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トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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コロナ禍のトランシルヴァニア

3月9日に非常事態宣言が出て以来、
私たちの日常は大きく変わった。
子供たちは朝学校や幼稚園に行く代わりに、
夏休みのように一日中家にいる。
オンライン授業というとってつけたような手段にも慣れず、
あたふたと戸惑う学校側の様子が手に取るようにわかるようだった。
中途半端なことはせずに、
この状態が続くうちは仕事をきっぱりと忘れようと思った。

思えば、私たちの日常とは
社会が押し付ける価値観に則ったものであるといっていい。
学校教育がはじまると、朝から晩まで子供たちは学校で過ごす。
幼稚園では、学校への慣らしとして、
朝ごはん前に幼稚園へ連れていく。
朝ごはん、昼ごはん、お昼寝、おやつを食べたころに親が迎えに行く。
共働きの家庭にとっては大助かりなのだが、
要は、平日は教育機関に子供を任せきりなのである。

しかし、最終的に子供を育てるのは親であることに変わりない。
私たち親は、朝と夕方からの限られた時間の中で、
子供たちをしつけ、育て、その行動に責任をもたなければならないのだ。

自宅で過ごそう、ステイホームを合言葉に、
2部屋のアパートで5人家族がひしめく我が家で、
自宅学習、自宅遊びが始まったのだが・・・。
高校1年、小学1年、幼稚園年中という年の離れた兄弟が
あっちで遊び、こっちで勉強というのがなかなかうまくいかない。
その中でも家事はノンストップだ。
春から初夏へと流れる、一年で最も美しい季節を
窓の外からだけ感じるのも忍びない。
思春期の長男は、ともすると朝から晩まで
パソコン、タブレット、携帯という三種の神器を振りかざし、
家から出ようともしない。

そんな時、近所のスーパーで知人イロナに出くわした。
入場制限のある店内。
お互いに遠く離れ、マスク姿で品を選ぶそぶりで会話した。
買い物を終えて、家に帰ると
思い切って彼女を電話で呼び出した。
すると、彼女も二人の子供を家で持て余しているという。
森を一緒に散歩していた知人家族とも連絡が途絶たという。
彼女は遠く離れた村で牧師をしているが、
子供たちの教育のために生まれ育った町を選んだ。
彼女の夫ははルーマニア人で、普段はブカレストの
生物学研究所で働いている。
その夫がウィルスの研究をしていて、
まさにコロナウィルスの試験をする担当だという。

彼女自身は、子供たちの精神衛生上、
自宅謹慎はよくないと考えているようで、
その日から、長男とアーロンが自転車で出かけたり(スポーツ目的の運動は許されている)、
イロナの家に遊びに行ったり、
炭酸水通りの我が家の庭に遊びに来たりという交流が始まった。

2か月超におよぶ自宅謹慎の中で、
庭つきの家があるというのは何ものにもまさる宝だ。
炭酸水通りの家へ毎日のように通い、
いつの間にかそこで泊まり、過ごす日が長くなった。
今年初めて、心から畑をしたいと欲するようになった。
先の不安な世の中で、食べ物を自分たちの手で作ることができることは
大きな安心感を与えてくれるからだ。
3月から4月にかけて、しっとりと水分を含む黒い土、
中で眠っていた小さな虫たちが目を覚ますのを見ているだけで、
何とも言えぬ満ち足りた思いだった。
飛行機ひとつ飛ばない空はいつもより青く澄んでいて、
排気ガスが少なくなった町の空気も目に見えてきれいになった。

ki (2)

警察や軍隊が目を光らせる中、
隠れて悪いことをする子供のように、森のはずれまで自転車で出かけて行った。
炭酸水通りは、もう町のはずれの自転車道路に続いている。
森まで1キロ半といったところだろうか。
後ろに次男を乗せ、自転車を乗り始めた長女をしたがって、
炭酸水通りの小さな小川を眺め、
自転車道路に出ると、原っぱで放牧している馬の群れに挨拶をする。
さらに先に進むと、そこはもう森のはずれ。
くぼみに自転車を隠してから、
太陽の降り注ぐ森で目覚めたばかりの真っ白な「そよ風のバラ」や
輝くような黄色の「カエルの花」、細く優雅なカタクリの花や、
まるで森の精そのものように神秘的なクリスマスローズ。
そうした花を愛で、小鳥の歌声に耳を傾けているだけで、
緊張で固まった心が浄化されていく。

ki (1)

4月の終わりに誕生日を迎えた長男、
イロナの家族を呼んで誕生会をひらいたこともあった。
森のはずれにあるドボイ村の家に出かけ、
静かな環境に身を置いたこともあった。

ki.jpg

驚くことには、社会の影響を強く受ける町では
精神的に圧迫感を常に感じていたのだが、
村の生活は以前とほとんど変わらないということだ。
社会がどのような混乱に見舞われても、
村では何もかもがマイペースにただ流れていく。
特に自宅学習をする友人宅では何もかも変わらずに、
(友人が訪ねてこないことを除いては)
いつもと同じ日常が続いているとのことだった。

今日、長い非常事態宣言が解けた。
私たちの生活に精神に大きな影を落としながら、
それでも、この状況で多くのことを学んだ。
ルーマニアでは学校はこのまま閉鎖され、そのまま夏休みに入る。
私たちは、これまでの生活をどのように変えようか、
何を取り、何を捨てるかという選択の自由があるならば、
今こそ真剣に、深く考えなければならない。




















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comments(0)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2020-05-15_08:29|page top

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