トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

赤いビーズの腕飾り

今回の旅は駆け足だった。
はじめは手仕事を探す目的で訪れていたのが、
いつしか人と出会い、再会することの方が大きくなっていった。
同じ土地に、こう何度も足繁くかよってしまうのはどうしてだろう。
はだかの丘が目の前に立ちふさがる、何の変哲もない風景が
不思議と心を落ち着かせる。

kalotaszeg2013nov (4)

カロタセグに惹きつけられ、ここで暮らす人がいる。
教会の修復をしながら、絵を描き続けるレベンテ。

彼の絵にはこだわりがある。
手製のキャンバスは、手織りの麻袋を使っている。
その土地の伝統の手仕事を土台にして、
彼自身の色を塗り重ねていく。
森深く粗野な自然のセーケイ地方から、
明るく穏やかな自然に囲まれ、今度はどんな絵が生まれるのだろう。

娘とちょうど一か月違いで生まれたジョーヨム。
新しい家族も加わって、彼らの生活に輝きが増していた。

kalotaszeg2013nov (22)

「まるで救世主みたいに、皆あなたを待っているのよ。」
と冗談交じりの声が響いた。
村の女性たちに、秋の展示会のために注文をしていたのだ。
アンナおばさんは図案をひとつずつ布にほどこし、村中の女性たちに配った。
子供の笑い声も、若者の働く姿も消えてしまった村。
ほとんどが未亡人のおばあさんたちからなる村に、
少しでも活気を取り戻すことができるだろうか。
沢山の人の手が加わった布の束を貰い受け、私は海を渡ることになる。

kalotaszeg2013nov (11)

「いつ来るのかと首を長くしていたわ。」
いつも受話器で聞いていた声の主とは初対面。
耳の遠いカティおばあさんの代理で、いつも電話で様子を尋ねてくれる。
「私には孫がいないから、あなたたちが親戚よ。」

赤ん坊のもつ力は何と偉大なのだろう。
その小さな体から想像もつかないほどのエネルギーを放ち、
とたんに周りを笑顔に変えてしまう。

kalotaszeg2013nov (16)

ビーズの輝きの持つ魅力を教えてくれたカティおばあさん。
感謝の気持ちを込めて本を手渡すと、目を輝かせて喜んでくれた。
「私にとって、この本はお金を幾らもらうよりも価値があるわ。」
そしてページをめくりながら、
あれはどこの誰だとかエルジおばさんと楽しそうに話している。
少女のような無邪気な笑顔を見せながら、
「この本を見終わるまではとても眠れないわ。」という。

そして、分かった。
おばあさんにとって、カロタセグのきらめく衣装は
たとえ幾つになっても胸ときめく憧れであり続けるのだと。
幼い少女が花嫁衣装に憧れるのと同じ、
パールタ(ビーズの冠)をかぶり刺繍やビーズで縁取られた衣装をきる少女たちを、
自分の手元に置き、夢心地で眺めるのだろう。

kalotaszeg2013nov (17)

ご近所さんのおばあさんに会った。
カティおばあさんが日本でカロタセグの本が出版されたことを話すと、
「それは、よかったわ。すべて書いて、記録して頂戴。
そうしないと、もうじき私たちの物はなくなってしまうから。」
おばあさんの真剣なまなざしを見て、
改めてカロタセグの状況を知った気がした。

kalotaszeg2013nov (19)

高齢のカティおばあさんは、自分亡きあとのことを考えて、
エルジおばさんを紹介してくれたようだ。
同居している嫁と合わず、離れの部屋に一人住んでいる。
「たまにエルジが来て、お互いに愚痴を言ったりおしゃべりしてから、帰っていく。
私たちはまた同じ十字を背負っていくのよ。」
あの光り輝く赤と白のビーズを手にとり、
つらい現実から少しでも解き放たれるされるのかもしれない。
エルジおばさんも同様に、息子さんを一人抱えている。
不自由な片手を見せながら、
「私はこの手であらゆるものを縫ったわ。ビーズの衣装も刺繍のベストもすべて。」
手仕事を続ける人にはそれぞれ理由がある。

kalotaszeg2013nov (13)

カティおばあさんのお孫さんは息子と同級生。
「いい、私がいなくなっても、ずっと良い友達でいるのよ。」
レヘルが静かにうなづく。

kalotaszeg2013nov (18)

子どもたちが通りを走っていく。
別れの時も近い。

kalotaszeg2013nov (21)

エルジおばさんが、娘のために赤いビーズで腕輪を作ってくれた。
「私たちの所ではこうするの。
赤ちゃんが邪視に合わないようにするためにね。」
やわらかく丸々とした腕に、きらりとビーズの輝きが見え隠れする。
若い女性の装う衣装が赤であるというのにも同じ意味があるのだろう。

「運命の赤い糸」という言葉がある。
東洋では、人と人とを結ぶ縁を赤い糸に喩える。
もしかしたら、カロタセグの土地や人々と繋ぐものはこの糸であるのかもしれない。
私たちから息子や娘へ、この赤い糸が繋がっていくことを願ってやまない。

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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2014-03-05_07:33|page top

カロタセグと晩秋の青空

朝早く起きて、車を西へ西へと走らせる。
日が昇るにつれ、ゆっくりと濃い霧が消えてゆく。
カロタセグ地方で私たちを待っていたのは、
抜けるような清々しい青空だった。

いつもは徒歩やヒッチハイクで行く自由気ままな旅だったのが、
今回は軽自動車に家族や荷物をのせて進む快適な旅。
それまでは羊の群れを恐れながら歩いていた道のりも、
あっという間に風景が流れていく。
ガラス一枚を隔てた風景がどこか味気なくて、
車を止めて立ち止まってみた。
ただ風の音だけが耳を吹き抜けていく。

kalotaszeg2013nov (6)

丘を上ってまた下ると、となり村に着いた。
枯れた色の風景に、淡い若草色と空の青だけが目に飛び込んでくる。

この半年間、娘とふたり狭いアパートの部屋にこもりきっていた。
昨日と今日の堺があやふやな生活が続く中で、
旅というものに恋焦がれる思いが募っていた。
それは、時折、受話器からこぼれる懐かしい声だったり、
村の便りを知らせるメールの文字であったり。
カロタセグの風を運んでくれる何かに触れたとたん、
心が弾けて飛んでいってしまいそうになる。

kalotaszeg2013nov (7)

懐かしい通りに降り立って、
おばあさんの住む家の門を開けようとした。
しかし、固く閉ざされていた。
お隣さんの所で尋ねてみようとしたが、ここも留守。
そうだ、おばあさんの従姉妹の所だと思い立ち、
はるばる教会の通りまで出かけて行ったが、
「今日はまだ来ていないわ。」との返事。

旦那を見ると、首をひねっている。
裏の畑かと尋ねると、
「まさか、こんな時期に畑仕事はしないはずだよ。」との返事。

車と一緒に立ち往生しながら、一時間が経過。
ほとんど諦めかけた時、隣の家に車が一台止まった。
おじさんも尋ね人が留守のようで、肩すかしをくらった様子。
何気なく話していると、
「隣の空き地から奥に入って覗いてみなさい。」と言う。

木の板で粗末にできた門を押して、
雑草の茂る中を進んでいく。
おばあさんの納屋の向こうが開けてくると、
クワを持って耕す後ろ姿が見えた。

「ブジおばあさん、畑仕事しているんですか!」驚いて声を張り上げると、
きょとんとした顔で「若い者が手伝ってくれないから。」とつぶやいた。
働き者のおばあさんは、11月の秋晴れの日を無駄にすることなく
仕事に精を出していた。

「あの注文のことが心配でね。
もし私に何かがあったら、あなたに迷惑をかけるから・・。
手がもう利かなくなってきたわ。これで最後かもしれない。」

ブジおばあさんは、村の最後の図案描きである。
70年代に有名な図案描きのカタおばあさんが亡くなり、
大切にしていた伝統刺繍の図案もすべて消えてしまった。
そのため、1から必死でかき集め、
カタおばあさんがそうしていたように、油紙に一枚一枚図案を描いていった。
こうして、辛うじて村の刺繍の伝統は保たれたのだった。

この村にだけ伝わる男性の刺繍ベストがある。
イーラーショシュが珍しく衣装に使われる例として残っている、
このベストはおそらくそう起源は古いものではないだろう。
が、この村に花ひらいたイーラーショシュの美しさを象徴するものとして
どうしても布に描いたものが欲しかった。

この布をどうするのか、と聞かれ、
「いつか、息子のために縫います。」と答えた。
カロタセグでは、16歳を迎える少年少女のために
衣装を仕立てる習慣が未だ残っている。

おばあさんは刺繍にだけ通じている訳ではない。
村の生活に関わるあらゆることに精通していて、
打てば響くように明快に答えてくれる。
「学校の先生に勧められて、
タイプライターの学校に行く話もあったのだけれど、行かなかったわ。
それで村に残ったのよ。」

村の賢い人たちの偉大なところは、
理論で固められた知識でなく、
生活に根ざした実質的な知識や逞しさを持っていることだ。
学校を出てなくても、日々の生活に必要なことは何でもこなせるし、
世界の情勢に通じていなくても、自然や家畜、農作物のことに精通している。
そして何より、人との関わり方が上手い。
意思疎通(コミュニケーション)能力に長けているのだ。

kalotaszeg2013nov (8)

小さな娘に、この偉大なお年寄りたちと関わらせてあげたい。
この世代の人たちが、美しいトランシルヴァニアの文化を作ってきたのだから。
美しいものを生み出すことのできる人たちの、
その優しく真っ直ぐな心に触れてほしいと願う。
今回の旅の目的は、そこにある。

kalotaszeg2013nov (9)

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2014-02-17_17:40|page top

カロタセグのきらめく伝統刺繍

カロタセグ地方。
なだらかな丘の裾に点在するいくつかの小さな村から成る。
手仕事を愛する者にとって、
そこはおとぎ話さながらの土地である。

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祝日には、箪笥の奥底から
母親や祖母からのきらびやかな衣装を引き出し、身にまとう。
そして、人生の節目節目を鮮やかに彩ってゆく。

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肩に豊かな刺繍を施したブラウス。
朱赤の文様が渦を巻き、どこまでも繰り返される。
嫁入り時の少女だけが着ることのできるもの。

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つなぎ目に沿って刺繍がされたエプロン。
規則に従いながら、同時に個性を表すことのできる。
カロタセグの人々にとって、衣装こそが誇りなのである。

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刺繍からビーズへ。
時代の流れに合わせて、常に変化してゆく手仕事。
装飾を楽しむ人々の創造性はとどまることを知らない。

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長い冬がはじまると、
人々は想像のおもむくままに手を動かし、
世にも稀なる美しい品々で生活を彩るようになった。
それらは娘の嫁入りの時のために、清潔の部屋で大切に取って置かれる。

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住まいから、教会へ。
装飾を取り払った白い壁画を埋めるのは、刺繍のタペストリー。
女性たちは手に針をもち、そこに信仰心をも縫いこんだ。

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一つ一つの手仕事には歴史があり、
手に汗をして生み出した人々の物語が潜んでいる。

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衣装、住まい、そして教会。
それぞれの場に寄り添い、人々の暮らしを豊かに育んできた
世にも稀なる手仕事の文化を紹介します。


誠文堂新光社
「カロタセグのきらめく伝統刺繍:
 受け継がれる、ハンガリーのきらびやかな手仕事」

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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(10)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2013-09-11_06:45|page top

トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ

トランシルヴァニアを代表する刺繍として親しまれる、イーラーショシュ。
独特の太い刺繍糸で作られたコードが、
曲線を織りなし、生き生きとした植物模様を描き出す。
単色づかいであるにもかかわらず、
その豊富なヴァリエーションをもつ図案が、
時に記号のように、時に美しい自然を映しだす鏡のように、
こちらにむけて語りかける。

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生命の誕生から、
成人の式、幸福を祝う結婚式や、葬式まで・・。
カロタセグの村で生まれ育つ人たちの、
人生のさまざまな門出を彩ってきた刺繍。

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おばあさんが一人で、
ただ黙々と針を動かし続ける。

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ご近所が寄り集まって、おしゃべりに花を咲かせながら、
手作業をつづけている。
その昔、冬の農閑期には
若い少女たちが集まり、手仕事に精を出していたという。

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ハンガリー語でイールとは、書くこと描くことを意味する。
イーラーショシュは、まず描くことから始まると言っていい。

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長年のインクを吸った手作りの型を使い、
一つ一つの布に丁寧に手で線を描いていくおばあさん。
そこから、すでに生命が吹き込まれている。

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カロタセグ地方の村を巡り、
そこで出会った古い手仕事や村人たち、
そして時が止まったかのような懐かしい風景・・・。
昔から今へと伝わる刺繍の魅力は、尽きることがない。

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イーラーショシュの作品に込められた
物語のひとつひとつをひも解いて、ご紹介いたします。

「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」
文化出版局から5月30日に発売となります。

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*イーラーショシュについて、
詳しくはもうひとつのブログにて。
ICIRI・PICIRIの小さな窓

*カロタセグ地方の旅について、
こちらのカテゴリーにて。
カロタセグ地方の村

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Genre:海外情報

comments(5)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2013-05-24_21:29|page top

カロタセグ地方のイースター

イースター、
それはキリスト教では復活祭として知られているが、
たとえばユダヤの過ぎ越しの祭りのように、
さまざまな民族が古くから春を迎える固有の習慣を持っていた。

ハンガリー人の習慣としては、
まずイースターエッグの模様と水掛けの儀式が挙げられる。
幾何学模様の中に農耕具や水、カエルや魚などを表す
独特の模様にはキリスト教以前の信仰が表れるといわれている。
またイースターマンデー(月曜日)には、男性が女性のところへ行き、
女性を花に喩える詩をそらんじた後、水をかけるという習慣が今も根強く残っている。

長い長い冬のトンネルをぬけて、、
やっと一筋の光が差し込んできたこの時期に、
赤い色やご馳走、お菓子や飲み物で祝いたくなる気持ちもよく分かる。
この祝いの時期に、カロタセグへ取材へ向かうことに決めた。

カロタセグ地方の一部の村では、
プロテスタント教の大イベントである信仰告白式が
ちょうどイースターの前に置かれる。
16歳になったばかりの少年少女が正式に信仰を受け入れる試験のようなものだが、
日本で言えば成人式のようなもの。
むかし、村人たちは夏の収穫期にハンガリー南部に出稼ぎに行っていたそうだから、
春の畑仕事が始まる前のこの時期に式をもってきたに違いない。

美しい煌びやかな衣装に身を包んで、
教会へ向かう人々の衣装や美しい手仕事に出会えることを願って。
写真家のVargyas Leventeとともに遠くカロタセグ地方を目指した。

車で6時間半かけてようやく村についたときは、もう日も暮れかかっていた。
なだらかな丘の合間に少しでも若草色が見えるかと思っていたのが、
まだ秋と冬の間のように枯れた色ばかりが広がっている。
森の中には、まだ先日の雪の名残さえ見られる。
週末には、雨の予報も出ていたから
撮影のことを思うと不安がよぎる。

電話でやり取りをしていた村のヌシおばさん宅に着くと、
はじけるような声で
「私も今、娘の所から帰ったところ。」と出迎えてくれた。
大きな木彫りの門を開いて車を中にいれて、ようやく落ち着いた。
キッチンでは、すでに夕ご飯の支度がはじまっていた。

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一時期は故郷の村を離れて、町に住んでいたこともあったというおばさん。
「どうしても、町の暮らしが好きになれなかったわ。」
町での仕事やアパート暮らしを捨てて村に帰り、
今はご主人さんと家畜を買い、畑を耕し、
そして村の若い女性たちに手仕事を教えている。

「私たちが食べるものは、ここで採れて作ったものばかりよ。」
4.5キロもある自家製のパンは何日もかけて大切に食べる。
クリスマスやイースターのお菓子ベイグリは、
胡桃やケシの実がたっぷり詰まって香ばしい。

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夕食を頂いた後で、通された寝室を見て驚いた。
部屋は古い手織りのタペストリーや絵付け家具でいっぱいで、
角には飾りベッドが置かれている。
普段は使われることのない飾りベッド。
一部の村では下が物置になっていたり、
家族の多かった昔には使われたこともあったらしい。

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「ほら、ここにだって眠れるわよ。」
おばさんがベッドカバーをひらくと、
中は心地よさそうなシーツや布団がかけてある。
息子は我先にと、この世にも美しいベッドを選んだ。
クロスステッチのタペストリーや、手織りの枕カバー、
私たちなら箪笥の奥底にしまってしまうものが、
ここでは自然に生活の中で溶け込み、使われている。
ベッドの中を覗きこむと
「Isten hozott!(ようこそ)」という文字がベッドの天井部分に書かれていたので、
ふと微笑んでしまった。

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イースターの日曜日が明けた。
どこの村でも同じ時刻に礼拝がはじまるので、
散々迷ったあげく、近くの村に車を走らせた。
高台の上に立つ古い教会を目指して、
極上の衣装に着替えた村人たちが集まってくる。
教会前には、ハンガリーからの観光バスも止まって、
たくさんの観光客や現地のTV取材班なども見られた。
思わぬ見物人の多さに驚いたものの、
レベンテは落ち着いてカメラを構えている。

遠くから赤く輝くような衣装の女性が
一人、また一人と静かに、颯爽と歩みを近づけてきた。
少女たちの歩みに合わせて
まるで鈴の音が鳴っているような、
甘く爽やかな春の花が香ってくるような、
華やかな色合いとともに春そのものをこちらに投げかけてくる。

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古い石段を登りきって、教会の前へたどり着くと、
赤いバラの少女たちがまばゆい朝の光の中で立っていた。
モミの木の林のそばで集い、ささやきあっている。
これまで感じることのなかった生温かいそよ風が吹いては、
花刺繍のリボンをそっと揺らしていた。
長い鐘の音が鳴り止んだあとも、まるで魔法にかけられたように、
少女たちが導かれるようにして教会の扉を開けて入っていくのを
じっと見つめていた。

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村に帰ると、礼拝でコーラスの披露を終えたおばさんが
スープや肉料理で振舞ってくれる。
予定していた刺繍の職人の訪問のことを話すと、
「祝日だから、今の時間は邪魔をしないほうがいいわね。」
と今度はおばさんの部屋を見せてもらうことになった。

「私の母親はルーマニア人だったから、まったく手仕事もしなかった。
だから、私は自分の力で学ぶしかなかったの。
私もまだまだ学ぶことがあるけれど、
こうして若い世代に伝えることができるまでにはなったわ。」
カロタセグ地方では、少数民族であるハンガリー人の方が伝統に対する執着が強い。
中でも、衣装や手仕事に傾ける情熱は驚くべきものがある。

お姑さんも腕利きの刺繍の作り手。
自分のものをはじめ、嫁や孫娘たちのために手がけた衣装は
数えることができないほど。
「今、13歳の孫娘が16になったときに着るエプロンよ。」
小さなパーツに分かれた刺繍を見せてくれた。
娘や孫の年齢を指折り数えて、
大切な儀式に備えて衣装を手作りしていく。
まさに、これが手仕事の本来のあり方なのだと思う。
残念ながらここカロタセグでも、
最近では既製の白いスーツやドレスで信仰告白をする若者も増えてきたという。

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壁にかかっていた古い銅貨のような飾り。
旦那に声をかけると、
「ああ、これは糸を紡ぐ時のスピンドルの底につけるものだよ。
もう今では、民俗学の本などでしか見られないかと思っていた。」
女性が手仕事に使う道具の中でも特に美しい飾りのついたものは、
一般的に愛の贈り物として男性が渡したものであったようだ。

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村で見かけた木彫りの門。
ここにも、あの枝分かれした円の飾りがつけられている。

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夕方、丘の上で放牧されていた羊たちが村に戻ってきた。
今はまだ、草原の中でも食べ物を見つけるのに苦労するが、
これから太陽の恵みをうけてだんだんと緑が増えていくだろう。

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祝日ということで、普段は見られない衣装をたくさん目にすることはできたが、
逆を返せば、家族や親戚、遠方からの客でにぎわう家に、
お邪魔ができないのが欠点である。
日曜の午後には雨が降って、気温が下がった。
冷たい風が吹き抜ける村を、訪ねるところを探して歩き回ったこともあった。

人里はなれた小さな村。
車の通れる道は大きく迂回して、
さらに舗装のない寂しげな道をひたすらに走らなければならない。
土地を耕すものもいなく、
ただ放牧のための草原として広がる大地。
生えてきたばかりの若草に隠れるようにして、
黄色い小さな花が点々と顔をのぞかせていた。

村で懐かしいおばあさんたちとの再会を果たし、
教会に案内してもらう。
普段は白いカットワーク刺繍が飾られる教会の中は、
復活を祝う赤いイーラーショシュの刺繍で力がみなぎるようだ。
「私が子どもの頃は、ここは800人も村人がいたのよ。
通りで遊ぶ子どもたちでいっぱいだった。」
子どもの世代から村を離れる人が増えていき、
もう今では一人の子どももいない。
町に通う交通手段も絶たれてしまい、
未亡人のおばあさんたちがお互いを助け合いながら暮らしている。

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イーラーショシュの図案描きのアンナおばさん。
娘は町に、孫たちはスペインへ出稼ぎに行っている。
どうしても覚えることのできなかったステッチを、
いつものユーモアあふれるおしゃべりを交わしながら、もう一度教えてくれた。
「大丈夫、きっと覚えられるわよ。」
その笑顔を受けて、すっと余計な力が抜けたような気がした。

帰り際に、靴も履かずに見送ってくれたおばさん。
家の前のベンチで、ふと一緒に写真を撮ってもらおうと思いついた。
にこやかな笑顔で、腕を組んでくるおばさんが、
「ね、震えているのが分かるでしょう。」とささやいた。
若い頃は病気ひとつしなかったおばさんが、
数年前にパーキンソン病にかかっていることが分かった。
一人暮らしで明るく、いつも周りを助けているおばさんが、
ふと見せる不安な表情に心が痛んだ。

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めまぐるしい3日間の取材もほぼ終わり、
やや脱力感を感じながら外の風景を眺める。
移りゆく村の風景の中に、ひとつ背の高い大木が現れた。
黄緑色の宿り木がたくさんのシャボン玉のように、
たわわに実った果実のようにその木に寄りそう姿は、
まるで、あの円をつけたスピンドルの飾りそのものだった。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2013-04-19_17:35|page top