トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

カテゴリー

FC2カウンター

カレンダー(月別)

05 ≪│2018/06│≫ 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

これまで書いた記事は・・・

全タイトルを表示

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Feed Me!

トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

セーケイ地方は母の国

「ここセーケイ地方は、母親の国である。」 
そう明言したのは、地元の民俗学者バラージュ・ラヨシュ氏だった。
昨年の11月、県立図書館の青い間で本の出版を祝って公演会が開かれた。 
その内容は、出産についての民俗学。 

「私は、熊手ではなく鋤(すき)である。」 
そういう言葉にピンときたのは、 
こちらで農作業をしたことがあるだけでなく、 
氏のフィールドワークのあり方を旦那から耳にしていたからだった。 

生まれ故郷のセーケイ地方の村に40年以上も通い続け、
 その村だけで何冊もの本を著した。 
広い範囲を耕すのではなく、一点をのみ深く掘り続ける。 
その研究の集大成として、3冊の本がシリーズとして出版されていく。 
その一巻が、「出産、誕生にかかわる民俗学」 

話は、まず生まれつきの老人のような皮膚で生まれた赤子を 
どのように治療したかという話から始まる。 
まさにパンを焼くのと同じ方法で、木の板に生まれてまもない乳児をくくりつけ、 
あらかじめ熱しておいたかまどの中に入れる。 
驚くことに、その治療は皮膚が少し赤くなる程度に焼けることによって功を奏するという。 
ちなみに19世紀のハンガリーの作曲家、エルケル・フェレンツも同様の病気で生まれたが、 
その治療で片方の眼を失明したという逸話もあるらしい。 
その後は、儀式のように丸型のパンに赤子をくぐらせ、 
犬にそのパンをくわえて門の外に追い出す。 
つまり赤子の難をパンに託して追い払うという役目があるということだ。
 こうして話は自宅で行われたさまざまな出産方法、 
村で実際に出産に立ちあった女性の体験話などにつづいていく。 

生命の誕生という神秘性を、村という小さな共同体で
何百年もの間、
どのように受け止めてきたか。 
それが伺い知れるような印象的な講演だった。

 終わりに、画面に映し出されたのは、
古い白黒の記念写真の数々。 
それは、戦時中に出兵中の父親に向けて送られた家族写真だった。 
質素な身なりで背筋をただし、威厳さえ感じられる燐とした表情の母親。 
まるで父親の役目まで果たさんと、気を引き締めているのがわかる。 
脇には、自分より背丈の高い子供たちが
まるで母親を守るようにしてずらりと並んでいる。 
その数は、どれも6、7人と多い。 

「セーケイ地方は、生活がどんなに苦しい時でもいつでも子供が多かった。
賢い母親が、たくさんの子どもを育て、この地方を作ってきた。 
だから、私は母親の国だと命名したいのです。」 

それから3ヶ月たち、
新しい生命を授かったことが分かった。 
このセーケイ地方という土地風土が、
私を母親にしてくれたに違いないと信じている。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2015-02-13_00:35|page top

セーケイ地方の収穫祭

夏休みも最後の週。
土曜日の昼下がり、遠くから楽団の音色を聴いた。
夏の名残をのこす焦がすような太陽の光のもと、
目を凝らして見つめていると、
通りの向こうから砂埃とともに若いセーケイの騎馬兵が現れる。

IMG_9132.jpg

てい鉄が土をける音と、
管弦楽器のメロディーがだんだんとはっきり、こちらへ近づいてきた。
週末の閑散とした村の通りに、
不意に活気あふれる団体が姿を現したせいか、
まだ半分夢心地で受け止める。

IMG_9136.jpg

後ろの荷馬車には、赤と黒の縞模様が鮮やかなセーケイの少女たち。
凛とさわやかな眼差しをこちらに投げかける。

IMG_9145.jpg

昔はセーケイ地方でも、村ごとに色や縞模様が違ったという衣装。
今では、赤と黒というのが一般的だ。
工業化が進み、手仕事の文化がよそに比べて早く廃れてしまったのは残念なものの、
セーケイ人が民族衣装にかける想いは今なお強い。

IMG_9150.jpg

トランペットにアコーディオンの音が高らかに鳴り響くと、
少年少女たちの歌声が重なり、大合唱となった。

IMG_9149.jpg

列の最後尾には、ジプシーに仮装した少女とセーケイの少年が
葡萄の入った籠と葡萄酒を手に、村人たちに声をかける。
「葡萄酒を買わんかね。」
ガラス瓶から深い紫色の液体を一気に飲み干すと、
小さな募金箱にお金を入れる。
その集まったお金で、夜に舞踏会が開かれる。

IMG_9157.jpg

昔からずっと続いてきたこと、
これからもずっと受け継がれていくべきこと。

地元に根付いた習慣はいつも季節に寄り添い、
日常に非日常性を加え、私たちの生活をいっそう色鮮やかなものにしてきた。
にぎやかな集団は、その日の私の心にも
秋の香りをひとつ落としていった。




comments(2)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2014-09-25_05:49|page top

炭酸水通りの8月

成田から20時間を経て、私たちは再びトランシルヴァニアの地を踏んだ。
時間をさかのぼっての長い飛行機の旅を終わる頃には、
意識がもうろうとしてくる。
8月1日、二人の子どもを連れての長い里帰りは終わりをつげた。

日本から帰るときにはいつも、
自分の人生にひとつ区切りをつけるような気がしている。
そして、そこから新しい何かがはじまる。

故郷の空気は心地よく、肌にやさしくなじむけれども、
しばらくすると自分たちが宙に浮いている存在であることに気付く。
生活の基盤がそこにはなく、
あわただしい毎日の中で、右へ左へと流されているような気持ちになる。
自分の生まれ育った地から、1万キロも遠く離れたこの地の
我が家にたどり着いたとき、ちょうど実家に到着したときと同じ安堵が得られるのが不思議だ。

炭酸水通りの我が家の庭は、夏の真っ盛り。
例年にない雨の恵みを受けて、もう8月だというのに
植物がつややかに輝いている。

IMG_7559.jpg

大切な儀式であるように、ひとつひとつの植物を
丁寧に説明しはじめる旦那。
「ちょうどイチゴもグリーンピースも収穫ができたときに、
君たちがいなくて残念だったよ。」

IMG_7546.jpg

トウモロコシの何と大きなこと。
天を突かんがばかりに背伸びしている。
高いところから、人間たちを見下ろす気分はいかがなものだろう。

IMG_7545.jpg

「この花を知っているかい?」
夏の暑さを我知らず、涼しく透明なブルーを投げかける花。
それは、亜麻の花だった。
綿の育たない、北の冷涼な大地では、
古くからこの亜麻の茎が珍重されてきた。
乾かしてから、繊維を叩いて伸ばし、糸を紡ぎ、
それから冬の間中、機織り機を踏んでできたのがリネンの手織り布だ。

想像を絶する沢山の労働の果てに、
あの輝くような白い布が生まれる。
少しずつ種を増やし、いつかその美しい布の生まれる瞬間を見てみたいものだ。

IMG_7558.jpg

真夏の空に浮かぶ花火のような、白い花。
ドクニンジンの花は、ただの雑草だけれど、
可憐で繊細な姿かたちをしている。
もしも、女性を花に喩えるのならば、
大輪のバラや芍薬ではなく、小さな野の花でありたい。

IMG_7551.jpg

アザミの花は散った後も、
夢のように素敵な綿毛をのこしていく。
このひとつ、ひとつが子どもたち。
わが子を空高く飛び立たせて、その役目を終えるのだ。

IMG_7568.jpg

昼時となった。
ガスボンベがないため、外で火を起こして
大きな鍋で昼ご飯を作る。
おととしの夏、カロタセグ地方の村で過ごした一か月。
ひとつのお鍋だけで、すべてが事足りた。
欲を言えばきりがないが、
人間が生活をするのは至って簡単なことであることに気が付いた。

収穫したばかりのじゃがいもを、
冷たい井戸水の中に放り込む。
娘は、待っていたとばかりにその中で水遊びをはじめる。

IMG_7572.jpg

今年は雨の影響で小ぶりとなったが、
ルビー色に輝くじゃがいもたち。
包丁を入れると、ザクッと小気味よい音がする。

IMG_7577.jpg

真夏の太陽が降りそそぐ中、
キャンプファイヤーさながら火をたき、鍋で煮たセーケイ風じゃがいもの煮込み。
日陰に毛布を引いたら、ピクニック気分になる。
おなか一杯食べて、お隣のおばあさんにもおすそ分けをした。
再び、トランシルヴァニアの日常がはじまった。

IMG_7544.jpg

*7月に放送された「世界の村で発見、こんなところに日本人」の
番組についての感想をyuccalinaさんがこちらで述べていらっしゃいます。
私の思うところと一致していたので、ご紹介いたしました。
comments(10)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2014-08-09_16:59|page top

炭酸水通りの我が家とテレビ取材のこと

その家と出会ったのは、娘を体に宿すより
ほんの少し前のことだった。 
知人を訪ねるときにたまたま通りかかった家。
売り家の張り紙を見つけた。

 

borviz (6) 


家の前では、ほっかむりをかぶったおばあさんが、 
「この家は、私のものよ。」と通せんぼしていた。 
よく話を聞くと、おばあさんはこの通りの家ぜんぶが
自分のものだと思っているらしかった。 
ご近所の人たちは、頭がすこしおかしいと噂するマルギットおばさん。
 二つの家の間に仕切りはなく、
あっちこっちとせわしく行き来している。
 オオカミみたいなどう猛な飼い犬が、
立ち入る人に牙をむいて吠えかかる。


 

borviz (4) 


「この家が売れずに残っていたのは、
きっとマルギットおばさんのおかげだよ。」と旦那は言う。
朽ちかかった門、古いライラックの木、 
何年も空家のおんぼろの家。 
そして、隣には変わったおばあさんと怖い犬がいる。 
それでも、私たち家族にとっては理想の我が家だった。 
できるだけ前の持ち主が住んでいた空気をそのままに残して、ここで生活をしたい。
 修復するところは沢山あるが、手をかけることが同時に楽しみでもある。

 

borviz (1) 


ドアを開けると、
季節の花々や虫たちの羽音、
鳥のさえずりが迎えてくれる。 
手をのばすと、すぐに自然に触れることができる。


 

borviz (7) 


第二の我が家が、これから住まいとなる。 
移りゆく季節に身をゆだねて、
小さな娘もすくすくと成長していくだろう。


 

borviz (8) 


トランシルヴァニアへ移住して6年目が過ぎて、 
ようやく理想とする生活ができるようになった。 
ちょうどこの時期に、
海外で暮らす日本人を取材する番組から声がかかったのも、 
偶然ではないのかもしれない。


 

borviz.jpg 


夏の日暮れ時には、
小高い丘の上にある庭のはずれで過ごすのが好きだ。 
赤茶色のレンガと森が見えるこの風景は、
町にいることを忘れさせてくれる。
 日がゆっくりと落ち、すべてが橙色に染まっていく様子を 
その日の終わりのそよ風に吹かれてただじっと眺めている。


 

boeviz.jpg 

トランシルヴァニアの我が家と
家族がこちらの番組に出演します。

   世界の村で発見、
こんなところに日本人

2014年7月11日(金)よる9時放送


comments(42)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2014-07-07_11:31|page top

結婚記念日とカールノクの遺跡

10年前のその日、
私たちはここトランシルヴァニアで結婚をした。
日本の母と弟が駆けつけてくれたものの、
結婚式という形式ばったものはしなかった。
それよりも、国際結婚の複雑な手続きや、
生まれてくる子供の方が大切だった。

その年、初めての大雪が降った数日後。
いつものようにカールノクの友人宅を訪ねていた。
「そういえば」と結婚記念日のことを話すと、
友人夫妻は記念日には夫婦だけでどこかへ出かけて過ごすという。
結婚後も夫婦の時間を大切にするのは、
ハンガリー人の特徴かもしれない。

ふと、旦那に村を散策しようともちかけた。
娘を抱いて、真っ白な雪道を歩いていく。
ほんの10分ほどで、村の教会にたどり着くと、
おとぎ話さながらの木彫りの門が出迎えてくれる。
「神はひとつ」と書かれるのは、ユニタリウス派のしるし。

IMG_1501.jpg

並木のたつ小道を通り過ぎ、
白い教会と木造の鐘つき台の間を進むと墓地にでる。
「私のことを信じる者は、死後もずっと生きている。」
聖書の引用句に精霊だろうか、小鳥が飛んでいる。

karnok (10)

さみしい墓地の中に、
とりわけ大きな一本の木が目をひきつける。
樹齢550年と言われるこの大木は、
こちらでは珍しい樹齢の長いもの。

IMG_1506.jpg

初めて見たとき、もっと高く大きく感じられたのは、
その木の不思議な存在感のせいかもしれない。

karnok (1)

墓地を過ぎると、もうそこは村はずれ。
見渡す限り真っ白な丘を、ただひたすら登っていく。
雪の中の影が青いということを、ここに来て初めて知った。
日常に流されて、自分を見失いがちなとき、
真っ白な道をただ歩き続けることが不思議と心を静めてくれる。

karnok (2)

気が付くと、身にまとうコートが重く感じられ、
首に巻いたマフラーを緩めた。
丘の上に立つ建物は、13世紀に建てられた教会の跡。

karnok (3)

ちょうどこの頃、タタール人の侵略によって
ここトランシルヴァニアの町や教会は崩壊された。
そのため、ロマネスク時代の遺跡はほとんど残っていない。

karnok (4)

日の沈む前の、橙色の光が遺跡を鮮やかに浮かび上がらせる。
丸い窓にどんなガラスが輝いていたのだろう。
壁やドアにはどんな模様が描かれたのだろう。
そして、日曜のミサには村人たちがどんなに清潔に身支度をして出かけただろう。
悠久の時代に思いを馳せることが、
日常にいかに欠けていたかを知った。

karnok (14)

これだけの石が何百年の時の重みに耐えてきたのだ。
人の手で作り出したものを文明と呼ぶ。
その有名無名にかかわらず、この小さな村はずれの丘にこの遺跡が
存続してきたということに心を動かされた。

karnok (13)

さっきまで胸の中に頭を埋めて眠っていた娘が目を覚ました。
ギリシャでも、エジプトでもなく、
トランシルヴァニアの村で迎えた結婚記念日は、
忘れがたいものとなった。

karnok.jpg

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2014-03-23_04:48|page top