トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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二月の小春日和

今年の冬はどうかしている。
12月まで雪がまったく降らず、
お正月休みが明けると一気に極寒の日々がやってきた。
まとまった雪が降ったのは、一度か二度。
そうして、2月だというのに
うららかな陽気に小鳥がさえずり、
木の芽は膨らんで、今にも緑がほころびそうだ。

tavaszias (3)

私たちの住む町は小さくて、
思い立ったらすぐに森へ出かけることができる。
松林のはずれの、町を一望できる崖がお気に入りの場所だ。

tavaszias (7)

崖の下は10M以上あるのに、柵はおろか「危険」の立て札も何もない。
日本ならば、立ち入り禁止になってもおかしくないだろう。
お転婆盛りの2歳半の娘からは、目を離すことができない。

この小高い丘は、昔は石器時代の居住区だったそうだ。
何気なく足元に広がる落ちくぼんだ穴を、
少し掘ってみると、土器のかけらなどが見つかる。
旦那の考古学熱が長男にも移り、娘も穴掘り遊びに夢中になっている。

tavaszias (6)

9月の終わりに生まれた次男は、ほとんど太陽の光を浴びていない。
この暖かな光をいっぱいに吸収すれば、
春の草花のように大きくなってくれそうだ。

tavaszias (8)

次男を置いて軽くなった体で、あたりを散策する。
雪解けの水のあとから生まれた、苔の鮮やかなこと。

tavaszias (9)

崖の淵の枝を見ると、
まるでウサギの尾のような、白く愛らしいつぼみが付いている。
ネコヤナギの枝は、春の象徴でもある。

tavaszias (1)

春の兆しは、知らないうちにあちこちに目覚めている。
コンクリートに囲まれて過ごした数か月。
私たちは、身も心もカチカチになってしまったのではないか。
美しい自然と新鮮な空気を吸って、息を吹き返したような気がする。

tavaszias (2)

12時の鐘の音もとうに鳴り、お腹が空いてきた。
ボールをけりながら、ゆっくりと元の道を歩いていく。

高い高い松の木々を見上げながら、思う。
今から100年前の人々が、子孫のためにと植林した、この美しい松林。
これから生まれてくる人たちのために、私たちは何を遺すことができるだろう。

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comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2016-02-15_05:43|page top

燃える秋の色

一年のうちでどの季節が好きかと尋ねられると、
いつからか「秋」と答えるようになった。
ここで生活をはじめて、トランシルヴァニアの秋の色に惹かれたからか、
それとも、ただ単に歳をとったからなのか。

長く厳しい冬がやってくる前に、
ありったけの力をふりしぼり、見事な色を咲かせようとする。
春のような可憐さ、華やかさはないが、
円熟した力強い色の混ざり合いが好きだ。

町を過ぎると、まばゆいばかりの黄色いトンネルが広がっていた。
羊の放牧がみられる原っぱを通ると、そこはもう森の入り口。
ひんやりと澄んだ空気の中に、あたたかな色が浮かび上がる。

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茶色い落ち葉の中には、
ちいさな紫の花がひっそりとささやくように咲いていた。
ほっそりと透きとおった体は、森の妖精そのもの。
こちらの人々は愛情をこめて、「秋ちゃん」と呼んでいるが、
本当の名前はイヌサフラン。
可憐な姿形をしているのに、実は毒をもっているらしい。

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落ち葉を踏みながら丘をのぼってゆくと、
だんだん体が温まってくるようだ。
そこで私たちを待っていたのは、
燃えるようにはじける色、色、色・・・。
赤やオレンジ、茶色に、黄色、そして緑。
「秋の自然は、素晴らしいな。色で遊んでいる。」
と誰かが言ったのを思い出していた。

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大地に腰を下ろして、
お包みでぐるぐる巻きにした末っ子に乳をやる。
子どもたちは落ち葉を集めた中に寝そべって
すっかり体を隠してしまったり、
木の枝でちゃんばら遊びをしたりしている。

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11月の太陽は思っていたよりも暖かくて、
ちいさな息子を大地に寝かせてみた。
芝生の緑に、落ち葉の茶色。
これから大地は、冷たい雪に覆われてしまうのだ。

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反対の側を振り向くと、大きな木に目を奪われた。
ひとつの木に、さまざまな季節が混在している。
いつか、友人がこう話した。
「10月って素晴らしいわ。
朝は春のようだし、昼間は夏のよう、夕方にはすっかり秋になる。」

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木の下には、落ち葉が影を落としている。
それも、木によって色も変わるのだ。
さあ大地に横たわって、
枯れ葉の色と音を楽しんでみよう。

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ほら、秋って素晴らしい。

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comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2015-11-29_22:11|page top

6月の麦畑

ブラショフからの帰り道、
あまりの見事な風景にあっと声をあげて、車を止めてもらった。
一面の麦畑の中に、目の覚めるほどの真っ赤なポピーの花が一瞬目に映ったからだ。

あぜ道に車を置いて、
その風景をひと目見ようと国道沿いを歩いていく。
道すがら、すでに娘は真っ赤な妖精のような花を一輪つんでいた。

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ここは、セーケイ地方とザクセン地方との境。
あの丘のふもとには、セーケイの青い教会が見事な小さな村がある。

viragos mezo

ここではどこにでも見られる、自然に生まれた花畑の見事さにかなうものはない。
カモミールが涼しげな白色と太陽のしずくのような黄色、
そして爽やかな香りをこちらに投げかけている。

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子どもたちが大きな葉っぱを見つけた。
2歳の娘の背中にのせると、まるで蓑のようだ。

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目の前に広がる、果てしない黄金色の海。
その向こうに、誰が植えたのでもなく自然に赤い花が群生している。
誰かに見てもらうのをただ待っているという訳でもなく。

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胸まである麦の穂に遮られて、先へ進めない。
できることなら、この黄金色の海を泳ぐようにしてどこまでも進みたい。

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夏に咲く野の花で、これほど鮮やかに目を惹きつける花はない。
シフォンのようなやわらかな花びらも、
貴婦人のスカートのようなその姿形も・・。

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その時そよ風が吹いて、音をたてて麦畑がそよいだ。
青々とした麦色の中で朱赤の妖精たちが舞っていた。

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初夏の一日を鮮やかに染め上げる麦畑の風景を目に焼き付けて、
この一本道をどこまでも歩いていこう。
永遠につづくかのような夏の日々も、やがて緑を枯れつくし、
いつか終わりがやってくる。

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comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2015-08-06_21:49|page top

聖アンナ湖と炭酸水の湧く泉

ここセーケイ地方の人々が誇る場所がある。
それは、ハルギタ県とコヴァスナ県のちょうど境に位置する、森深い山の中。
聖アンナ湖である。

海が遠いこの地では水が珍しいから、と言えばそうかもしれない。
今でもクマや野生動物が多く生息するという森深いこの地は、どこか神秘的なものを感じさせる。
このような話も耳にした。
19世紀のハンガリーの作家も多く、
ハンガリーの異教徒時代の神聖な場所がここにあったと信じていたらしい。
Balvanyosという地名も、異教の神像を表すBalvanyを連想させるからであろう。

森の中へと右往左往と車がさまよいながら進み、Balvanyosについた。
長いドライブで娘が眠ってしまったので、私は留守番をすることにした。
旦那たちは、「硫黄の洞窟」と呼ばれる場所を見に行った。
若いころに一度行ったことがあるが、
硫黄が噴き出る小さな洞窟で腰までつかると治療作用があるということだった。

森の中を歩いていると、大きなフクロウに出会った。
しかし、それは動かない。
大きな翼を広く横たえたままのフクロウは、
もしかしたら硫黄のガスを吸ってしまったのかもしれない。

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まだ生きているかのように綺麗な翼を、そっと持ち上げてみる。
岩の上で、あたかも大空を羽ばたく夢を見て眠っているかのようだ。

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娘が目覚めたので、今度は下り道を歩いて炭酸水の浴場のある場所へ。
ちょっとしたハイキング気分で太陽の下を歩くと、
先ほどまで肌寒かったのが一転して汗ばむ陽気になる。

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人一人いない静かな場所に、いくつか水がたまっているだけ。
その一つ一つは色が違い、後から後から泡が噴出している。
白く濁っているのは、どんな成分が入っているのだろう。

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足をつけてみると、まるで氷のように冷たく、
ピリピリと皮膚がいたく感じる。
骨の髄までしみこむ冷たさをしばらく我慢してつけていると、
ようやく慣れてきたらしい。
足湯ならぬ、炭酸の足水。

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こちらは透明であるが、硫黄のにおいが強い。
鉄分のせいか、木製の桶が赤褐色に色づいている。

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もっとも広い桶には、黄色く濁った炭酸水が湧いている。
他のものに比べると、それほど冷たく無く感じられる。

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きれいに整備された浴場であるのにも関わらず、
何の標識も説明書きもなく、自然のままに放置してあるだけ。
夏の猛暑日ならば、この冷水がさぞ心地よく感じられるであろう。

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自然好きの息子がすぐに目を留めたのは、珍しい食虫植物。
赤いとげのある葉で素早く虫を捉える、ハエ取り草である。

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ふわふわと綿毛のような植物も見られる。

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ふと見回すと浴場は森の木々に囲まれていて、
あたかも森林浴をしているような気分である。

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今度は車で少し下って、聖アンナ湖へ向かう。
大昔は火山だったこの地帯に残る、カルデラが長い年月をかけて湖になったもの。
ヨーロッパでも有数の、透明度の高い湖で、
ほとんど生物が存在しないといわれていたが、
最近は観光客の増加により多少は透明度が落ちたかもしれない。

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見回す限り、緑の深い山に囲まれている。
夏は水浴びで賑わうのが、今はまだ水温が冷たいため、
湖畔でピクニックをする人々が見られるだけ。

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あちらの方からねずみ色の雲が押し寄せてきた。
もうすぐ雨が降りそうなので、先ほどまでシートを広げてくつろいでいた人々も
足早に片づけていなくなってしまった。

山の上の駐車場に戻ると、遠くへ人々が列をなして歩いていく姿が見られる。
モホーシュ(苔のある所)という自然保護地区へ出かけるらしい。
2時間に一度しかないツアーだから、慌てて人々の後を追いかけていくと、
参加させてくれるらしい。

この保護区周辺には、8頭の野生のクマが生息しているとのことで、
ガイドの青年がちょうど客を引き連れていく時に、子熊が入り口を入っていく様子を見たと写真を見せてくれた。
杉の木がまばらに生える他は、小さな茂みが大地を覆っているだけ。
見た目は低木なのだが、実は樹齢何百年の木もあるらしい。
小さな遊歩道を列になって通りながら、
まるで森の妖精にでも出会えそうな風景を目に焼き付けた。

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ここだけ特殊な植物が生息するというのは、土が関係しているらしい。
泥炭地、つまり低気温地域の沼地であるために、木々は成長が遅く、
苔や食虫植物など特殊な植物しか育たない。

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大粒の雨が空から落ちてきた。
このまま雨がひどくなったら、引き返そうかどうか顔を見合わせていたとき、
いくつかの小さな湖にたどり着いた。
黒々とよどんだ湖は水深が深く強い酸性である。
それにもかかわらず、周辺に生息する野生動物はこの水を飲みに来るという。

通称「海の目」という名の湖で、表面は小さいが、深くなるにつれて面積が広くなり、
まるで砂時計のような形をしている。
やがて表面を物が覆い隠してしまうため、ここ20年の間にも湖の数が減ってしまったという。

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大降りにならないようにと願っているうちに、
雨雲はいつしか通り過ぎ、その自然保護区の見学を終わるころには空が明るくなってきた。
夕暮れ時に山を下りると、
原っぱから帰ったばかりの牛の群れを見送りながら家路についた。
comments(0)|trackback(0)|自然、動物|2015-07-24_18:54|page top

6月の原っぱとタイムの香り

せわしい一日が終わった。
四角いコンクリートの中で過ごした一日を思うと、
今すぐにでも新鮮な空気を吸いに表へ飛び出したくなった。

幸いに、我が家から徒歩10分もすれば町のはずれにたどり着く。
コンクリートのジャングルを抜け出して、
渇ききった蛙のように緑を探しに出かける。

丘を下りて、さらに上ったところには
もう自然の原風景が残っている。

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住まいからどのくらいの所に行けば、誰もいない空間に出合えるだろうか。
日本では、なかなかそういう町はないかもしれない。
見渡す限りの風景の中に、ただ私たち家族と、フランスから訪ねてくれたお客さまだけ。

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リカちゃんが、れんげの花で指輪を作って、
娘の指に巻いてくれた。
「可愛い、きれいね。」
女の子は誰でも、そういう言葉を聞くと嬉しくなる。

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タイムの茂みを見つけた。
うす紫に輝く小さな花の集まりは、まるで花束そのもの。
そこはかとなく、さわやかな香りが辺りに漂っている。
大きな手を広げて、旦那が上手にむしりとるとあっという間にハーブの束が集まる。

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夕暮れ時の赤い光の中に照らし出される、原っぱ。
風に吹かれて、さざなみのように草が波打っている。
こんなにも美しい場所なのに、
私の体はその精神に反比例して別の反応を起こしていた。
先ほどからくしゃみが止まらず、涙で目が赤くはれ上がってきた。
6月はじめのこの時期、原因不明のアレルギーが起こるのだ。

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子どもたちはそんな私にはお構いなしに、
夢のように見事な風景の中でかくれんぼして遊んでいる。
寝転んだり、かがんだりすると、
丈のひくい草の中であっという間に姿が消えてしまう。

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沈みゆく太陽の光を受けて、橙色に輝く原っぱ。
子どもの頃、終わりのないように思えた、長い夏休みに似ている。
涙目で、どこまでも走りつづける子どもたちの姿を追っていた。

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「これから森の方へハーブを摘みに行こうと思っているの。」
村につくと早々、友人のエンツィがこう言った。
その村に住まいを移して1年もたたない内に、
近所の母親グループの中にうまく溶け込んでいる。

隣村に住むレーカの四駆に乗せてもらい、
馬車しか通らないような山道を物ともせずに森の中へと突き進む。
「うちの主人は、傭兵としてアフリカに単身赴任しているの。
2ヶ月をアフリカで過ごして、あとの1ヶ月はここで家族で一緒に過ごす。
普段いっしょにいられない分、その時だけは存分に家族の時間を楽しむのよ。」
右へ左へと船のように傾く車体をうまく操りながら、レーカは話す。
遠い異国に暮らすご主人の話に耳を傾けていると、
不思議と今アフリカの森の中にいるような気がしてきた。

長い長い森の向こうは、ザラーンパタクという村。
周りを森に囲まれた神秘的な村は、
いくつも炭酸水がわき、昔はガラス工場があったという。
そういう彼女自身も、その村で幼い頃を過ごしたそうだ。
「昔は知る人ぞ知る村だったけれど、今はカルノク伯爵と交流の深い、
イギリスのチャールズ皇太子が別荘を買ったりして、
毎年イギリスから滞在客が来るようになったのよ。」

分厚いカーテンをめくったように、
暗い森が突然にひらけて、目の前には広々とした草原が広がっていた。
小さな子どもたちを車から降ろしてやり、大自然に一歩踏み出した。

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森の中のオアシスのような草原を、
ハンガリー語ではティスターシュという。
清らかな場所という意味だろうか。
辺りには、低木の白樺やジンの原料になるセイヨウネズの茂みが広がっている。
4人の母親と7人の子どもたちが、原っぱに散らばった。

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この広々とした空間は私たちだけのものだった。
子どもたちは、木の枝を拾ったり、
追いかけっこをしたりしてたっぷりと自由を味わう。
母親たちは、うす紫のタイムの茂みを見つけては、
熱心に刈り取って袋に入れている。

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面白いのは、タイムが生える場所は決まって
小さな丘のように土が膨らんでいることだ。
ヨーロッパの森でよく見かける、アリの巣穴のようだ。
そう話していると、誰かが教えてくれた。
「それは、タイムが乾燥した土を好むからなのよ。」
そばを通るだけで、柑橘系の果実のような新鮮な香りがこぼれる。

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子どもたちの方を見やると、
タイムの生える丘の上を踏み台にして遊んでいる。
1つの丘を取り合いになりそうなのを押さえて、
「ほら、あなたの分もちゃんとあるでしょ。」と友人が子どもの手を引いていく。
丘にちょこんと立つ様子は、まるで彫刻になった小人のようだ。

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原っぱの美しさは、その時期その時期で違う。
雨が多い夏は、緑が濃くなるし、
雨が少ないと逆に茶色味が多くなる。
一年で今だけしか見られない花と出合うことができるのも楽しみのひとつだ。

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ガタガタガタ・・・後ろの方から大きな音とともに、
丘の向こうから馬車が現れた。
自然と共に生き、自然を愛する人しか知らない、
隠れ家のような場所。

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後ろでは、町の劇場で女優をするイモラが抑揚に富んだ声で、
子どもたちに物語を語っている。
きっと子育てを楽しむ秘訣は、
母親自身がそれを楽しみ、そういう環境を皆の手で作ることだろう。
トランシルヴァニアは、
そういう意味では最高の環境なのかもしれない。

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散策に疲れると、
毛布を広げた上で子どもたちはピクニック。
母親手作りのサワーチェリーのケーキを、手づかみで食べる。

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先ほどから姿が見えないと思っていたら、
娘はひとり、わだちの上を飛びはねることに夢中の様子だ。
一見、何もないような自然の中にこそ、
本当の楽しみがある。
人に教えられることなく、自分の力でその美しさや不思議を発見し、
楽しみに変えていくことが本物の想像力ではないだろうか。

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日が落ちていくまで、娘の一人遊びを眺めていたい気分だった。
comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2015-06-23_13:51|page top