トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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Transylvania(トランシルヴァニア-森の彼方の衣装と手仕事展)


ルーマニア、トランシルヴァニア地方。

古きよきヨーロッパの面影が、

町はずれののどかな風景に、

おとぎ話さながらの小さな村々に、

人々の暮らしや心の中にひっそりと息づいているところ。

 

ハンガリー、ルーマニア、ザクセン、ロマ・・・。

さまざまな民族が長い年月をともに過ごし、

森とともに育んできたもの。

それぞれに個性豊かな民俗衣装、

住まいを彩る女性の手仕事を一堂に展示いたします。

 

トランシルヴァニアの手工芸品や手芸キットに材料もお求めいただけます。

期間中、イーラーショシュのワークショップも開催します。


Transylvania(トランシルヴァニア-森の彼方の衣装と手仕事展)

2017.06.17(Sat)06.26(Sun)

11:00open17:00close

けんちくの種(大阪府箕面市桜1-13-32 102tel 072-734-6343



Transylvania森のかなたの衣装と手仕事展【写真面】201706確認用Transylvania森のかなたの衣装と手仕事展201706【文字面】確認用  


DMをご希望の方は、 こちらのリンク先にてご連絡ください。
comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-20_22:01|page top

第20回ハンガリーフェスティバル


6月11日(日)名古屋国際交流センターにて、
第20回ハンガリーフェスティバルが開催されます。
ピアニスト赤松林太郎氏の演奏も聴くことができ、
日本文学研究者のVihar Judit氏も招待されているそうです。
私は「トランシルヴァニアの伝統衣装と刺繍」と題する講演をさせて頂きます。
ハンガリー刺繍の会の作品展やハンガリー料理も味見できるそうです。

お近くの方はぜひお誘いの上お越しくださいませ。
どうぞよろしくお願いいたします。

2017フェスティバルチラシ表 2017フェスティバルチラシ裏 



comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-03_17:22|page top

3月のカロタセグと娘の晴れ姿

長い長い冬だった。
何度も試みていながら、なかなか実行できなかった
カロタセグ地方への旅。
今回は、下ふたりを連れていくことにした。

村でドロンワークを研究する女性ふたりと知り合い
話し込んでいると、その日の宿を決めていなかったことに気がついた。
「私は村でペンション協会の会長もしているの。
いざとなれば、ここは600人のお客だって受け入れることができるだから。」
とすぐに電話をかけてくれた。
突然の宿泊客であるにも関わらず、
イルシュカおばさんは快く受け入れてくれた。

「子供たちが風邪をひくと困るから。」と
冷え切った部屋をすぐに暖めてくれる。
ちいさな部屋を忙しく動き回り、
追いかけっこやかなきり声を上げる子供たちを
微笑みながら相手をしてくれる。

翌日目が覚めると、
清潔の部屋を見せてくれた。
博物館でしか見ることのないような見事なフェルトコート。
アップリケでくり抜かれた四角形の襟は、
ハンガリーの紋章やバラが見事に図案化してある。
ハンガリー東部大平原とカロタセグ地方の衣装の共通点はいくつかあるが、
これもその一つだろう。


kalotaszeg marc (3) 

絵付きの小箱の中にしまった大切なものは、
数多くのプリント・スカーフだった。
工場製品であるから、それほど興味をそそられるものでなかった。
しかし、イルシュカおばあさんが一つ一つの柄の云われや
その歴史を熱く語ってくれると、
いかに村の女性にとって大切な品であったかが伝わってきた。
「昔は、結婚が決まると花嫁になる女性に、
スカーフを繋げたものを贈り物にしたものだったわ。
それだけ、高価で貴重なものだったのよ。」
最も大切にしているのは、ハンガリーのトリコロールカラーが縁を彩る
赤いバラのスカーフだという。


kalotaszeg marc


今回の旅の目的のひとつは、
イースターの旅のための下準備だった。
お客さんのために、おばあさんの手描きの図案をプレゼントしたらと思いついた。
ブジおばあさんを訪ねるのは、二年ぶりだった。
「日本のことがニュースで取り上げられるたび、
あなたのことを考えていたわ。
いつも、そうやって思い出していたのよ。」
別れ際に、笑みを浮かべておばあさんは言った。
遠いところで誰かが私のことを考えてくれる、
それがどんなに有難いことか身にしみて感じられた。


 kalotaszeg marc (2)


エルジおばあさんとカティおばあさんも、かけがえのないお友達だ。
「あなたの娘は、1歳半の時に会って以来だわ。
ずっと、会いたかったのよ。」
とエルジおばあさんはかねてから何度も口にしていた。
家族が増えても変わらず、温かく迎えてくれる。


kalotaszeg marc (4) 

今回の目的のもう一つは、娘にカロタセグの衣装を着させること。
エルジおばさんはこのために、親戚から3歳児用の衣装を借りてきてくれた。
三月の日曜日、
エルジおばさんの清潔の部屋で束の間、娘は少女に変身した。


erzsineni es biborka


煌くビーズにスパンコール、
ピンクのバラに赤いニットのちいさなお嬢さん。
カロタセグの家庭で、女の子が生まれない家はどこか寂しい。
エルジおばさんには娘がいないから、
さまざまな衣装や手仕事も手放したという。
女に生まれることの悦びのひとつは、
美しい衣装を着られること。


erzsineni es biborka (2)


娘を丁寧に着付けさせてあげる、
そうすることは嫁入りの予行練習なのかもしれない。


erzsineni es biborka (3)


「あなたたちは、私の家族よ。」
はじめておばあさんと出会ったのは娘が半年のときだった。
その時から、いつでも両手を広げて受け入れてくれた。
これからも、子供たちを伴ってこの地を幾度も訪れるだろう。
愛おしいおばあさんたちが待っていてくれる限り。

 erzsineni es biborka (1) 
comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-04-24_20:35|page top

カロタセグの成人式

昨年の3月。
イースターより少し早い春のはじめに、
カロタセグ地方に来ていた。
それは、「花の日曜日」と呼ばれるキリスト教の祝日。

ナーダシュ地方では、この時期にカルバン派の信仰告白式が行われる。
16歳を迎えた少年少女たちが、正式に信仰を受け入れる儀式であり、
いわば成人式といってもいい。

まだ日が昇って間もない早朝だった。
ある知人のつてで、16歳の少女のいる家庭を訪問した。
家族に挨拶をして、一室に通される。
テーブルにはきれいに折りたたんだ衣装が並べられ、
少女が部屋着のまま腰かけていた。
この日のために作られたビーズ刺繍のエプロンが、
まるで宝石のように朝日をうけて輝いている。

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少女はそわそわとどこか落ち着かないようだ。
それもそのはず、この日の礼拝の後には、
長い質疑応答の試験のようなものがあり、
晴れてカルバン派教徒になるからだ。
家族や親せきの他、村人たちの目が耳がその若者たちに注目する瞬間だ。
何より、これから衣装に着替えて
礼拝の前に行われる予行練習に間に合わなければならない。

やがて、ブラウスや色とりどりのリボンを抱えて、
おばあさんが到着した。
孫娘の衣装はほとんど、祖母であるエルジおばあさんが手掛けたという。
「うちの娘はお馬鹿だよ、本当に。
せっかくのきれいな髪を切ってしまったんだからね。」
チッラは、美容師になることを夢見る少女。
しかし昔は、村の女性たちは髪を生涯切ることはなかった。
カロタセグ地方では、少女はひとつに三つ編みにするのが習慣だった。

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慣れた手つきで、5メートル以上はあろうかという布の塊をほどき、
少女にかぶらせて紐を引っ張る。
スカートの下にはくペチコートは、
起毛したような厚いコットン地で、背中のところでたっぷりとギャザーを寄せる。
それだけでもボリューム感があるのに、
4枚も5枚も重ねるのだから
誰しもがふくよかな腰つきになる。

konfirmalas (55) 
それから、仕上げは白いプリーツスカート。
村によって、信仰告白式に着るスカートやエプロンの色が違う。
そして、これから始まるイースターの金曜日、土曜日、日曜日でも
装う色が変わるところもあるのだから、衣装はいくつあっても足りない。

それから、アンティークの朱赤の刺繍ブラウスがくる。
うすいコットン生地を青く染めるのは、この村の特徴でもある。
プリーツが解けないように丁寧に、糸でぬい留めたしつけを解いていく。

konfirmalas (78)  
100年以上も経たブラウスなのに、
新品そのもののような美しい状態。
いかに大切にとっておかれたかが伺い知れる。

konfirmalas (76) 
青に朱赤が冴え冴えとするブラウス。
肩に繰り返しつづく連続模様は、
遠くからでは確認することができないほどに密集している。
まるで、作り手が装い手に遺した一つの暗号のようだ。

konfirmalas (25) 
やがて、ずっしりと重いビーズ刺繍のエプロンの紐を結ぶ。
どうしたら着くずれしないでいられるのかと思っていたら、
おばあさんが針と糸でしっかり縫いとめていくからだった。
まるで人形を作るように、器用にエプロンも、ベストも、リボンも縫いつけていく。
「チッラは、縫い目だらけね。」とおばあさんが笑う。

2016年チッラと年号や名前まで刺繍された、
お祖母さんの愛情が込められた衣装。
カロタセグでは、何年がかりで衣装の準備に取り掛かるのだ。

  konfirmalas2.jpg

鎧のように上半身を覆うのは、村に住む職人さんが作る刺繍のベスト。
余白がないほどにびっしりと色や文様が重ねられる。
ロゼッタとも回転するバラとも呼ばれる模様が並ぶのは、
大切な少女を難から守りたいという親心の表れかもしれない。

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赤いガラス石のネックレスを纏うと、
少女の顔が一段と大人に近づいていく。

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少女から大人へ。
カロタセグの人々にとって、その大切な段階のひとつが
衣装を装うことにあるに違いない。
それは、何世代もの先祖から受け継いだ彼らの大切な文化であるからだ。

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ビーズの輝きに魅せられた人々は、
20世紀後半になっても衣装をさらに華やかに進化させていった。
ひとつの流行が来ては去り、
さらに新しい流行が追いかける。
それは、今もなお衣装という文化が生きている証なのである。

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そして、腕にも。

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信仰告白式に臨む少女は、
大きなリボン飾りを頭につける。

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これから行われる試練に合格して、
はじめてパールタと呼ばれるビーズの冠を被ることができるのだ。
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娘の晴れ姿を満足そうに見つめるおばあさん。
そして、部屋の外でそわそわと行方を見守るお父さん。
まるで、結婚式の予行練習さながらである。

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ハンカチーフを手に、聖書を脇にかかえて教会へと向かう。

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行く先々では、ご近所さんたちが
「立派ね。」「よく似合っているわ。」などと声をかける。

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20世紀から21世紀にかけて、
私たちを取り巻く世界は大きく変わった。
けれども、先祖から続く土地で生まれ育った人たちが、
昔と変わらぬ衣装をまとって人生の節目を迎えようとしている。
変わらない何かを、ある瞬間に見出すことができる。

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教会の礼拝がはじまった。
刺繍の施されたクロスが何重にも折り重なった下に、
パンとワインが保管される。
信仰告白式を終えた信者は、聖餐(せいさん)を受けることができる。
信仰の意味を探り、やがてキリストの血と肉を分かち合い、
はじめて信仰が彼らの精神に宿るのだ。

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チッラは、朝とは打って変わった
晴れ晴れとした笑顔で階段を降りてきた。
村人たちの見守る中で成人になった彼女は、
これからどんな人生を歩むことだろう。
その日半日付き添った私自身も誇らしく、
晴れやかな気持ちが宿っていた。
 
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comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-04-03_15:40|page top

ガーボルの詩人-ラフィ・ラヨシュ

旦那とガーボルさん、不思議な組み合わせだがよく気が合うようだ。

知性あふれるガーボルさんの話は魅力的だし、

彼を通じて得るガーボル像というものに惹かれるものがあった。

他者にとって理解の難しい規制は多々あるが、

家族一丸となって仕事をして、共同で生活を営む。

その姿は、現代の人間が失った家族意識や人生に対する安心感がある。

先祖から受け継いだ衣装に身を包み、そして早くに家庭生活を築き上げる。

「彼と話していると、自分がガーボルに生まれなかったことが残念に思われるよ。」

そう旦那が口にしたほどだ。

 

ガーボルさんは若い頃、絵の才能があり、学校でも一番だった。

「その時、絵の学校に進めばよかったのかもしれないが、

誰も手助けしてくれなかった。」

そして、絵を専攻していた旦那にデッサンのことなどをしきりに尋ねていた。

芸術を愛する心をもつ、ガーボルさんは珍しい存在に違いない。

 

「君たちは、ラフィ・ラヨシュについて聞いたことがあるかね?」

ガーボルさんが一冊の本を手にこういった。

その人はガーボルさんの遠い親戚にあたるという。

家業のアルミ職人のかたわら、子供5人を養い、そして詩を書いた。

彼は酒をのみ、不健全な生活を送っていて、

いつか更生させてやりたいとガーボルさんは教会に誘ったこともあったそうだ。

入院生活中、しばらく酒をやめていた時期があり、

彼は見違えたように顔に血色を取り戻していた。

しかし、最後には若くで不幸な死を招いてしまった。

 

アドベント派のガーボルたちが一堂に会して、合同の礼拝を行う行事がある。

ガーボルさんはその詩人を招いて、

そのセレモニーのために詩を書くようにと頼んだ。

しかし、その詩人は詩を書いてこなかった。

そこでガーボルさんは、今すぐにでも書くようにと彼をうながした。

詩人は、何を思ったのか森の中へ入っていった。

「その時間は、たぶん10分足らずだっただろう。

その間に、彼はある詩を書き上げたんだ。」

 

ガーボルさんは、紙に書かれた手書きの詩を読み上げた。

それは、大地に埋もれた石がそこから開放されたいと願い、

やがて川が包み込み、そこから解き放つという内容だった。

詩人自らも、自分もその川のようでありたいという願いをこめて締めくくった。

ハンガリー人の詩人のある作品と同様のモチーフを使いながらも、

彼自身の言葉と昔話のような語り口で仕上げた逸品だ。

 

きっと彼は天才だったに違いない。

そして、彼自身、ガーボルという宿命を背負い、

自己の内面との矛盾に苦しみながら生涯を生きたに違いなかった。


Rafi Lajosについてのドキュメンタリー映画



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