トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

結婚記念日とカールノクの遺跡

10年前のその日、
私たちはここトランシルヴァニアで結婚をした。
日本の母と弟が駆けつけてくれたものの、
結婚式という形式ばったものはしなかった。
それよりも、国際結婚の複雑な手続きや、
生まれてくる子供の方が大切だった。

その年、初めての大雪が降った数日後。
いつものようにカールノクの友人宅を訪ねていた。
「そういえば」と結婚記念日のことを話すと、
友人夫妻は記念日には夫婦だけでどこかへ出かけて過ごすという。
結婚後も夫婦の時間を大切にするのは、
ハンガリー人の特徴かもしれない。

ふと、旦那に村を散策しようともちかけた。
娘を抱いて、真っ白な雪道を歩いていく。
ほんの10分ほどで、村の教会にたどり着くと、
おとぎ話さながらの木彫りの門が出迎えてくれる。
「神はひとつ」と書かれるのは、ユニタリウス派のしるし。

IMG_1501.jpg

並木のたつ小道を通り過ぎ、
白い教会と木造の鐘つき台の間を進むと墓地にでる。
「私のことを信じる者は、死後もずっと生きている。」
聖書の引用句に精霊だろうか、小鳥が飛んでいる。

karnok (10)

さみしい墓地の中に、
とりわけ大きな一本の木が目をひきつける。
樹齢550年と言われるこの大木は、
こちらでは珍しい樹齢の長いもの。

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初めて見たとき、もっと高く大きく感じられたのは、
その木の不思議な存在感のせいかもしれない。

karnok (1)

墓地を過ぎると、もうそこは村はずれ。
見渡す限り真っ白な丘を、ただひたすら登っていく。
雪の中の影が青いということを、ここに来て初めて知った。
日常に流されて、自分を見失いがちなとき、
真っ白な道をただ歩き続けることが不思議と心を静めてくれる。

karnok (2)

気が付くと、身にまとうコートが重く感じられ、
首に巻いたマフラーを緩めた。
丘の上に立つ建物は、13世紀に建てられた教会の跡。

karnok (3)

ちょうどこの頃、タタール人の侵略によって
ここトランシルヴァニアの町や教会は崩壊された。
そのため、ロマネスク時代の遺跡はほとんど残っていない。

karnok (4)

日の沈む前の、橙色の光が遺跡を鮮やかに浮かび上がらせる。
丸い窓にどんなガラスが輝いていたのだろう。
壁やドアにはどんな模様が描かれたのだろう。
そして、日曜のミサには村人たちがどんなに清潔に身支度をして出かけただろう。
悠久の時代に思いを馳せることが、
日常にいかに欠けていたかを知った。

karnok (14)

これだけの石が何百年の時の重みに耐えてきたのだ。
人の手で作り出したものを文明と呼ぶ。
その有名無名にかかわらず、この小さな村はずれの丘にこの遺跡が
存続してきたということに心を動かされた。

karnok (13)

さっきまで胸の中に頭を埋めて眠っていた娘が目を覚ました。
ギリシャでも、エジプトでもなく、
トランシルヴァニアの村で迎えた結婚記念日は、
忘れがたいものとなった。

karnok.jpg

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2014-03-23_04:48|page top

セーケイ人の人の鎖

10月23日。
秋の澄み切った青い空の下、
セーケイの空色の旗が54キロメートルに渡って続いた。

「人の鎖を作ろう。」との呼びかけで、
セーケイ地方ばかりでなくトランシルヴァニア中、
隣国ハンガリーからも沢山の人々が集まった。
その数12万人とも10万人とも言われている。
トランシルヴァニアのハンガリー人が100万人ちょっとというから、
これは大変な数である。

DSC00168.jpg

トランシルヴァニア地方の東の果てに、
セーケイと呼ばれるハンガリー人が先祖代々の土地を守り暮らしている。
もともとは別の民族だったと言われているが、
13世紀ごろにハンガリーの国境を守備するために
この地に派遣されたと言われている。
セーケイ人は、普段は田畑を耕しているものの、
一度戦争が起こると武器を取って勇敢に戦った。
それぞれが自らの土地を持ち、
領主に税を払うことも免除される、いわば特権階級にあった。
誇り高い民族である。

DSC00162.jpg

20世紀はじめ、第一次大戦後に
トランシルヴァニアがルーマニアに割譲されて、
少数民族としての運命を余儀なくされた。
さまざまな苦境を乗り越えて、
今なお、この地に自分たちが存在することを証明するため、
セーケイ地方の自治を唱えてデモ行進をつづけている。

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今回のデモは、大多数がセーケイ人のコヴァスナ県を
ルーマニア人の多く住むブラショフ県に所属させるという法案に反発するもの。
母国語ハンガリー語で子どもたちに教育を受けさせ、
文化活動を行い、生活していくことが法的に保障されるように・・。

子どもから老人までたくさんの人々が、
何メートルもある旗を持ち、村から村へと歩いた。
それは強烈な怒りでもなく、
ハンガリー民謡を合唱しながら、
穏やかなものだったと当事者の旦那は物語っていた。

DSC00191.jpg  (写真 Seres Balint)

故郷を愛する人たちが、
これからも祖先の耕した土地を守っていけるように・・。
セーケイ人の祈りが届くように願ってやまない。



*このデモについて写真は、こちらでご覧いただけます。
Sepsiszentgyorgy.info

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2013-11-07_04:26|page top

ナースチャと家族

子どもが誕生して、私たちの生活も一変した。
昨日と今日との区別がつかないほど、
毎日が過ぎていくのが早い。

あらん限りの声を振り絞って泣き、
必死で胸に吸い付いて乳を飲み、
ようやく安心して眠りにつく。
娘の成長を見ながら、人は生まれながらに、
何かに必死でしがみつきながら
成長をつづけていく生き物なのだと思った。

生後二週間経って、
日々のリズムにようやく慣れてきた頃、
閉め切ったアパートの部屋を抜け出した。
こちらの生活6年目にして、やっと手に入れた中古車。
免許歴10年の新米ドライバーのダンナと子どもたちと、
村に住む友人たちを訪ねることにした。

ゆりかご代わりにもなる、小さなベビーシート。
子どもの成長とともに、
少しずつ行動範囲が広くなっていくだろう。

IMG_6474.jpg

息子のクラスメイトの家族は、お母さんがウドムルト人。
ウドムルトというのは、ロシアのウラル山脈の近くに住む少数民族で、
ハンガリー人と言語的に近いと言われている。
ナースチャは、町で生まれ育ったが、
自分のルーツであるウドムルト語を学べる学校に入った。
高校生の時にハンガリー語を専攻してから、
ハンガリーに留学をして、今のご主人さんと知り合ったという。

一人はロシアのウドムルト人、
もう一人はルーマニアのハンガリー人。
はじめはハンガリーのペーチ近郊の村に住んでいたが、
3年ほどウドムルトの地方に暮らし、
ここトランシルヴァニアに越して5年ほどになる。
二人の小学生になるお嬢さんといっしょに、ここで暮らしている。

民俗楽器を作るミクローシュと、
フェルト細工を作るナースチャの姿をよく手作り市で見かけるたびに、
どんな暮らしをしているのか興味を持っていた。

町を出て、国道沿いの道をそれると、
突然、畑の中を突っ切る田舎道に入る。
昔、アルコール工場のあったウゾンの村を通り過ぎ、
今度は左手に山を見ながら国道を進み、
二つ目の村がそれだ。

ビクファルヴァは、山の斜面にある小さな村。
19世紀以前に建てられた貴族の屋敷がいくつもあり、
文化的な匂いがするため、
ここ最近は町から移住する人も増えた。

村の中心から奥へ奥へと、
山に向かってどんどん坂道を登っていく。
やっと車が入るくらいの小道をいくつも曲がっていくと、
人家も絶え絶えに、もの寂しい風景がつづくので、
さすがに不安になってきた。
電話をしてみようかと思った頃、
「ここだ。」とダンナが言って止まった。

こんもりと木々が茂っている中に、
黒い布がつぎはぎになった屋根が見えた。
不思議の国に迷い込んだような、
ぼんやりとした目に笑顔で迎える家族の姿が映った。
「さあ、おいでよ。」

西に傾きつつある太陽の光を受けて、
大きなクルミの木が心地よい影を作っている。
その下にテーブルが置かれ、椅子が並んでいた。
すると、ナースチャが家の中から木いちごやお菓子を持ってきた。
「ウドムルトのお菓子よ。」
餃子のような形で包まれた中には、
細かく刻んだ赤ビーツとクミンが入っている。
ほんのりと甘く、噛めば噛むほどに味わい深い味は、
彼らの庭にぴったりで、心地よい。

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気がつくと、先ほどまで娘の座っていたシートに、
子ねこが居心地よさそうに乗っている。
ナースチャはそれを見て、シッと追い払った。

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大人がおしゃべりをする間、
子どもたちはクルミの木に作られたアスレチック広場で遊んでいる。
ブランコやロープ遊びなど、
素朴な遊びに目を輝かせる子どもたち。

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「庭を見てみる?」との声に、腰を上げて、
裸足で歩くナースチャの後についていく。
大木が通せんぼしてよく見えなかったが、
実は細長く広い土地のようだ。
木々のカーテンが開くと、あっと声を上げたくなるほど、
明るい風景がひらけた。
周りは一面に森が続いているのに、
ここだけはぽっかりと穴があいたよう。
首をかしげたようなりんごの木が一本だけ立ち、
印象的な風景を作っていた。

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そこは畑だった。
ジャガイモや玉ねぎやにんじんなど、さまざまな種類が植えてある。
エンドウのさやから、つやつやとした丸い緑の玉を取ると、
そのまま口に放り込んでる。
「どうぞ。」と差し出され、私も口に入れた。
無農薬のグリーンピースは甘く、お菓子のようだった。
子どもたちはすでにエンドウをつんでは、どんどん食べている。

この隠れ家のような土地に魅せられて引越し、
去年の秋にようやく町に古い民家を見つけてここまで運んだ。
寒い冬の間は、その家に身を寄せるようにして四人で寝ていたが、
夏はずっとテントを張ってここで夜を明かすという。
「熊は怖くないの?」
カルパチア山脈に接するこの辺りでは、
熊が多く、付近の村にも深刻な被害を与えている。
「ええ、お隣さんの庭には出たみたいだけど・・。」

最後に家を見せてもらうことにした。
2間のうち、ひとつが家族の部屋で、もうひとつがアトリエ。

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6畳くらいの空間に、キッチンとテーブル、
小さなベッドが二つがやっと収まるほどだ。
新鮮な野菜や果物を瓶詰めにして、長い冬に備える。
主婦は、夏に仕事が多い。

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いつからか人は家に贅沢をするようになったのだろう。
あれこれと注文をつけては、窓はいくついるかとか、
子どものためにそれぞれ部屋をそろえて・・ときりがない。
彼らは、この美しい庭に魅せられて移住することを決め、
どんな大きさの家でもまったく気にしない。

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ナースチャの幸福そうな笑顔を見て、
家族にとって何が一番大切なのか気づかせられる。
みんなが同じことに価値を見出し、
自分たちの足元を見て生活していくこと。

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帰り道、夕焼けにまぶしく照らされるのどかな田舎道を眺めながら、車を走らせる。
彼らが毎日子どもたちといっしょに目にする風景を思い、
こちらまで夢心地の気分になった。

Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2013-08-03_00:20|page top

村のおばあちゃんの家

どこまでも続く広大な平野に、
ジャガイモやニンジンの葉が青々と茂る中を車が走っていく。
「美しい畑」と呼ばれるこの平野には、小さな村が点在している。
旦那のおばあちゃんの村、ツォーファルヴァもそのひとつ。

国道沿いの道が村を真っ二つに分け、
中心の通りのほかは小道だけ。
この小さな村は、もしチャウセスク政権が長く続いていたなら、
消えてなくなる運命にあったと言われている。

最後にここを訪れたのは何年前だろう。
すでにおばあさんが亡くなってから、4年が過ぎている。
あれから残された二人の姉妹の話し合いがつかず、
家はそのままに残っている。
ブドウのつるが日陰を作る軒先で、
おばあさんはいすに腰掛けて通りをよく眺めていたものだ。

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村の外は、国道の車通りのせいで、
人と人の行き来もそれほどない。
どこか冷めた感じの村は、いつ来てもそれほど好きになれなかった。
それでも、家の庭はまるで小さな楽園のように美しい。
さまざまなりんごの生る樹があって、
隣の家との境にはラズベリーや赤スグリの茂みもある。

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りんごの花はとうに散り、
小さな実がもうふくらみはじめている。
夏に食べる青りんご、秋には赤りんご。
初めて来たときには、樹によって色も形も味も違うことに驚き、
それぞれを味見するのが楽しかった。

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ちょうど今は、エルダーフラワー(ニワトコの花)が盛り。
クリーム色の金平糖のような小さな花と、
つぼみの水玉が青い空に向かって大きく背をのばす。

手を伸ばして、麦わら帽子に花を摘んでは入れていった。
カラメルを作った鍋に水を入れ、
新鮮なエルダーフラワーとレモン汁を入れて三日待つ。
さわやかな初夏の味のジュースが出来上がる。

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家は空気を入れてあげないとすぐに傷むと聞く。
かつて家族が住み、老夫婦が住んでいた頃とは違って、
今はすっかり空っぽになってしまった。

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働き者のおじいさんがいた頃は、
庭と家を絶えず行き来して、
ドアはせわしく開けたり閉めたりの繰り返しだった。

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おばあさんが元気だった頃は、
絶えずかまどに火がともり、
スープを温めたり、お菓子を焼くにおいがしていた。

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庭では、ただ一匹の老犬がこの家を守っている。
昼の残りのパテをパンにつけて、一枚ずつ投げてやった。
缶はあっという間に空になった。

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「小さい頃は、毎年夏になると村に帰るのが楽しみだった。
たくさんのブタや牛を飼っていて、
子牛が生まれたときには、いっしょに納屋で一晩寝たこともあったよ。
でも、今は後味の悪い思い出だけが残ってしまった。」
旦那は寂しそうに言った。

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いつか子どもたちが大きくなっても、
この家は残っているだろうか。
だんだんと朽ちていく家の将来を思い、
なんとなく寂しい気持ちを抱いて村を後にした。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2013-06-11_02:45|page top

セントキラーイに訪れる春

ハンガリーから友人一家が里帰りをしたのは、
二月の末だった。
まだ雪が大地を厚く覆っていたころ、
夫婦は三人の子どもたちとお腹の中の赤ちゃんを連れて、
キャンピングカーに揺られて故郷の町にたどり着いた。

ハンガリーへの移住を一番望んでいたはずのエンツィは、
「すぐにホームシックになっちゃったわ。」
とハンガリー西部の人々の暮らしや様子などを語りながらうんざりと言った。
仕事を探しに西側に人が流れていくのは、
ここ30年ほどのヨーロッパの状況だが、
革職人で、子どもたちの教育も家でする彼らにとっては
縛られるものは何もない。
半年の生活を終えて、ようやく
故郷へ帰り、近くの村に家を建てることを決めたという。

自由に憧れ、村のはずれの原っぱに土地を買い、
家を建てはじめたのは二年前のこと。
当時は革の仕事と掛け持ちでしていたため、
ほぼ放置状態がつづいて、
近郊の村のジプシーたちに荒らされてしまった。
そこで、建設を断念。

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途中まで組み立てていた家もすでに取り壊され、
今回は柵のための柱を除くためにやってきた。
三人の男手に、二人の少年も加わって・・・。
子どもたちは、どちらかというと遊ぶ方に熱心の様子。

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せっかく作った柵を壊すという作業はどこか切ないものの、
子どもたちの手にかかると楽しい遊びのようだ。

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広大な大地に太陽の光が差しはじめた。
太陽の光が、乾いた色をした草に再び活力を与え、
ここにもやがて色彩豊かな春がやってくる。

建設のための工具や資材などを入れていた小屋も、この有様。
中身どころか壁の板さえ取り除かれて、痛々しい。
代わりに、使い古しの子供服やゴミなどが散々と捨ててあった。
いくら生活が貧しく仕方なかったとはいえ、
人が何かを作り築きはじめたものを壊して、
彼らの心は少しも痛まなかったのだろうか。

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あたたかい太陽の光の下、眠気がさしてきた。
家の基礎のために掘った穴に、焼き捨てられた藁の山の残りが埋められていた。
そこに腰かけて横になる。
あたたかな藁は、彼らの家の屋根になる予定だった。
いつしか、青空の下でぐっすりと眠っていた。

旦那がやってきて、こう言った。
「ほら、あっちを見てごらん。花が咲いているよ。」
どこに花がと頭をひねると、
一昨年彼らが植えた球根のことだという。
エンツィは子どもたちに花を選ばせ、
いっしょに花の庭を作ろうと語っていた。

遠くから見たら、ただの枯れた原っぱ。
それでも、腰をかがめてよく見ると・・。
確かに、透けるような薄紫の花びらのクロッカスが美しく咲いていた。

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小さな手を広げたような白いヒヤシンスも。

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そして、今にも花ひらきそうなスイセン。
1年以上の間、寂しい原っぱの中で
主人の帰りをずっと待ち望んでいたかのような可憐な花たち。
心があたたかくなった。

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帰り支度が始まった。
子どもたちは捕まえた虫や幼虫を、
ひとつずつ取り出して、そっと大地に返していた。

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いつの日か、ここに彼らの家が建つときが来るだろうか。
もしかしたら、子どもたちがいつか大人になって、
家族を連れてここへやってくるかもしれない。
彼らが愛した大地や自然は、きっとそんな日を待っているに違いない。

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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

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