トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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トランシルヴァニアに家を建てる(8)

ドボイの朝は、やはり冷える。
これが8月とは、とても思えない寒さ・・・
朝食を食べて食器を洗ってから、やっと太陽の光が庭を照らし始める。

eskuvo 106

朝つゆを体いっぱいに浴びたお花も、やっと顔を出し始めた。
名前も知らない花だが、
夏にこの涼しげなブルーを見ると気持ちまで涼しくなるような気がして好きだ。
ただ今だけは、太陽の光が恋しい・・・。

eskuvo 107

朝はまだ仕事がないので、
もうひとつの土地を見に行くことにした。
ひとつ家をはさんだ向こう側にある。
中に入ると、鮮やかなグリーンが目に飛び込んでくる。
こちらは草刈をしなくても、いつもきれいに芝は整えられている。
そのわけは、この掃除やである。
私が入ってくると、突然上のほうから群が駆け下りてきた。

羊は人を怖がるのかと思ったが、もう私に慣れたということなのだろうか、
すぐそばによっても平気で草を食んでいる。
すぐ手を伸ばせば、あのフカフカの毛に触れるほどの距離にまでも行くことができる。
もの静かで、心穏やかなこの動物がだんだん好きになってきた。

juhok2.jpg

私のお気に入りのミシ君。
この立派な角がトレードマークだ。

eskuvo 113

しばらく建設現場で昨日のように水汲みをしていると、
すでに水がドラム缶一杯になったので、私はまた村をうろつくことにした。
村のはずれの墓地に挟まれた場所に、一人で住んでいるユリシュカおばあちゃんを訪ねる。
私の姿を見ると、喜んで迎えてくれた。
「あなたを待っていたのよ。」とおばあちゃん。

しばらく雨続きの為に村に来ることができなかったこと、
昨日は手伝いで忙しかったのでこれなかったことを話した。
しばらくお話をしていると、ちょうど手伝いに来ている近所の男性が中に入ってきた。
水を汲んだり焚き木を切ったりの仕事は、80歳を超えるおばあちゃんには大変な重労働だからだ。

この日の話題は、ドボイにすむ野生動物のこと。
この男性は、次から次に色々な動物の話をしてくれた。
森の王様クマは、毎年秋になると果物の木を目当てに村にやってくる。
それでも人が怖いらしく、夜にそっと忍び寄ってくるそうだ。
朝になってみて木の枝が折れていたり、時には木の幹ごと横倒しになったりと、その痕跡が見られるという。
ユリシュカおばあちゃんも、この家の窓からクマを見たそうだ。電気も通っていないこの家にたった一人、さぞ心細いことだろう。

他にも、キツネも出るそうだ。
キツネは、犬の様な大きさでそれは美しいそうだ。
ただ家畜を襲うという欠点があり、ユリシュカおばあちゃんの飼っていたニワトリも相当な被害を受けたという。それからはもう飼わなくなった。

すると「近所のピロシュカおばあちゃんが、キツネを家で養っていたそうだ。」と村の男性。
キツネたちを、馬やでひそかに飼っていたと話した。
自分の家の家畜は襲わないだろうが、他所にとっては迷惑な話だ。

今年の秋は、初めての実りを見ることができるという期待と同時に、森の動物たちという未知の存在の恐ろしさもある。特にクマに遭って半殺しになったやら、殺されたやらと話を聞くと・・・・

やがて男性が帰ると、おばあちゃんは手芸の好きな私のために作品を見せてくれた。
どれも若い頃に作ったという作品。

こちらは、家の壁に飾るタペストリー。
昔ながらのデザインに、気の利いたセリフを入れるのが面白い。
生地に模様プリントしたものを買って、刺しゅうを入れるそうだ。

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「 口で言うよりもすることのほうが難く、
  食べることよりも料理することのほうが難しい。 」

主婦の方なら、まさに同感と思うだろう。

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同じくタペストリーだが、こりらはルーマニア語で「おはよう。」と書いてある。

こちらはトランシルヴァニア、カロタセグ地方の有名な刺しゅうイーラーショシュというテクニックだ。

himzes2.jpg

その名の通り、布に絵を描くようにして自由なデザインで刺しゅうがしてある。
世紀転換期には、あのエルジェーベト王妃(シシィ)をも夢中にさせたカロタセグの刺しゅうは、今やトランシルヴァニア中で見られるほどポピュラーになった。
幸運のシンボルである蹄鉄のなかに、チューリップが入っている。

ユリシュカおばあちゃんが大きく広げているのは、森の動物のタペストリー。
ここドボイにぴったり合う、図案である。
端のほうには猟師の姿も。

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こちらは織物。
昔はどの家にも機織機があって、冬の間はずっと女性の大切な仕事であった。
おばあちゃんの織物は、シンプルな白同士の組み合わせ。
リネンとケンデルといわれる荒い植物繊維で織られている。
この織り糸の太さとテクスチャーの違いが、柄をさらに際立たせているようだ。

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・・・と写真撮影に夢中になっていると、長居をしてしまったらしい。
近所のお姉ちゃんに連れられて、息子が私を探しに来た。
相変わらず、年上の女の子と遊ぶのが好きなようだ。

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そろそろ昼食の支度をする頃だ。
まず焚き木から火をおこすことから、料理は始まる。
何度も失敗したが、ようやくコツをつかんできた。
最初は細い枝の様なものに火をつけ、紙を下に入れてから、徐々に大きい木を入れていかないといけない。

昨日家に忘れてきたポークステーキを温め、ジャガイモとソーセージ、羊のチーズで層を作って焼く。
サラダも添える。
昨日の名誉挽回とばかりに、今日はボリュームたっぷりだ。

村で料理をするのは、普段とはまた違った感じである。
村では時間があるので、余計なことに気をとられないで料理に専念できる。
そしてやっぱり、ガスよりも炭で作ったほうが料理は美味しい。

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食事の後は、息子を寝かせる。
男性たちの仕事もはかどっている様子。
今度はさらにコンクリートを上に上げるために、木の板で台を作る。
チェーンソーで板を切りそろえてから、釘で固定させる。

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この後、ラツィおじさんが手に釘を打ってしまうというアクシデントがあった。
相当痛いらしく、指からは血が流れていた。

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・・・が、ようやくコンクリート作業もこれで終わろうとしていた。
土地から40cmまでの高さにコンクリートは流し込まれ、土台は完成。
私たちの作業は、これがヤマだ。
後は、大工さんを呼んでの作業となるので、素人は余り出る幕がないそうだ。
家が建ってから、今度は内装作業が待っている。

また一日が終わろうとしている。
道ではガチョウたちが、息子の持ってきたボールで遊んでいた。
あの長いクチバシで「難だろう?」としきりにつついていた。

duks.jpg

これからしばらく、土台が安定するまでは仕事がない。
暑さでコンクリートが割れないように、たまに水をかけるだけだという。
ドボイの家作りも、ひとつの作業が終わった。

これが今年の秋までにできるかどうか・・・
まだまだ仕事は続く。

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comments(2)|trackback(0)|村に家を建てる|2008-08-15_07:30|page top

トランシルヴァニアに家を建てる(7)

目覚めて、外を見ると真っ白の深い霧ばかり。
夏の真っただ中に、珍しい天気である。
「秋が来たようだ。」とダンナもつぶやく。
霧があるということは、天気はきっとよくなるに違いない。
そう思いながら、道中の空を眺めていた。

やがて、巨大な真綿のようなもので覆われていた空の合間に鮮やかな青が見え始めた。
今日も天気に恵まれそうだ。

ドボイにつくと、今日の主役であるセメント・マシーンに登場してもらう。
まだおろしたばかりなのでピカピカ。
工事現場でしか見たことのない、この不思議な機械。
家を自分たちで建てることの多いトランシルヴァニアでは、個人でも普通に所有している。
まるで、コインを投入して動くおもちゃのようだ。

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あの40kgものセメント袋をまた運び込んで、この大きな口の中にスコップで放り入れる。
さらに水と砂利を中に入れる。
そしてスイッチを押すと、ぐるぐると中をかき混ぜてくれる。
しばらく待つと、ドロドロのコンクリートの出来上がり!

doboly.jpg

ここでも男性3人の中ですることはないと追い払われ、結局水運びをあてがわれた。
この周辺の家の者たちは、皆でひとつの井戸を使う。
私たちの土地からははす向かいなので近いが、ユリシュカおばあちゃんの家からはかなり距離がある。
一人暮らしのお年寄りにとって大変なことは言うまでもない。

巨大なモニュメントのような井戸は、てこの原理で動く。
とはいっても、バケツいっぱいはかなりの重さだから力仕事である。

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まず空のバケツを、上に向かおうとする力に逆らいながら下に下ろす。
バケツに水をためたら、上に引き上げる。
これがかなりの重労働で、あの太い棒を下から上へと力いっぱい手繰り寄せないといけない。
そしてバケツが持ち上がったら、持ってきた空のバケツに水を注ぐ。
上への重力があるから、バケツは宇宙遊泳するかのように不安定で、的を定めて水を入れるのは難しい。

eskuvo 053

水が一杯になったら、空のバケツを元の井戸の中に戻す。
・・・が、この空のバケツがヘタするとするっと手から抜けて上へ上りかねない。
かなりの力が上へとかかっているようで、体ごと上へと持ち上げられるような感覚になる。
井戸にふたをしたら、今度は水いっぱいのバケツを両手で運んでいく。
このバケツの重いこと。
肩全体が真横にぴんと張って、硬くなる。
歯を食いしばるようにして、やっとのことで目的地にたどり着いた。

生まれてこの方、水というものは蛇口をひねれば出てくるものと思っていたが・・・・
初めて有り難味が分かったような気がした。

何度か井戸と土地の間を往復して、ご近所のおばさんと遭遇した。
私がやっとの思いで井戸から持ち上げるバケツを、おばさんは慣れた手つきでするすると持ち上げる。
笑顔までこぼれている。
さすがは村で育った人だ。
体も相当鍛えられているのだろう。

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さて重労働をする私たちの傍ら、息子はというと・・・
やはりカタツムリ遊び。
今度は、木に登らされていた可哀相なカタツムリたち。

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私が疲れて、一休みしていると。
向いのイロンカおばあちゃんのところにいた、ジプシーの若夫婦が手招きをしている。
何かと思ったら、写真を撮って欲しいとのこと。
私はドボイの村人たちのカメラマンになったかのようだ。

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イロンカおばあちゃんが中に来るように誘ったので、お邪魔する。
おばあちゃんは洋服にアイロンをかけていたが、手を休めて、私に見せるために刺しゅうのクロスなどを広げて見せてくれた。
お嬢さんが作ったという、大きな壁掛け。
ラッパを吹く天使たち。
「神様のご加護が、この家にありますように・・・」とある。

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もうお昼が過ぎたので、食事の支度に取り掛かる。
村から持ってきたジャガイモをたっぷりと茹でて、下ごしらえ。
これをサラダ油であえるかして、すでにできているポークステーキを温めるだけ。
あとは、きゅうりのサラダにしよう。
などと考えていたら、お肉がどこにもない!

そうだ、袋に包んで車に乗せるばかりにして置いたのに、見事に忘れてしまった・・・・と青くなる。
現場では朝から作業をしてお腹をすかせた男性3人。どうしよう。

すると友人が「ヨーシュカおじさんのところへ行ったらいい。」と話すので、カゴとお財布を持ってドアをノックした。
中には、おばあちゃんが一人。
朝から労働をしている男性3人に食べさせるものがないので、卵を分けてもらうよう頼んだ。
お金を払いたいというと、「お金で分けるものはない。」とおばあちゃん。
きっと分けるほどはないのだ、とあきらめて帰ろうと思っていたら、「いくつ要るの?」と聞いてきた。
私が「3,4個。」というと、6個の卵を持ってきてくれた。

こんな風に物がなくて困っているときに、この6コの卵はとても有難かった。
かごに入れて、大切にして持ち帰ってジャガイモと一緒に焼いた。

昼食後、砂利の山を近くに作るよう頼まれたので、大きなスコップを手に作業した。
ただでさえ重さのあるスコップが、砂利をいっぱい乗せるとさらに重みが加わる。
それを前へ前へと放り投げる。
家を建てるという仕事の、ほんのわずかな部分でしか加勢できない。
だからこそ、できることは精一杯やりたいと思いながら、真上に照りつける太陽の光を感じながら山を積み上げる。
そして、バケツで水運び。
いつしか私の手の平もカサカサで硬くなり、小さな水ぶくれがひとつできていた。

やがてその日の作業も終わろうとしていた。
あれだけ深かった溝も、全て灰色のコンクリートで塞がっていた。

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明日も朝早くからの作業が待っているので、今日はドボイに泊まることにした。

日差しが西に傾き、太陽の光もオレンジを帯びてくると、村の通りも活気が出てくる。
ヨーシュカおじさんの羊たちは、プルーンの木にむかって一直線。
鈴なりになった黄色や赤の可愛い実を、美味しそうにほおばっている。

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「こら、ジュジャ!そっちはダメ!」と言っているほうを見ると、丸々と太った羊。
穏やかな笑顔のおじいさんは、「この子は、どれだけお金を積まれたとしてもあげられない。」と話した。
いつか読んだ星の王子様の一説のように、おじさんにとってジュジャはただの羊ではない。特別な存在なのだ。
家畜というのは、ただ食べものを供給するものだけでなく、こんなにも人間と近い関係になれる。
そう思うと、見る目が不思議と変わってくる。

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私たちは夕ご飯の買い物をしに、村のお店へ行った。
夕方の7時ごろ、お店は村人たちの溜まり場になる。
バルニは友人を見つけたらしく、お店の中でビールを開けて飲むことになった。
店の周りの庭でも、ビールを片手におしゃべりをするおじさんたちが見られる。
村には酒場がないので、それもかねているらしい。

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男性の輪の中で話しに混ざるのも何だと思っていたら、近所に住む三つ編みのかわいいおばあちゃんがやってきた。

明日83歳のお誕生日を迎えるおばあちゃんは、まだまだ元気だ。
これから牛が放牧から帰ってくるので、新鮮な牛乳を買いに行くところだという。
私もお供をした。
おばあちゃんの乳絞りを見学して、家に帰った。

もう9時ごろは薄暗く、冷え冷えとしている。
私は、晩方の村の空気を満喫した後、眠りについた。









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comments(5)|trackback(0)|村に家を建てる|2008-08-09_06:06|page top

トランシルヴァニアに家を建てる(6)

ドボイの家作りの記事を最後に書いてから、もう半月にもなるのに一体どうしたのだろう・・・と思われても仕方がない。
ここトランシルヴァニアだけでなくルーマニア全土で大雨が降り続き、作業が中断してしまったからである。

家の区画に沿って溝を掘り終えたので、次の作業はセメントで土台を作ること。
ただ雨が降ったらだめなのである。
だから今回の雨は、私たちにとっては有難いものではなかった。

家を建設する私たちだけではない。
農作業をする人たちにとっても、冬に家畜のえさとなる干草を運ばなければならない大切な時期に思わぬ雨の連続。
それどころか、村のご近所のヨーシュカおじさんは雨の中で作業をしたために肺炎になって一週間入院したという話だ。
誰にとっても、よくないこの雨・・・

やがて、ある朝。
いつものような白く厚い雲の間から青空がでてきたので、私たちは作業を再開することになった。
まずは、町の資材やさんでセメントを買う。
40kgのセメント袋を38コ買って、およそ10万円。
経験のない私には、安いのか高いのかよく分からない。

ダンナは先に、トラックに乗って村に向かった。
私たちも後を追う。
広々とした平野に出ると、空はもう青く光っていた。

私たちの車がドボイの土地に着くと、だんなの乗った車はまだ到着していなかった。

土地は雨が続いたので、しっとりと黒く湿っているようだ。
春にクリーム色の花を咲かせたボッザは、すでに実がなり始めている。
この実が黒くなると、ジャムになるらしい。
ボッザは野生だから手はかからないし、お花はジュース(こちらを参照)に、実はジャムにと便利な植物だ。

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そしてダンナとセメントを乗せた赤いトラックがやってきた。
今までのんきに散歩をしていたガチョウは、車を見ると血相を変えて一目散に駆け出した。
息子は大笑い。

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そして、これから作業が始まる。
あの40kgもの袋を抱えて運び、雨を防ぐようにビニールの上に置いていかなければならない。
運転をしていた資材やさんがコンクリートの袋を渡し、ダンナたちが次々に運んでいった。
袋からは、真っ白な粉が煙のように舞っていた。

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この40kgという大きさ、相当なものである。
日本では、だいたいお米の袋も20kgだと記憶している。
それでも大変なのに、40kgはその倍だ。
私も一度は手をかけて、持ち上げようと試みたがビクともしない。
・・・仕方なく、あきらめて息子と遊ぶことにした。

水を汲みに来た、近所のおばさんが息子を見て「うちの孫のジョンビカと遊びなさい。」と声をかけてくれたので、遊びに行く。
ここは、数世帯の家族が一緒の土地に家を建てているらしく、誰と誰がどんな関係なのかよく分からない。
私たちはおばさんの家に通されると、女性が何人かテレビの前に座っていた。

先ほどのおばさんが、ダンナたちが2人で作業しているので、息子に電話をして応援するように話してくれた。
こういうところが村のよいところだ。

息子は外で虫探しを始めたので、仕方なく私もテレビに注目する。
ブラウン管の中では、ルーマニアの南部オルテニアや東部モルドヴァの風景が写されていた。
どこも水、水、水・・・
そうルーマニアの平野部ではこの大雨のせいで洪水が発生し、大変な被害をこうむっているのだ。
話は聞いていたが、テレビがないのでこんな映像を見たのは初めてだ。
民家は、屋根が見えるだけですっぽりと水の中につかっていた。
ボートで救助されるお年より、避難所で過ごす人たち、水に囲まれる家畜の姿・・・・
一同はそれを見て、険しい表情でため息をついていた。

これら被害にあったのは、ほとんどが村に暮らす人たちである。
私たち町に住むものにとっては仕事場がある限り生活は維持できるが、彼らにとっては家畜や土地が仕事であり財産なのだ。
同じように村で生活する人には、それがどういうことか痛いほどよく分かるのだろう。
「生涯ずっと働いてきて、全てを失ってしまった・・・」と誰かが言った。

「ドボイは、こんなに高いところにあるからよかったですね。」と私が言うと、「もちろん。ここが水につかった時には、他の村はまず残っていないはずよ。」と返ってくる。山に面した村の利点である。この辺りには、氾濫したとしてもそれほど大きな川はないのでよかった。

皆が朝食の支度を始めたので、私は庭に出た。
息子は6歳になるジョンビといっしょに遊んでいたので、私も加わった。

ジョンビが家の家畜を見せてくれる。
立派な馬や豚、コブタ・・・と次々に見せてくれる。
コブタたちは私たちの姿を見ると、ブーブーと叫びだした。
「隣にいるお母さんのところへいって、おっぱいが飲みたいんだよ。」とジョンビが説明してくれた。
息子はコブタがなくのが面白いらしく、そこを離れようとしない。

ジョンビは子犬を探しているようで、庭を歩き回っている。
「あそこにあるのは、馬の肉だよ。」というほうを見ると、確かに肉のようなものが遠くに・・・
「子馬が怪我をして、殺さなければならなかったんだ。ほら、あの犬がくわえているのが馬の頭。」と、全く慣れたもの。
私は思わず目をそむけた。

ダンナも語っていたが、村の子供たちは小さな頃から動物を通じて、生や死を目で見て学んでいる。
だから町の子供たちにはない、独特のたくましさがある。
ダンナは半分、おばあちゃんの村で育ったようなものだから、村のよいところ悪いところはよく分かるようだ。

やがてダンナが呼びに来て、作業が終わったので帰ると告げた。
私たちは挨拶をして、ジョンボルたちの家を後にした。
私はまだ別の仕事があると思ったのに、半日遊んだだけでドボイを去るのは不本意だったが仕方がない。

帰りがけに隣村ナジ・ボロシュニョーに寄って、家に取り付ける窓を見ることにする。
家を建てるときには、色々なものを買わないといけないので大変だ。
1.5Mほどの窓だが、小さな仕切りで細かく分けられているのは余り気に入らなかった。
中古なので2つで1万円という値段だが、これも相場はよく分からない。

家から出ると、家の主人がコブタを見せてくれた。
ピンク色の肌のきれいな体。まだ生まれたばかりのせいか、ブタなのに清潔である。

これから、予防接種をするという。
ネコほどの小さなコブタを持ち上げて、針で耳の辺りを刺す。
ブタはちょっと鳴いたが、すぐに止んだ。

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それから、あるコブタを机の上に置いて押さえつけたので、何だろうとカメラを構えると・・・
ブタのまたの辺りにハサミを持ってきたので、思わず顔を背ける。
オスブタの、あそこを切ってしまうのだ。
そうすると育ちがよくなるのか、お肉が美味しくなるらしい。
この儀式を免れたブタたちは、きっと「あー、メスでよかった。」と思っているだろう。

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今日は夕方まで、おばあちゃんのところで過ごして町へ帰った。
一日、野原で草を食べていた牛たちも帰宅をするところ。
明日から、本格的な作業が始まる。

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Theme:ルーマニア
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comments(2)|trackback(0)|村に家を建てる|2008-08-05_06:12|page top

トランシルヴァニアに家を建てる(5)

前の晩に、小さな部屋で火を焚いていたので
夜はそう寒く感じられなかった。

部屋で友人と4人でパチパチと音を立てるかまどの火を見ていると、
まるで冬がやってきたかのような感じだった。
バルニが言った。「もうあと一ヶ月もすると寒くなるね。」
私はえっと、耳を疑った。「8月の終わりになると、もう火を焚かなくちゃいけない。
9月から4月までの間ずっと。実質8ヶ月は冬と同じだよ。」
私は愕然とした。
一年の三分の二は冬だなんて・・・
ドボイは山の陰に位置するから、寒さが来るのが早いのだ。
朝食も、かまどの火でジャガイモの煮込みを暖める。
この部屋は「夏の台所」と呼ばれる、小さな造りの部屋である。
かまどでは、パンを乗せるとトーストになるので便利である。

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朝食のあとは、お仕事が始まる。
今日は、コンクリートを入れるための準備である。
土地の高さを正確に測って、印をつける。
そしてコンクリートを流したときの仕切りを作る作業だ。

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私はここでも用がないらしく、今日は子守と家事に専念するしかない。
洗い物をするために水をくみに井戸にいくと、
初めて見かけるおばあちゃんがいた。
息子を見ると喜んで、「まあ、いつから来ているの?私のところにも遊びにいらっしゃい。」と声をかけてもらった。

一通りの仕事が終わったので通りを眺めていると、ガチョウの集団が走ってやってきた。
その後ろには、ネコくらいの小さなこぶたたちがものすごい勢いで追いかけている。
ガチョウは足が短いので早くは走れないから、
必死の形相である。
なんともユーモラスな光景に、思わず噴出しそうになる。

驚いたのは、こぶたたちが意外にかけっこが得意なことである。
あの小さな体のどこにあのエネルギーがあるのだろう、と不思議なくらい。
小さなピンク色のお尻をふりふりは知るその姿は、
かわいらしい。

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さらに悪いことには、息子もガチョウを追いかけることに楽しみを見つけてしまった。

あっ、見つかった。
可哀相なガチョウたち・・
でもこうして走ることで、美味しいお肉になるのかもしれない。

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暇をもてあまして友人宅でお茶を飲んだりしていると、
昨日知り合った子供づれの女性が通りかかった。
ヴィクトリア、愛称ヴィキは息子と同じくらいの年頃だったので、
これは幸いと息子と一緒に遊ばせることにした。

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カタツムリを探したり、かくれんぼ、ボール遊び・・・
と一通り遊ぶとヴィキはおばあちゃんが恋しくなったらしい。
「家に帰る。」といって通りに出たかと思うと、お向かいさんの家に入っていってしまった。
向かいのヤーノシュおじさんが手招きをするので、
私たちも中にお邪魔した。

すると、ヴィキのおばあちゃんとアニコーおばさんが
コーヒーを飲みながらおしゃべりをしている最中だった。
私も中に加わった。

日本の話やこの村の話・・・
中でも面白かったのは、村のごみ問題である。

ちょうど友人宅の付近に、村の人たちがゴミを放棄するらしい。
何度掃除をしても同じ状態。
家庭のゴミは、家で燃やすのが基本であるが、
ここ最近はペットボトルや缶などの燃えないゴミが多いのは
世界中共通することである。

町ならば、ゴミ置き場があって収集車が拾ってくれるが、
村の場合にはお金を払わないとゴミを取りに来てはくれない。
ゴミのためにお金を払う、ということがまだ村では受け入れられていないのである。

おしゃべりをしたあとは、友人宅へ行ってお茶を飲んだ。
私が「この村に住む可愛いお年寄りと知り合いになりたい」というと、
「じゃあ、この村で一番古い家に一人暮らしをしているおばあちゃんの所へ行こう。」と応じてくれた。

友人宅のすぐ近所にある家にやってきた。
こんなところに家があったのか、と思うような森に面した静かな場所である。

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中に入ると、二人のおばあちゃんがおしゃべりをしていた。
一人は私たちが土地を買ったイロンカおばあちゃん、
もうひとりがこの家の主人のユリシュカおばあちゃんである。
今朝、井戸で出会ったおばあちゃんだ。

二人のおばあちゃんは、どちらとも一人暮らしで
こんな風にお互いのところへ通って寂しさを紛らわしているようだ。
私たちの訪問をとても喜んでくれた。

私が二人の写真を撮って見せると、キャッキャとまるで少女のようにおおはしゃぎ。
おそらく初めてデジカメを見たのだろう。
私が手品師でもあるかのように、喜んでくれた。

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陽気なおばあちゃんたちとのおしゃべりも弾み、バルニはすでに帰っていた。
「バルニちゃんはね、私のところにただ一人手伝いに来てくれる人よ。」とユリシュカおばあちゃん(右)。
食べ物や薬などを持ってきたり、焚き木をもってきたり・・・と生活を助けているようだ。
私は改めて、よくできた旦那の友人に感動した。

おばあちゃんはこの村で生まれて、
30年間ブラショフで仕事をしていたそうだ。
あのチャウセスク時代には、工場ではハンガリー系の上司が全てルーマニア人に変えられ、町にも労働者としてルーマニア人が移住してきたので、町の様子もすっかり変わってしまったらしい。
もともとブラショフは、ドイツ系の住民が作った町である。
トランシルヴァニアでは、80年代にドイツ系の住民をドイツに送還するという事件もあって、今ではほとんどいない。

イロンカおばあちゃん(左)は耳が遠いので、
なかなか話しに加われない。
それでも私と出会ったことを喜んでくれて、「うちにも遊びに来てちょうだいね。」と家に帰っていった。

私もそろそろ・・・と腰を上げかけたが、
おばあちゃんは来客がよほどうれしいらしく、引き止められてしまった。

おばあちゃんのお部屋にあった刺繍のタペストリー。
昔懐かしいスタイルの絵で、築200年というおばあちゃんのお部屋にぴったりである。

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昔は刺繍や織物を作っていたそうなので、
冬になったらここへ通って刺繍を教えてもらうように約束をした。
これで今年の冬の楽しみがひとつ増えた。

やがて旦那と息子が呼びにきたので、おいとまをした。
大分長い間、おしゃべりをしていたらしい。

夕食の準備を始める。
昨日のように火を焚いて、今日の夕食はハンガリー名物サロンナである。
これは、豚の皮付き脂身を燻製にしたものである。
ベーコンの脂身だけ・・といったところか。

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見るからに成人病のリスクが大きそうな食べ物・・・
こんなものを食べるようになるとは思ってもみなかった。
はじめは胃にもたれるが、食べだすとこの香ばしさがたまらなくなるのだ。

バーベキューのように、切れ目を入れた脂身を串刺しにして火にかざす。
すると、香ばしい香りと共に脂が滴り落ちてくる。
これをタイミングよく、パンに塗るのがまた難しい。
誤まって手に落ちようものなら、熱いのでやけどしそうだ。
焼けるのには時間がかかるから、はじめは脂を落としたパンばかりをかじっていなければならなかった。

典型的なセーケイ人であった旦那のおじいちゃんは、
いつも畑へ行く前にはこの脂身(生)とパンが朝食だったそうだ。
私はさすがに生はダメだが、焼いた香ばしい脂の味には大分慣れたと思う。
昼食がなかったので、2切れも食べてしまった。

重い夕食を食べた後、帰り支度。
近所の子供たちが馬車を操って、下へ降りていった。
こんな子供だけで乗って危なくないのか、と心配になる。

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私たちもバス停まで車で乗せていってもらう。
先ほどの馬車とすれ違うと、
子供たちが大人たちに囲まれて笑顔を見せていた。
きっと畑に仕事へでた両親を迎えに行ってきたのだろう。
こうした一家団欒の姿は村ならではの光景だ。
幸せそうな一家の姿が夕焼けの中でまぶしく見えた。

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トランシルヴァニアに家を建てる(4)

旦那が前夜からすでに村に入っていたが、
私たちはその日の朝、電車に揺られて最寄りの村ナジ・ボロシュニョーへ。

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トランシルヴァニアの電車はかなり古いか、新しいかのどちらかである。
新しいものはほとんど、西欧で使われたものがそのまま運ばれてきているようだ。
だからベルギーの路線図やフランス語表記に出会っても、
さして驚くこともない。

駅には、ラツィおじさんが待っていてくれたので、
ここからは車でドボイに入った。

村の入り口にある大きな門をくぐるとすぐに、
旦那の一行の姿を発見。
馬車には、今日の主役である大きな石が積まれていた。
私たちは、お先にと上へ進む。

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やがて私たちの土地に着いた。
昨夜雨が降ったので、溝も湿っていた。
風が吹くと、セーターを着ていても肌寒いくらい。
日によってこんな風に、暑かったり寒かったり変化が激しい。

やがて馬車が到着。
すぐに荷台からゴロゴロとした石を放り投げる。
後で、この石を溝に敷き詰めなくてはならない。

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私たちは、一仕事終えた男性方に振舞うビールを買いに店へと走った。
途中lで出会ったおばあちゃんに挨拶すると、
「誰のところに来たの?どこから来たの?」と質問攻めにあった。
どうやらおばあちゃんは村のはずれに住んでいるらしく、
家を売りに出そうとしている。
別れ際に「家を見がてら、遊びにおいで。」といった後、
「あなたお金持っているでしょう。タバコを買うお金をちょうだい。」ときたので、
私は聞こえない振りをして店に入った。

さてビールを飲んで一休みをすると、また男性陣は去っていった。
隣村のザーゴンにある、小川で集めてくるらしい。
所要時間は1時間半。

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私とラツィおじさんは、以前小屋を壊したときに捨てた瓦のくずを拾い集めて
溝に放り投げ、それから大きな石も投げ込んだ。
セメントはお金がかかるので、石や瓦で節約というわけだ。

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作業が終わると、暇になってしまったので座って待つ。
井戸に水をくみにきたおばあちゃんの後ろには、ガチョウが列をなしてぴったりとくっついていく。
おばあちゃんが飼い主であるらしい。

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水を汲んできた後、息子の姿を見ると、
「うちにも孫がいるから、遊びにおいで。」と薦めてくれる。
そこで、通りで遊ぶ子供たちと一緒に初めてのサッカー体験。
バールに慣れていない息子のへなちょこボールを、
根気よく待って遊んでくれた。
村の子供たちのほうが、数が少ない分すぐに仲良くなれそうだ。

息子が眠いと言い出したので、連れて友人宅に寝かせに行く。
トランシルヴァニアの夏は日が長いので、
食事の時間もまちまち。
もう2時すぎなのにまだ食事の気配なし。
私はパンやお菓子をかじって飢えをしのいだ。

すると、はいていたジーンズが汚れてしまったので
洗濯をしなければならないことになった。
私は、友人宅にあった毛布を借りて腰に巻きつけ靴ヒモで結んだ。
するとウールの巻きスカートに。
トランシルヴァニアの人の精神を見習って・・・。

結局、まる一日かかって合計4往復をして石を運んだ。
たかだか石なのに、3人がかりで大変な作業である。

7時過ぎに火をたいて、ルーマニア名物のミッチと呼ばれるハンバーグのようなものを焼く。
自分の土地で、こんな風にキャンプファイヤーができるなんて最高だ。

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夕食の後、傾いた日差しを浴びながらヨーシュカおじさんがヒツジを放していた。
この4匹のほかの、8匹のヒツジはヒツジ使いに連れられて長い旅に出ている。
5月に村を出て、再び帰ってくるのは12月になってからだという。
おとなしくて、優しい素敵な家畜だ。

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夕方のドボイの村は、人々が行きかい通りで立ち話をする。
私も昼にであった子供づれの女性と話をした。
息子とちょうど同じくらいのお嬢さんを連れて・・・と思ったらおばあちゃんらしい。
まるで娘のように可愛がっているヴィキは、
おばあちゃんの影響で世界のさまざまな音楽を聴いて踊るのが大好きだそうだ。
「私は子供の視野を広くするために、ブダペストでは中国人の幼稚園にも連れて行ったのよ。」と語る。
驚いた。こんな村にも、進歩的な人がいるものだ。

お向かいのおばさんも加わって、立ち話に花を咲かせていると
いつしか日も暮れて、薄暗くなってしまった。

今夜は、友人バルニの家に残ることにした。
初めてこの村で夜を越すことになったが、村の人たちと知り合うことができてよかったと思った。


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