トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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セーケイ地方の町村めぐり

朝早くおきて、車で出発。
行き先はザーゴンという村である。
ここのとある民家から家を建てるための木材を購入して、そのついでに収集癖のある旦那が古いたんすに目をつけたのだ。
そのたんすを、これから家を建てようとするドボイに運ぶためである。

宮崎でも、親戚の古いたんすなどをもらってきては家に運んでいたのだから、私たちの住空間はほとんど彼のコレクションで占められていた。
これからの生活が思いやられる・・・・

まだ半分夢心地の目には、鮮やかなジャガイモ畑の緑色と麦畑のベージュ色が飛び込んでくる。
野原にも、若草色、濃い緑色に混じって、所々に枯れ色が見られる。
まだ初夏なのに、秋が連想されるが、これはきっとこの土地の乾燥した空気のせいだろう。

おばあちゃんの住む村、ツォーファルバを過ぎて隣村はバラートシュだ。
ここは、19世紀後半に有名な東洋研究者バラートシ(バラートシュ出身の)・バローグ・ベネデクの生まれ故郷である。専門は言語学で、主にアジア方面を研究したらしい。
来日もしたそうで、アイヌの研究でも有名である。

この大きな村を通り過ぎると、コウノトリの数が目立つようになる。
ツォーファルバでは2つしかない巣も、ここパーケーでは、ほとんどの電柱の上に大きなコウノトリたちが小さな巣に身を寄せ合っているのが見られる。
民家の屋根に巣を作っているのも発見。
自分の家にコウノトリが巣を作るなんて、なんて縁起のいいことだろう。
ちょうどヒナが大きな翼をいっぱいに羽ばたかせて、飛ぶ練習をしていた。

Doboly 2 064


コウノトリの数はどのくらいいるのだろう?
聞くと、このコヴァスナ県で150~200羽ほどだという。
特にこの周辺の村には多いらしい。
5月ごろから巣をつくり、子供を育てて、秋が来る前に9月17日くらいにアフリカへ向かって旅立っていくという。
夏は涼しいトランシルヴァニアで過ごして、冬は温暖な南アフリカだなんてうらやましい。
私もできることならそうしたいくらいだ。

それから車は山脈を背にしたコヴァスナという町にやってきた。
この町は地方でも屈指の保養地で、たくさんのホテルが立ち並んでいる。
コヴァスナで有名なのは、何といっても水である。
つまり、温泉と湧き水のこと。

Doboly 2 019


町の中心にある水汲み場は、最近大改装されたらしく見違えるようだった。
花壇には花が咲き乱れ、噴水からは水が噴出し、立派なモニュメントが建てられている。
中に入ると、蛇口からは絶えず水が流れていた。
大きな蛇口が普通の炭酸水で、小さいほうは塩味の炭酸水である。

Doboly 2 016


この塩味の水は、料理に使うとよいそうだ。
炭酸も店で買うものほど強くなく、ほのかに鉄の風味がする。
なんとも体によさそうな味である。
私たちは、2Lのペットボトルを20個ほど一杯にして車に乗り込んだ。

Doboly 2 018


ここで方向を変え、山沿いに西へと向かっていく。
コヴァスナの隣村、チョマ・クールシュにも昔よったことがある。
有名な探険家クールシ(クールシュの)・チョマ・シャーンドルの故郷である。

Doboly 2 020


彼はハンガリー人(マジャール)のルーツを捜し求めて、チベットにたどり着いたと信じられているが、これは本当ではない。ハンガリー人は、ロシアのウラル山脈付近から発祥していることは知っていた。
シベリア方面に旅をする途中で、人の依頼を受けてチベットへ進路変更しただけである。
(とは旦那の話だ)

世界初のチベット語-英語辞典を編纂したこの偉人に敬意を表して、村の名前も「クールシュ」から「チョマ・クールシュ」と名前を変えたそうだ。
村の中心には彼の銅像も立っていて、記念館もあるから、ぜひ一度訪れてみてほしい。

村をひとつはさんで、山と山に囲まれた村がザーゴンである。
村の中心では、平日なのに掃除をする村人たち・・・
どうやら人々の意識が高そうだ。
それもそのはず、このザーゴンには文化会館と名のついた大きな屋敷がある。
かつてはミケシュ家という貴族のものであった。
村にもどこか文化的な香りが漂う。

やがて車はとある民家の敷地に入った。
ここが例のたんすの家である。
庭では笑顔がステキな兄弟が遊んでいて、すぐに私たちともなじんだ。
子供たちは家の家畜を次々に見せてくれた。

Doboly 2 023


そうしている間に、古いたんすは3人がかりで車の上に運ばれていった。
確かに一目で気に入っただけあって、このたんすは細部まで細かく彫刻がされている。
農村風ではなく、いわゆる19世紀末~20世紀始めの都市の様式のようだ。

Doboly 2 028


急ぎ足でコヴァスナ周辺の村を回ったが、久々に観光をしたような気分になって楽しい半日だった。
これから車はドボイへと向かって、本格的な仕事が始まるのである。

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Theme:東欧
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2008-07-04_06:40|page top

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