トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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赤いリボン

車に乗りはじめて二週間ほどが過ぎ、
近くの町に出かけることにした。
ダンナは免許歴10年ほどになるが、
実際はほとんど運転したことがない。

できるだけ交通量の少ない山沿いの村を通って、
町の中心部には入らないようにと入念に調べたあと、
家族を乗せた車が出発した。

広々とした青い空に、
真夏の緑が生き生きと目に飛び込んでくる。
薄暗いアパートの部屋、
建物が立ち並ぶ町の生活に慣れた目には、
ありのままの自然の姿がまぶしい。
もう、夏も終わりに近づいているのにふと気がついた。

手に汗をしながら、
三車線の道路で車の流れにどうにか合流して、
やっと目的の場所についた。
そこは、町のはずれの生地屋だった。

生後一ヵ月半の娘の乗るベビーシートを抱えて、
店の中に入ると、数人の店員さんが同時にこちらを見ていった。
「まあ、子どもが産まれたの!」
こちらでは赤ちゃんを見ると、
声をかけずにはいられないという人が多い。
赤ちゃんの存在で会話も弾み、
にこやかな笑顔が周りに伝染していくようだ。

買い物を済ませて、外に出ようとしたときに
娘が手に何かをぎゅっと握っているのに気がついた。
それは、赤いリボンだった。
ダンナの方を見ると、
「店員の一人が、魔よけのためにくれたんだ。」と言う。
赤いひもを赤ちゃんの腕に巻きつけるという、
古い魔よけのおまじない。

赤ちゃんにわざとプップッと唾をはきかける真似をしたり、
「まあ、みにくい子!」とか呼びかけることもある。
これは、病気をひき起こす悪魔の関心を
赤ちゃんからそらせるためだと言われている。

息子が小さい頃には、
当時まだ生きていたダンナの祖母が
指にすすをつけて額にポンと印のように押したこともあった。

それから、もうひとつの行きつけの場所へと向かう。
ジプシー市場では、声高く物を売る人たち、
買い物客でにぎわっている。
私の姿を見ると、
「久しぶり。今までどうしていたの?」と売り子が声をかける。
小さな娘の姿を見るなり、
「子どもかい?抱かせて。」というので、
相手の腕に娘をそっと乗せた。

30代半ば頃だろうか、
浅黒い男は満面の笑みをうかべながら
いかにも幸せそうに抱いている。

そろそろ手が疲れた頃かと思って、
重くないかと聞くと、
「俺には子どもが三人いるんだよ。慣れたものさ。」
と変わらず笑顔で言うので、その間に買い物を済ませた。

次のブースに行くと、
また見知った顔を見つけた。
「赤ちゃん?あなたの?」
と派手なスカーフを被ったジプシーのおばさんが、
抱かせてくれという。
大きな胸に乗せられた娘は、普段よりずっと小さく見えた。
「赤ちゃんのためにひとつ選びなさい。」
とベビー服の古着の山を指差した。
さっと選んで戻ってくると、
今度はダンナさんが娘を抱いていた。

こうして、
その日は売り場を一周しながら、
たくさんの人に抱かれ、
撫でられ、
キスを受けて、
娘はそれでもすやすやと眠っていた。

心から子ども好きなジプシーの人たち。
まるで故郷の村に帰ったような、
不思議な愛情をいっぱいに受けて市場を後にした。
娘の手には、まだ赤いリボンがしっかりと握り締められていた。

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comments(4)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2013-08-24_05:19|page top

1月のそり日和

あつぼったい灰色の雲が
天から無数の白い粉をふらせて、
もう何日が過ぎただろう。
乾いた冬の大地を、真っ白な雪が覆いつくすと、
私たちの世界は一変してしまった。
大地に新たに生命が宿ったような、
何ともいえないわくわくした感じがする。

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子どもたちは我先にと外へ飛び出し、
真新しい雪の感触を手で確かめたり、
お互いに冷たい雪の玉を投げつけたりして遊ぶ。
いっしょうけんめいに何かを作っている少年たち、尋ねると
「ネコの落とし穴を作っているんだよ。」との答え。

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その日は、友人家族に誘われて、
町のはずれにそりをしに出かけた。
キャンピングカーに、子ども5人と大人4人を乗せて出発。
なだらかな丘が隣の村まで続く原っぱは、
夏には羊の放牧が見られていたのが、
雪が降ると、一面がそり場に変身する。

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すでに何組かの家族が来ているようだ。
キュッキュッと片栗粉を踏みつけるような音をたてて、
体を雪に沈ませながらやっとのことで丘を登りきる。
「やあ。」とそこら辺にいる人たちが声を掛け合い、
ようやく、ブラーガ家の友人たちであることがわかった。

子どもたちはその急な坂を物怖じもせずに
そりで一気にすべり降りる。
クラシカルなそり型のものから、自転車型のもの、
プラスティックの円盤やちりとりのような形のもの・・・。
色とりどりの形もさまざまなそりが大集合している。

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太陽はいつの間にか姿を消し、
白くにごった雲の向こうから弱々しい光を投げかけている。
丘の向こう側は林が広がり、ここをずっと突きぬけると、
ブラーガ一家が家を建てていた原っぱにたどり着く。

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「ヴルジェルベ(谷の手前)へはもう行ったの?」
かつて彼らが家を建てていた原っぱ。
そこにはおととしの秋にジプシーの人たちが入り、
彼らの工具を根こそぎ奪っていってしまった。
そして、残された藁の山も昨年には火がついて燃え尽きてしまったという話だ。

「いいや、まだ行っていないんだ。
そうだ、行ってみようか?」とボティが尋ねる。
みんなの意見がまとまり、
新しいそり場を目指して出かけることに決まった。
子どもたちは仲良くそりにまたがり、
その列車を大人たちが引っ張っていく。

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子どもは、楽しいことの前では寒さも疲れも感じないものらしい。
私もできることなら、一瞬でも彼らの年に戻って、
この雪の世界を楽しみたいくらい。

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体についた雪をかきおとして、車に乗り込む。
町にいったん戻った後、
西へ進むとセントキラーイ村が見えてくる。
村のはずれの教会を過ぎた原っぱの向こうに彼らの土地がある。
すでにそり場と化した村の通りでは、
そり馬車が行き交っていた。

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村を一望する丘には、
まだ手付かずの雪がたっぷりと残っている。
一番にすべる雪は、先のそり場に比べると滑りが悪く、
確かに物足りないかもしれない。
彼らが家を建てはじめ、
いくつもの夏をいっしょにすごしたこの土地は
何ものにも換えがたいものがある。

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まだ冬ははじまったばかり。
子どもたちの好きな雪の季節はまだまだ続きそうだ。

Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(12)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2012-01-26_19:20|page top

はじまりの季節

9月は、はじまりの季節。
長い長い夏休みも終わりを告げ、
日本人と比べると幾分かのんびりしたこちらの人たちも
気持ちを引き締め、あちらへこちらへと忙しい。

我が家のアパートの窓から見える、鉄筋コンクリートの建物と四角い庭。
ここで入学式がはじまった。
色とりどりのかばんや洋服の子どもたちが、校庭にあふれかえる。
夏の名残をたたえた太陽の光が、降りそそいでいた。

保護者たちは、ゼンマイ仕掛けのように
たどたどしいわが子の姿を不安そうに見つめ、
見知った顔を見つけてはおしゃべりをしている。
校庭の前方では式が繰り広げられているのだろうが、
音響の悪いスピーカーは一向に人々の関心を集めない。

やがて教師が子どもたちの列を率いて、
校舎の中へ入っていった。
保護者たちも慌ててそれに続く。

狭い通路に、子どもたちが花を手にちいさなトンネルを作っていた。
それまで乾いた気持ちでいたのが、この新入生を迎える儀式には少し胸が高鳴った。
その花のトンネルをくぐり終わると、もう建物の終わりに来ていた。

ルーマニアの学校では、小学校1年から4年までが一区切り。
その後は、再び進級の手続きをとらないといけない。
この学校は、4年生までが別校舎にある。

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町にはいくつもの学校があり、自由に選ぶことができる。
ただし、学校に近い生徒が優先的に入学できるというシステムがあるようだ。
この学校には、普通教育のクラスとプロテスタント教のクラス、
そしてStep by Stepという新しい教育法のクラスに分けられる。

息子には、その新しい教育法のクラスを選んだ。
教室には個人のテーブルやいすがなく、グループ学習を基本とする。
いかにもヨーロッパ的な、コミュニケーション主体の学習である。

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国語であるルーマニア語は、
ハンガリー人の子どもたちにとっては初めての外国語。
そして彼らの母国語であるハンガリー語があるため、
普通の子どもたちより負担が大きい。
そのほかに英語も選択授業で組み込まれ、
彼らにとっては、一度に2つの外国語。
息子にとっては、2つの母国語に2つの外国語を同時に勉強するという試練がある。

家に帰ると教科書の束を目にし、
自分が受けた教育とはまったく違うシステムに戸惑いながらも、
これから学校教育がスタートする。

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心配することはない-もうひとつの声が聞こえる。
子どもたちは、私たち大人が思うよりもずっと柔軟で、楽しみを見つけることに長けている。
ちいさなのぼり坂や下り坂をいくつも乗り越えながら、
いつかは私たちが来たところへたどり着く。

そして、親である私自身も同じように、
ちいさな失敗や成功をくり返して、私たちの親がそうであったように
やがて自分よりも大きくなった子どもを手放していくのだろうか。

Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(3)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2011-09-26_05:10|page top

白雪姫幼稚園の卒園式

トランシルヴァニアで再び生活することになったのは、
3年前の冬のこと。
こちらに来てはじめての仕事は、
息子を幼稚園へと送り出すことだった。

白雪姫幼稚園のユーリア先生のクラスは、
年齢もさまざまな子どもたちが午前中の4時間を過ごしていた。
編入であるにもかかわらず、あたたかく受け入れてもらい、
この3年間で息子は体も心も大きく成長した。

幼稚園の体操室。
保護者や兄弟たち、祖父母に親戚が集まり、
小さな教室は人であふれかえる。
今年は7人の子どもたちが巣立っていく。

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最後の一年には新しい先生が来て、
小さな新しい子どもたちがたくさん入ってきた。

ある日、息子が嬉しそうにこう報告した。
「ママ、ルカがBaba(赤ちゃん)って言ったよ。」
ルカはまだ二歳になったばかりで幼稚園に入った。
その頃はおしゃぶりをくわえ、小さな体で、おまけに両親がルーマニア人のようで
ハンガリー語は一切分からなかった。

小さな子どもたちの成長を、
まるで家族の一員のように喜び見守っていた最後の年。

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年長さんたちは、セーケイの民俗衣装に身を包む。
トランシルヴァニアの東の果て、
かつての国境警備兵だった彼らは誇り高い。
少数民族となって100年近くたってもなお、
ハンガリー文化を大切に引き継いでいる。
子どもたちもその血を引いて大きくなるのだろうか。

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クラスでは民俗舞踊の先生の指導のもとで、フォークダンスを習う。
子どもたちの踊りのあとは、保護者なども加り
大きな円になってモルドヴァのチャーンゴーの踊りを踊る。
小さな教室が熱気ではちきれそうになる。

ovoda kicsengetes 192

ダンスのあとは、家から持ち寄ったお菓子を食べて
ホームパーティのような雰囲気。
学区ごとに通う学校が違い、クラスもさまざまだから
同級生とも今日でお別れ。

兄弟のようにして育ったタシの一家は、
ハンガリーに引っ越すことになった。
キリスト教の施設で多家族と共同生活をして、
学校へ通わずに、両親といっしょに通信教育で学ぶそうだ。

息子は秋から近くの小学校に入学する。
ステップ・バイ・ステップという新しい教育法で、
子どもたち主体のコミュニケーション重視のクラスを選んだ。
シュタイナー教育に似ているものらしい。

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卒業式には、肩掛けかばんを渡す習慣がある。
巣立っていく子どもたちを旅人にたとえ、
昔はパンや塩などを入れていたという。

白雪姫幼稚園のミツバチ組を卒業した子どもたち、
蜂のように元気に飛び立っていった。

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Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2011-06-17_05:15|page top

初めて生ける花

「日本人だから生け花くらいできるでしょう。」
ダンナから何度も耳が痛くなるほど言われてきたが、
残念ながら私に生け花の心得はない。

思い返してみると、
中学生時代にそういう選択科目を取ったような気もするが、
本を開いて、ただ型をノートに写しなさいといわれただけだった。
中学生たちのために花を調達するなんて、贅沢はできなかったのだろう。

だから生け花の要請がきたときには、いつもダンナに任せている。
半年間、日本で講座に通っていて基本は身に着けたようだ。
ここ数日、そういう機会があって
我が家でも珍しく色鮮やかな花が部屋を彩っていた。

「ちょっと来て。」と声をかけられて
キッチンへと向かうと、
息子が床に正座をして花を生けている。
手にはもっともらしく裁ちばさみを握って、
真剣な表情で器をみたり、手に持った花に目をやったりしている。

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基本を知らないから生け花などできないと思う大人に対して、
子どもはただ自分の心の向かうままに作り上げる。
器の上は、だんだんと花が豊かに茂ってきた。

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こちらで生活をはじめてから、息子は花が大好きになった。
原っぱや森の中を覆う花の数の多さに感激し、
いつも小さな手に収まりきれないほどの花を握っていた。

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剣山にはもうすき間がほとんどないまで、
たくさんの茎が刺しこまれている。

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生け花の基本は、花を愛することなのではないか。
そして、花を観察する力。
ひとつひとつ花びらの形も、葉の数も、茎のしなりも違っている。
その個性をいかにして引き出してやるか。

Barot japannap 090

こうして7歳の息子の生まれてはじめての
生け花が完成した。
「よく出来たわね。」と褒めると、
「うん・・、でもアパ(お父さん)の方がきれい。」とあまり満足そうではない。

ちゃんとそんなところまで見ていたのかと思って、驚く。
次にはどんなものを生み出してくれるのか、楽しみだ。

Barot japannap 091

Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2011-05-22_02:53|page top