で5時間半の運転はできない、

そう決定したのは起床から1時間後。

調子が悪いなら、初めから言えばいいのに、

なぜ私に判断させるのかと閉口してしまった。

 

こうした予定の変更は、まだ知り合って間もない20年前ならば頻繁にあった。

あそこに行こうと計画を立てて、朝になっていつ出かけるのだろうと思っていると、

「やっぱり・・・だからやめよう。」といろいろ理由をつけて、

その日になって変更ということがよくあった。

決めたことはよほどのことがない限り守るべくしつけられた日本人の私は、

そうした急な予定変更にはついていけず、

予定が空いた後のことは何をしても心から楽しむことができなかった。

いつかこのことについて話しあったことがある。

どうして急に予定を変更するのか。

すると「気が進まないのに無理に予定を決行することはない。」

とその時の気分を一番に考えるからなのだろうとわかった。

その予定よりももっといいことが思い浮かぶかもしれないと

楽観的に考えるらしかった。

悪く言えば、先のことがあてにできない。

よく言えば、簡単に気持ちを切り替えられるようだった。

 

何度かこういうことが話の種になり、

とあるハンガリー人のエリート男性の車で、ブダペストへ向けていくときに、

この話題になったことがある。

彼はアメリカに留学をした経験があり、自分の文化とよそのものと比較することができた。

おそらく、東欧の歴史が影響しているのではないかという意見だった。

ハンガリーやルーマニアでは、20世紀にかけて

古き良きハプスブルク帝国時代があり、その後、第一次大戦の敗戦で

国がふたつに(現在のハンガリーとトランシルヴァニアがルーマニアになる)分かれ、

一時期、トランシルヴァニアがハンガリーに戻ったこともあり、

第二次大戦後にソビエト連邦に占領され、

長く続いた社会主義時代から資本主義へとがらりと国の方針が変わり、

現在に至っている。

つまり、安定しない社会であるから先のことまで見通しができない。

そのために、計画することがほとんど無駄であることを肌身にしみてわかっているのだ。

そう思うと、そんな社会で生まれ育った人たちに同情する思いだった。

当の本人はいたって、そんなことは気にせず、

4月の天気のようにコロコロと変わる日常を楽しんでいるのだ。

 

私も20年を経て、大分そういうことに柔軟になっていった。

8時に友人に謝りの電話を入れて、

気持ちを切り替えてその日一日を楽しむことにした。

予定のために行けないと思っていた、

3人の教え子の卒業式に下二人を連れて出かけた。

花束を3つ買い求め、セーケイの民族衣装を着た若い子どもたちに

花を渡して祝福をした。

その頃には大きな雲も去り、すっかり晴れ渡っていた。


帰り道、町の中心では「子どもの日」を祝うイベントが開催されていたので立ち寄った。

たくさんの出店や広場では子どものためのブースがあり、思う存分に遊ばせた。

その日ばかりは無料で入場できる狩猟博物館へ行って、姑宅で昼食をご馳走になった。

午後おそく、旦那がやってきたので、

いっしょに町はずれの大自然の中で野生のタイムを摘み、

大雨がやってくるまで、新鮮な空気をいっぱいに吸った。

 

そうなのだ、その日一日を楽しめるかどうかは自分次第。

雨でも晴れでも、たとえ大切な予定が変わっても。


 

 

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comments(0)|trackback(0)|その他|2019-06-07_12:43|page top

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