トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

初夏の花畑

一日をもてあまし、夕方ころ散歩へと旦那を誘った。 
濃い青空に入道雲、そして灼熱の太陽。 
梅雨のないトランシルヴァニアでは、 夏がやってくるのが早い。
 5月終わりは、もう初夏といってもいい。 
 そして、この頃が最も美しく大地がかがやく季節である。 
トーンの異なる緑の中に、 色とりどりの無数の野の花が混ざり合って、
なんとも形容できない微妙な色彩を作るのだ。 
トランシルヴァニアは、まさに緑の王国である。
   berry (6) 

家から徒歩10分でたどり着く、大自然。
町外れの丘をくだり、さらに丘を登ると、
そこは馬が放牧してあり、野生の野の花が咲き乱れ、
文字通り手つかずの自然が広がっている。


berry (11)  

遠くから見ると赤茶色に見えたのは、野生のタイム。
紫がかったピンク色のちいさな花々は、目を楽しませるばかりではない。
甘くさわやかな香りが、そこにいるだけで極上の気持ちにさせてくれる。


berry (9) 

野生のタイムは、乾燥させてハーブティーにする。
緑のない長い冬の間に、夏を忍ばせてくれる。
まさに、トランシルヴァニアの初夏の味だ。

旦那と子どもたちが花摘みをしてくれる間に、
家から持ち寄った刺繍をする。
遠くを見渡す眺めと、極上の花畑と、さわやかな空気。
心落ちつく、幸せな時間。


berry (10) 

長男と遊び疲れた次男は、原っぱに寝そべっている。
指に草を巻いてもらい、心地よさそう。


berry (12) 

花摘みを終え、しばらく姿を消していた旦那が、
手にいっぱいのちいさな野いちごを見せた。
すると、今度は野いちご積みのはじまり。


berry (4) 

野いちごは日当たりのいい丘の斜面を好む。
子供の指の先くらいのちいさなイチゴだが、
口にふくむと甘酸っぱい味と香りでいっぱいになる。
ちいさな赤い顔を大地に向けているので、
草むらの中で探すのは、容易ではない。
なおさら宝探しのようで、夢中にさせてくれるのだ。


berry.jpg  

まだ見つけられない次男の口に放ってやると、
すぐに「まだ、ちょうだい。」という。
お腹いっぱいになるのは難しいが、
甘くさわやかな味わいは、くせになる。

   berry (7)  

気がつくと、日が暮れかかっていた。
日差しが弱まる夏の夕方は、ぐっと気温が下がって心地よい。
草の匂いと日没前の光に包まれて、これからはじまる長い夏を想った。


berry (2) 
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comments(2)|trackback(0)|自然、動物|2018-06-17_14:42|page top

旅の終わりに

帰りのバスがないと聞いてから、あれこれ考えていたが、
結局は運命にゆだねることにした。
幸いにも、ちょうど信仰告白式の日なので
もしかしたら、帰りのお客がいるかもしれない。

6時過ぎ、大通りに向かって坂を上り、
エルジおばさんが見送りがてら、
車が通り過ぎるたびに手招きをするしぐさをした。
10分、20分が過ぎた。
そろそろ、立ちっぱなしのおばさんに申し訳なくなってきた。
「何を言っているの。私に時間がないと思うの。」
いつもの口癖で「怒るわよ。」とおばさんが言う。

車が何台も過ぎたが、一向に止まってくれる気配がない。
今の若い人たちは村の中を歩かないから、
誰が誰なのかわからない、とおばさんが言っていた。
服装だけでなく、その精神も同じように変わってしまったのだ。

最悪の場合は、おばさんの家でもう一泊させてもらおう。
諦めかけた頃、一台の車がスピードを緩めてきた。
「町へいくのよ。乗せてくれませんか?」とおばさん。
「どこの町へ?」と運転手が尋ねるので、
すかさず町の名前を言った。
「お乗りなさい。」とその声の持ち主が手を振った。

お世話になったエルジおばさんに、キスをして別れた。
そういう気持ちのゆとりがあったのも、
どうやら運転手は聖職者らしいことがわかったからだ。

娘とふたりで車に乗り込むと、
助手席と後ろにも同乗者がいた。
「どこまで行くんですか?」と薄茶色の長い衣装をまとった運転席の男性が聞いた。
年の頃は40~50くらいだろうか、半分くらい白髪に染まっている。
セーケイ地方の町の名前を言い、
そこで10年暮らしていること、
日本の大学でハンガリー語を学び、
トランシルヴァニアに導かれてきたことを話した。

すると、その人は声をひそめ、いたずらっぽい目を向けてこう言った。
「あなたは、奇跡の虫だ。」
聖職者という神秘のヴェールを纏った人かと思えば、
思いもよらない言葉に、吹き出してしまった。

どこかで見た姿だと思いながら、質問をした。
「あなたは、牧師さんですか?」
「いいや、クルージのフランシスコ会の修道僧だよ。ティビ・ブラザーだ。」
と手を差し伸べて握手をした。
そういえば3年ほど前に、フランシスコ会の教会へ行ったことがあった。
かつて日本語を教えていた生徒が宗教の道に進み、
夜通しの静かなコンサートをしていたのが、このフランシスコ会の教会だったことに気がついた。

「私はナジセントミクロ―シュの出身だ。
バルトークの生まれ故郷だよ。」
「最近に出会った、2人目の外国人だよ。
ひとりはブルガリア人で、南部のバナート地方に村があって、
ブルガリアから追われてきたカトリック教徒たちが暮らしている。
彼らは、金で縁取られた素晴らしい衣装を受け継いでいて、
家の中にはそれは美しい祭壇があって・・・。」
話すこと全てに興味ひかれ、
聞き逃さないように耳をそばだてていた。
むかし学生時代の頃に出会ったルーマニアの大学生のような、
知性と機知の混ざりあった、独特の口調だ。
「いつかクルージに寄った時は、私を訪ねなさい。」

手には娘の分と合わせた乗車賃を握りしめていた。
ルーマニアのヒッチハイクの原則で、運転手にお礼をすることになっている。
相手に失礼のないように、
「こういう時、どのようにすればいいのかわからないのですが・・。
どうか教会への寄付にしてください。」とお金を差し出したのだが、
「電車代に取っておきなさい。」と返ってきた。

礼を言って車を降りると、
娘とふたり、喜び勇んで線路にまたがる歩道橋を駆け上がっていった。
少し前までは、先行きのわからない不安でいっぱいだったのが、
今こうしてレールの上に敷かれた帰り道を辿っているのが奇跡のようだ。
旅とは未知の世界への扉を開くこと、
その醍醐味は未知の人々と出会うことにあるのだ。
旅はこれだから、止められない。
また娘と二人旅をする日がやってくるような気がしてならない。















comments(2)|trackback(0)|その他|2018-06-08_14:28|page top

セーク村の信仰告白式

信仰告白式の朝がやってきた。
昨日の午後の雨で大地の熱がすっかり冷めきったかと思いきや、
だんだん熱くなることが感じられる。

エルジおばさんに誘われて、この日の主人公のひとりのおばあさん宅へ散歩した。
ちょうど昼食のロールキャベツを窯で煮る所だという。
「今は4キロの米に8キロのひき肉を使うけれど、
私たちの頃はそれが反対だったわ。」というおばあさんに、
エルジおばさんはこう返す。
「それはまだいい方。私たちの小さいころは、
肉は一切入れずにお米の中にブタの脂身をひとかけ入れただけだった。」
貧しい時代を知る人たちの言葉だ。
今でこそ、御殿が立ち並ぶ豊かな村だが、
昔は無名で、一家で沢山の子どもを養わなければならなかった。

「ロールキャベツは、どんな風に並べたの?」
「バラの形よ。」
見た目も美しい、ロールキャベツが山盛りだ。


szeki konfi (10)


夏の熱い中、昔ながらのやり方でキャベツを煮る。
薪をいっぱいにくべて、やがてこの窯にお鍋を入れるのだ。

 szeki konfi (9) 

昨夜からエステルのお母さんや親せきが代わる代わる、
エルジおばさん宅に訪れていた。
というのは、家にケーキを置いておく場所がなく、
エルジおばさんの家を使わせてもらっていたためだ。
今でもご近所が親戚のように行きかう、いい関係性が続いている。

約束の9時半になった。
14歳になったエステルの着付けを見させてもらう。
部屋には、白と黒の衣装が置かれていた。


szeki konfi (18) 

はじめに、手織り布でできたペチコートを3、4枚重ねてはく。
セークの衣装は、昔ながらの手縫いである。
黒い糸は祝日用で、白い糸は平日用。
白い布の上を流れる、つなぎ目の黒い線がひときわ目を引く。


szeki konfi (11) 

セークの衣装の目玉である、ブラウス。
立体的なブラウスを、小さく折りたたむことができるこの知恵。
袖が横にプリーツが寄せてあるのが特徴だ。


szeki konfi (13) 

昔と違って、今はしっかりと糊をつけて袖にふくらみをつける。
袖をアイロンかけする専門の人がいるというから驚かされる。
「誰かが糊を解こうとして袖を破いてしまったそうだから、気をつけるのよ。」
まるで紙のように固い袖を解くのも、大変な作業。


szeki konfi (17) 

まるで子供のようにブラウスを着せてあげないと、
一人では着ることができない。


szeki konfi1 

次にスカートとエプロン。
黒地にピンクのヒマワリがプリントされたプリーツスカート。
「午前はヒマワリ柄で、午後はバラ柄なのよ。」とエルジおばさんが教えてくれる。


szeki konfi2 

ショールを肩にかけてから、
赤いガラスビーズのネックレスを装う。


szeki konfi (21)


華やかなカロタセグ地方とはまったく違う、シックな色の組み合わせ。
これがセークの美意識なのだ。


 szeki konfi (24)


黒い別珍素材のベストは、
ブラウスの袖のふくらみがあるので、肩のところを外すことができる。


szeki konfi (31) 

テーブルの上にずらりと並んだ、ハンカチーフにリボン。
午前と午後で持っていく柄が違うという。


szeki konfi (30)
 

赤と緑のリボンでできた肩飾り。


szeki konfi (32)


黒いタッセル飾りのついたベストの肩に、
赤いバラの肩飾りを縫い付ける。

 
szeki konfi (34) 

これから、長い髪をお下げに結っていく。
足りない分は、つけ毛を足して、最後に赤いリボンを巻き付ける。


szeki konfi (37) 

ひとりの少女に三人がかりで着付けをする様子は、
まるでお姫様か貴族の令嬢のよう。
夏でも、膝までくるロングブーツをはかせる。


szeki konfi (39)


黒いスカーフからのぞく、長いお下げの髪。
これが伝統的な美しさ。


 szeki konfi (40)


黒いスカーフをかぶせると、エステルは、
「まるでお葬式みたい。スカーフは嫌いだわ。」と顔をしかめる。


szeki konfi (43) 

最後の仕上げは、ブラウスに手で皺をつけていく作業。
昔はしなかったやり方だが、村で80年ごろから流行ったのだという。


szeki konfi (45) 

優に1時間半をかけて着付けをしてから、
急ぎ足で教会へ車を走らせる。
ちょうど教会の鐘の音が響き渡り、
たくさんの村人たちが昔ながらの衣装で集まっていた。


szeki konfi (48)


お年寄りは今でも日曜日は礼服を着るが、
若者たちはこの時間のかかる衣装に親しめず、限られた祝日にしか着ることはない。
今日の主役である、14歳の少女たち。
白と黒のセーク村のエレガンスは、
時を越えて私たちの心を打つ。


szeki konfi (6) 

牧師さんに促されて、列をなし、
教会の中へと吸い込まれるようにして入っていく。
彼女たちのお母さんも、お祖母さんも、その前のご先祖さまの時代と変わることのない光景が
今もこうして繰り返されているのだ。

  szeki konfi (49) 

赤い刺繍のタペストリーの前にならぶ少女たち。
神のご加護をうけて、これからも美しく育っていくのだろう。


szeki konfi (50) 

午前の礼拝を前に、荘厳な雰囲気で満ちていた。
それは、人々の衣装のせいかのか、
人々の心のせいなのか分からない。
しかし、衣装というひとつの文化を失わずに守ってきた人々のもつ、
特有の美しさは疑いようがなかった。


szeki konfi (46) 

その風景を目に焼き付けながら、
娘のまつエルジおばさんの家へと歩いていった。


comments(8)|trackback(0)|セーク村|2018-06-04_21:41|page top

セーク村のエルジおばさん

セークという、不思議な村がある。
赤い衣装に身を包み、白いスカーフを頭にかぶったおばあさん、
小さな麦わら帽子をちょこんとのせ、白いシャツに青いフェルトベストのおじいさんが、
日常生活を送っている。
昔ブダペストで学生時代を過ごした頃も、通りやメトロの中で幾度となく
こうした「赤いおばあさん」たちを見かけたことがあった。
市では商売心旺盛なたくましいおばあちゃんたちが、
セークの名のもとで何でも売っている。
いつか村で、「これは近くの有名なルーマニアの村で作られたもので、
洪水の被害にあって気の毒だったから販売している」と聞いて、
男性のシャツを買ったことがある。
後に全く別の地方のものだったことがわかり、
それ以来、自然と足が遠のいてしまった。

村で聞き込みをしているうちに、エルジおばさんを探し当てたのもその時だった。
まるで額縁のような大きな枠に布を張り付け、
上から下へ下から上へと針を運搬する、セーク村の伝統刺繍を見せてくれた。


SzekesKalotaszeg2.jpg 

一昨年、手芸ツアーの準備のために訪れたのが5,6年ぶりだったのだが、
エルジおばさんは相変わらず、冬も夏も手仕事をして過ごしていた。
「村では、もうほとんどが日当を稼ぐために
ブダペストに行ってしまったわ。」
貧しい時代を生きてきたセークの女性たちは、
13、4歳になると奉公に出ていたという。
ハンガリー人の詩人カーニャーディ・シャーンドルの、有名な詩がある。
そこでは黒と赤の衣装をきたセークの少女たちが、セークの少年たちとともに
木曜と日曜の夜に集まって踊る風景がいきいきと綴られている。

「私も村から出てはみたけれど、2週間で帰ってきたわ。
村以外のところは好きになれなくてね。」
そうしてご主人さまと一緒に村に残り、
社会主義時代を経て今もここで暮らしている。

「今の人たちは、もう手仕事をしなくなったし、
手作りのものは一切飾らなくなったわ。」
それでも、エルジおばさんは手を休めずに働きつづける。
娘婿の母親であるジュジおばさんがやってきた。
ふたりは一緒に手織り布を織っているのだという。
セークのブラウスは、昔ながらの手織り布を使っているからで、
今でも正装として作られている。


szeki erzsineni (2)

 
ジュジおばさんは糸巻き機を回転させながら、
糸を巻きはじめた。
右手で輪を回しながら、左手で均等に巻き取っていく。
カラカラという音が耳に心地よく、
仕事の風景は実に美しいと思った。
時代を遡り、遠き過去をのぞき見たような感覚がする。


szeki erzsineni (1) 

エルジおばさんの部屋は、
今でも60年前の嫁入りの時と変わらない。
12個の枕カバーが天井に届くほど積み上げられ、
すべてセークのアウトライン刺しゅうで作られている。
折りたたんだ縞模様の毛布の下には、
華やかな色のウールの手織りのベッドカバーが何層にもなって続き、
さらに白い手織りのベッドカバーが見られる。


szeki erzsineni (4)


「私の娘も手織りに刺繍、マクラメも編んだし、何でもできるの。
嫁入りの時に必要だったからね。」
50歳くらいの娘さんは、町に出るまでは民俗衣装だけで暮らしていた。
嫁入り道具もすべて自分の手で作った。
村に電気が通ったのも60年代になってから・・。
それなのに、この生活の差は何だろう。
何が人々を変えてしまったのだろうか。
苦労して作った嫁入り道具ももう必要がなくなり、
町へ出た人々はほとんど伝統衣装に袖を通すこともない。

暇をもてあそぶ娘に、おばさんは自家製のハエ取り機を渡した。
「さあ、これで悪い虫をやっつけるのよ。」


szeki erzsineni (3) 

久しぶりの土砂降りが降った後、
村へと散歩に出た。
昔は5000人も住んでいたこの村は、かつては塩鉱山で栄え、
町と呼ばれたこともあった。
「町見物へ行くのよ。」通りで会う人に、エルジおばさんは言った。

村に住むオランダ人のおじさんが博物館を営んでいる。
完成したばかりだという展示室に入らせてもらった。
展示されていたスピンドルを手に取り、
羊の毛のような色をした大麻を束にしてクルクルと巻きはじめた。
時おり、口で手先を湿らせながら器用に巻とる姿に見とれてしまう。
「ここで糸を紡いでくれたのは、あなたが初めてだ。」とご主人さんも喜ぶ。


 szeki erzsineni


この2日間、おばさんの話から、その仕事する姿から
私は本来の村の姿を感じ取っていた。
貧しい村で倹しく、ひたむきに働きつづけた村人たち。
今その生きる姿勢を感じさせてくれる人は、この村であってもごくわずかに違いない。

「私たちはいつも手仕事とともに生きていたの。
ものがないのが当然だったから、何でも1から作るしかなかった。
それは、生活の一部なのよ。」
エルジおばさんの言葉が、今も耳に残っている。








comments(2)|trackback(0)|セーク村|2018-06-01_13:24|page top

旅のはじめに

出発は、私の思い違いで一週間延びてしまった。
信仰告白式を写真に収めるのが、大きな目的だ。
その翌週は、すでにクルージに行くことが決まっているから、
週末の二日間だけを過ごすために7時間以上かけて夜行列車で旅することになる。
昨年の夏に、セークの結婚式に行けなかったこと、
カロタセグでカティおばあちゃんの最後の元気な姿を見られなかったことが
大きな後悔として残ってしまった。
時間は、もう巻き戻せない。

深夜12時半、娘とふたり列車に飛び乗った。
何かを感じたのか、次男は寝付かれず、
とうとう駅まで見送りに来ることになった。
長い夜行列車が大きく軋む音を立てながら止まり、
車両を探して右往左往していると、「こっち、こっち。」と車掌が叫ぶ。
座席を見つけると、ほっと胸をなでおろす。
二人席の小さな座席に横になり、いつしか眠りについていた。

車掌に起こされて、チケットを手渡すと、
「この車両はビストリツァ行きだから、あちらの車両に移るように。」
と言い残して、他の客のところへ行った。
朝5時、車窓の外はうっすらと暁色に染まっていた。
他の乗客とともに、大移動を開始する。
この列車は途中で切り離されて、
バイアマーレ、クルージ・ナポカ、ビストリツァと別方面に進むらしい。

朝7時、私たちはハンガリー語で「サモシュの新しい城」という呼び名の、
小さな町に降り立った。
中心の広間には、大きなカトリック教会がそびえている。

szekiutazas (2) 

ここは、アルメニア人が作った街で、
彼らはヨーロッパで最も早くにキリスト教を国教とした民族であるらしい。
巨大な石の建築は、見るからに古くてがっしりとして、
信仰深い民族の魂を映し出すかのようだ。


szekiutazas (3) 


トランシルヴァニアのアルメニア人は、ユダヤ人のように商業に携わっていて、
その多くは都市部に住んでいたという。
他にも、ジェルジョーセントミクローシュも同様にアルメニア人の作った町だ。
やがてハンガリー人に同化し、その苗字だけが異国の名残を残している。
旦那の祖母の家系も、アルメニア人を祖先とするらしい。
町の至るところに、古い彫刻が見られる。


szekiutazas (1) 

人が柱を支えて、アーチになっている。


szekiutazas.jpg 


ここは学生時代に、今の旦那と一緒にヒッチハイクで訪れた
懐かしい思い出がある。
今は娘とふたりでここにいるのが、不思議な感覚だ。

バスターミナルから、10時のバスでセークに向かった。
昔は、民俗衣装を着るおばあさんが多いことで有名だったのだが、
不思議と町でもバスの中でも見かけることがなかった。
時代は確実に流れているのだ。
バスに揺られて、ぽっこりと突き出す丘の合間を進んで行くと、
この辺りはルーマニア人の村ばかり。
セークだけがハンガリー人の村として残り、
昔は村以外の人と結婚することはなかったという。
村の入口には、大きな黒塗りの門が立ち、
赤いチューリップの模様が施されている。

その時、運転手が言った。
「明日はバスは運休だよ。」
村人たちも驚いて、口々に困ったなどと言っていたのだが、
私も不意をつかれてしまった。
こうして、セークでの週末がはじまった。



comments(0)|trackback(0)|その他|2018-05-29_12:44|page top

5月の菜の花畑


タンポポが綿毛に変わり、
リンゴの花が散るころに、
毎年決まって黄色い菜の花畑が姿をあらわす。
 
  lepce (5) 

何ヘクタールも続く、黄色。
その色といったら、まるで初夏の太陽の光を
そのまま集めたかのようだ。
何とも言えない、甘い香りが鼻をつく。
いつか車窓から眺めたとき、
この菜の花畑の中を泳いでみたいと思ったものだ。


lepce (6) 

その美しい花畑を見たとたん、
子どもたちは中に飛び込んだ。
そして、すいすいと気持ちよさそうに花をかき分け、
どんどん突き進んでいく。
まるで蝶にでもなったかのように。


lepce (7) 

長女は、背の高い花の中にすっぽりと隠れてしまう。
名前を呼ぶと、大きくジャンプをした。


lepce (1) 

その甘いよい香りと、眩しいほどの黄色に包まれているだけで、
胸がわくわくとしてくる。
娘は顔中を黄色い花粉でいっぱいにして、
菜の花畑から出てきた。
幸せの色、黄色い菜の花。
来年もまた、この時期に会えるだろうか。


lepce (2) 






comments(4)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2018-05-14_21:19|page top

海を越えるイーラーショシュとハワイアンキルト

4月になって、不思議な縁が舞い降りてきた。
タイのバンコクで暮らす女性からの、突然のメッセージだった。
イーラーショシュのワークショップをしに来てほしいというお誘いだった。
彼女は現地でキルトショップのオーナーをし、
さらに日本手芸普及協会のタイ局長をしているという。

数年前に、文化出版局の「トランシルヴァニアの伝統刺繍イーラーショシュ」が
タイ語版でも出版された。
当時は、どうしてタイで出版されたのかが疑問で仕方なかった。
丸くうねった独特の文字が見慣れた本の隙間を埋めているのに、
エキゾチックな異文化の香りが漂った。
その本がきっかけで、ルーマニアのトランシルヴァニア地方の刺しゅうが
思ってもみない土地で知られるようになり、
刺繍文化が遠い国へと伝播していく。


彼女と英語でチャットをして、
さまざまな打ち合わせが進んでいった。
12月はじめの週末、2日間のワークショップ。
4時間+4時間という、これまでにない長い講習となる。
天皇陛下の通訳もしたという、タイで一番の通訳の女性に依頼してくれるという。

せっかくならハワイアンキルト歴30年近くになる母も誘って、
何か一緒にできないかと思いついた。
パッチワーク会の大御所の講習に何度も参加している彼女は、
母の経歴や作品などさまざまなことを聞いてきた。
主催者である以上、もちろん講習に責任がある。
きちんとした講師を呼ばないといけないという気持ちはよく分かる。

日本の父や親せきにお願いして、展示会の写真を送ってもらった。
これだけのキルト歴にもかかわらず、彼女の作品は数が少ない。
というのは、彼女のグループ
50名ほどの生徒さんの作品をすべて自身の手でデザインするからである。
自分の元には作品はほとんど残らず、
生徒さんの名前で展示されている。
布に下図を描いて、そのまま切っていくので、
数知れないデザインも手元には残っていない。
母のデザインと生徒さんの手縫いによる手の力が
融合することによってできる作品群。

この作品群を見たとたん、彼女から美しい、
なんてクリエイティブなデザインだろう、
彼女はアーティストに違いないと賞賛の声が届いた。
その経歴、受賞歴など関係なく、その才能を分かってくれたのだ。


  IMG_20180502_0006.jpg
hawaiian.jpg

 IMG_20180502_0002.jpg 
想えば、私はもの心つかない幼い頃から
外国の布やキルトに囲まれて育った。
部屋にはデザイン関係の洋書があふれ、
知らず知らずのうちにアーミッシュ族のシンプルなキルト、
ウィリアムモリスのデザイン画や
レヒネル・エデンの彫刻のような建築など、
さまざまなものを吸収してきたのだと思う。
今の私があるのも、多分に母の仕事、ライフワークが影響している。

そして40の誕生日を迎えた日に、私はタイ行きのチケットを買った。
10年この土地で暮らし、
40年生きてきた自分へのご褒美にしたかった。
そして、長年夢見てきたベトナム北部の少数民族を訪ねに行く旅も想定に入れている。

母のハワイアンキルトを、タイの植物や花をモチーフにデザインしたら、
どんなものができるだろう。
この12月に母、私、娘の三人に、敬愛する「大阪の母」もいっしょに
バンコクへと旅立つ。


comments(2)|trackback(0)|アート|2018-05-10_00:00|page top

トランシルヴァニア、4月の森


春の奇跡を最もよく感じることができるのは、森の中である。
トランシルヴァニア地方の自然は、
この春の一か月の間でドラマティックな変化をむかえる。

半年もの間、眠っていたかのように見えた
森の木々や無数の植物、生き物がいっせいに目を覚ます。
大地に耳をすませば、あふれんばかりの生命のエネルギーを感じることができる。

  tavaszierdo (22) 

まだ裸のままの木々の下では、
これまでになく春の太陽が降りそそぐ。
その恵みを浴びて、枯れ葉の大地を覆い尽くすように
野生の花がひらいていく。


tavaszierdo (2) 

春一番に咲く花は、色も形も繊細で可憐である。
真っ白なイチリンソウや紫と緑の入り交ざったクリスマスローズ、
ハンガリー語で「星の花」と呼ばれる透き通るような青のシラー、
やさしい黄色のプリムラ・・・。


tavaszierdo (4) 

時に落ち葉を押し上げ、時にはその固い葉を突き破って、
太陽の光めざして体を伸ばしていくその姿は力強い。


tavaszierdo (5) 

春の時間はせわしく、過ぎていく。
目を凝らして見ないと、あっという間に自然はその姿を変えてしまう。


tavaszierdo (6) 

こんなにも色鮮やかで、美しい森の花々の寿命は悲しいほど短い。
やがて木々が目を吹き、葉を茂らせると
太陽の恵みは遮られてしまうのだ。


tavaszierdo (8) 

生命力に満ち満ちた春の森の中は、
無数の鳥たちが愛のうたを歌っている。
あたたかな太陽の光の下、美しい花々を愛で、極上の音楽を聴いて、
身も心も生まれ変わったように清々しい。


tavaszierdo (9) 

春の奇跡がここにも、あそこにも。


tavaszierdo (14)



気がつけば、森の木々は若草色の服をまとっていた。
雲ひとつない青空の下、牛たちが草を食んでいる。
町のはずれには、もう大自然が待ち受けている。


tavaszierdo (21) 

旦那がタンポポを摘んで面白いものを見せてくれた。
花を取った茎をいくつかに裂いて、口の中に入れ、
「パ―ピカ、パ―ピカ、丸くなれ。」
と繰り返すと、不思議なことに茎の先が花のように丸くなる。
娘は目を丸くして歓び、
タンポポの茎をくわえて、おまじないのように唱えていた。


tavaszierdo (20) 

谷間にある小川に沿った小道は、人ばかりでなく牛や羊たちも通る。
この道が森につづいている。


tavaszierdo (15)


真っ白に雪をかぶったようなヤマナシの大木。
その立ち姿は、幽玄な美しさ。


tavaszierdo (19) 


森の入り口に来ると、
汗ばんだ体もひんやりと涼しくなる。
夏の期間、この森は町の人々のオアシスになる。


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森の中は、芽生えたばかりの若草色がまぶしい。
森の妖精のような可憐な花々は、もう姿を消してしまっていた。


tavaszierdo (18) 

山の中の凸凹道は、深い谷底に沿っている。
足を取られないように気を付けながら、手をつなぎ歩いていこう。


tavaszierdo (1) 

森の中の湧水でのどの渇きを潤したあと、
森の中の新緑を眺めながら、腰を下ろす。
つやつやと輝く葉は、春のそよ風に吹かれて、
蝶の羽根のようにひらひらとひらめかす。
 

tavaszierdo (11) 

緑がこんなに明るい色だと初めて気が付いた。
そして、その緑が春のあたたかな空気とともに心に沁みていく。
しばらく、その景色を心ゆくまで眺めたあと、
やりかけの刺しゅうを出して縫いはじめた。
極上の時間がゆったりと流れていく。 
時が止まってほしいと思うような、春の一日だった。


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comments(2)|trackback(0)|自然、動物|2018-05-06_14:32|page top

Luiza Zanの歌声


彼女の歌声との出会いは、
まだ長女が赤ちゃんの頃だった。
娘を寝かしつける時に、旦那が偶然に動画で見つけたのだった。
低く包容力のある歌声で揺らされ、いつしか娘は眠りについていた。
ルーマニア人のジャズシンガー、Luiza Zan。
名前の響きからして、すでに美しい。

長女が生まれた年の冬、
偶然に彼女のコンサートが町のカフェであると知ったが、
娘が授乳期だったため、諦めた。

はじめてコンサートを見たのは、3年前の夏だった。
音楽好きのお客さんが来ていたので、彼女を誘って聴きに行った。
町の劇場のステージに立つ彼女は、
ハンガリー出身のジャズピアニストとアメリカ出身のトランペット奏者の間で、
いきいきと輝いていた。
英語のジャズからフランス語のシャンソン、
ルーマニア語のオリジナル楽曲まで
その時その時の楽曲に合わせて自在に変わる歌声。
彼女が、ルーマニアで最高の歌手であることは間違いない。

ルイザがこの町に住んでいるという噂を耳にしたのは、
それから1年後だった。
彼女のような人が、どうしてこんな小さな町に。
誰しもが不思議でならなかった。

知人のひとりに誘われて、長女の幼稚園を決めた。
「ルイザも娘さんを、同じグループに入れるみたいよ。」
そう聞いた時、耳を疑った。
町の劇団で女優をする彼女は、ルイザに歌を習っていた。
面白いグループになるかもしれないと期待で胸がふくらんだ。

しかし1年を過ぎても、ルイザの姿を幼稚園で見ることがなかった。
去年の冬、見慣れないルーマニア人女性が教室の前に立っているのを見たけれど、
どうも彼女とは違うようだった。
クラスメイトの男の子の誕生日会に誘われ、
そこにもそのルーマニア人女性はいた。
もしかしたらと思いながらも、話しかけることができずにいた。

今年になって、彼女から信じられないようなメッセージが届いた。
彼女の妹さんが美大学生で、かぎ編みで作品作りをしながら、
日本に興味を持っているということ、
彼女のお嬢さんが家でも娘のことばかり話しているということ。
まだ直接会って話したこともないのに、
イースター休みが来たら会う約束までしていた。

イースター休みはきたが、彼女からの誘いはこなかった。
それから、最後の日に町のカフェで会うことになった。
普段は足を踏み入れることもない、中心の広場にある華やかな場所。
ルイザと妹さんのテーブルに、
私と日本からのお客さんの刺繍作家の女性が座った。

「ここで暮らしてもう5年になるけれど、
ハンガリー語は一向にマスターできないわ。」
彼女のご主人さまはハンガリー人。
旦那と同じく、超のつく頑固もののセーケイ人。

ルイザがこの小さな町に落ち着いたのも、
5年前に彼女のライブに来たご主人さまと出会い、
やがて結婚し、次女のアビが生まれた。
家族のために、彼女はブカレストを捨てて、この町にやってきた。
音楽関係者たちは引き止めようとしたが、彼女は聞かなかった。
「それなら、ブカレストに山を作ってちょうだい。」
ブカレストを離れると、彼女の仕事のオファーは減り、
キャリアは下降した。
それでも、彼女は未だにここに住んでいる。
普段は歌手としてのオーラは消して、母親に専念している。
だから、彼女がルイザ・ザンであることに気がつかなかったのだ。

「私は、ルーマニア北西部のモルドヴァ地方と
南部のオルテニア地方のミックスなのよ。」
彼女の母親も有名なヴァイオリニストで、音楽家の家系のようだ。
「実は、私たちにはジプシーの血も流れているの。」
エキゾチックな美しさと、エモーショナルな歌声の訳が分かるような気がした。
音楽だけでなく、ニットも得意だというルイザ、
美大生でかぎ編みで作品作りをする妹さんのヨアナ、
そして写真映像を学ぶ弟さん、同じ町に暮らすお姉さんの4人兄弟。

おばあさんは仕立て屋で、洋服を作っていた。
モルドヴァの村では、毎週日曜日になると
市がたち、音楽を奏でてダンスをしていた。
ゆったりと叙情的なトランシルヴァニアの音楽とは違い、
モルドヴァのそれはスピィーディで明るいという。

おばあちゃんの手織りのカーペットが、
ピンクやブルーなど、ありとあらゆる色を取り混ぜたもので、
彼女のスタジオに飾ってあるのだが、
白を好むご主人さまには不評だという。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。



彼女が主催するジャズフェスティバル。
金曜日の夜に、町のパブで彼女がステージに立つという。
チケットを買おうとすると、受付の人が言った。
「あなたたちの分はいいとルイザから言われているの。」
赤いスポットライトの当たる地下室に、全身を黒でまとった彼女の姿があった。
チケットの礼をいい、どうしてと尋ねると、
「私が招待したからよ。」と当然のように答えた。

今日のバンドは、バスギターとサクソフォン。
会場に彼女の歌声が鳴り響くと、
五感が静まり、彼女の方に集中する。
ゆるやかなスロージャズもあれば、
ビートルズの曲もあり、ボサノヴァや
アップテンポのジャズまで、楽曲に合わせて彼女の声も自在に変わる。

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一番前の席には、彼女の愛する家族の姿があった。
「エヴィ、これあなた好きよね?」と愛娘に話しかけながら、
ルーマニア語のオリジナル曲が始まった。
それは、娘の大好きな曲も収められているクリスマスのアルバム。
美しいバラードのような子守唄が、やさしく響き渡る。
まるで彼女の自宅で、家族に囲まれながら聴くような
アットホームなコンサート。

いつか、彼女の言った言葉が忘れられない。
「私は、あなたたちのような探求者が好きよ。」
常に新しいものを追い求める人、
その目的のために努力を惜しまない人。
彼女こそ、まさに探求者なのだ。
40という新しい年の入口に立つ私にとって、
彼女との出会いはまさに最高のプレゼントとなった。

彼女のステージから、大好きな曲 "Like Water"

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コンサート情報などLuiza ZanのHPはこちら







comments(0)|trackback(0)|アート|2018-04-16_16:41|page top

花の日曜日-信仰告白式

イースターのちょうど一週間前。
町のルター派教会で、長男の信仰告白式が行われた。
この日のために、この二年間、聖書の時間で勉強をつづけてきた。

160問からなるカーテーと呼ばれる小冊子に、
聖書や教会についての知識が詰まっている。
プロテステスタント教では、生まれてすぐに信者になるのではなく、
本人の自覚と意志をもってはじめて信者になれるという決まりがある。
子どもたちは一昨年に洗礼をしたばかりなので、
いきなりの大行事に面くらってしまったが、
普通は子どもが生まれてすぐに洗礼をするので、
それから長い間ゆっくりと、信仰告白のために準備をしていく。

昔は成人式といえるほど、大人になるための重要な試練だった。
その日のために、親たちは祝日用の最も豪華な衣装を作って備え、
カロタセグ地方では、この式を済ませるとパールタと呼ばれるビーズの冠を被ることができた。
つまり、その日からいつでも嫁に行けるという意味合いがある。

土曜日の夕方に、試問の日がやってきた。
セーケイ地方なので、皆がセーケイの衣装に身を包んでいる。
女の子は赤い手織りのベストにスカート、そして白いエプロン。
男の子は白いシャツに黒いウールのベストやジャケット、
そして白いウールのタイトパンツを装う。

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セーケイ地方の、特に3つのセークと呼ばれる
この辺りでは、100年以上民俗衣装を日常に着ることがなかった。
というのも、ブラショフという工業都市に近かったため、
早くに町の流行が流れつき、
人々の衣装も都市化してしまった。
そのため、セーケイの衣装、特に古いものを一式揃えるのは難儀である。

息子の衣装も一見してセーケイ風ではあるが、
実はジャケットはクルージ周辺のジュルジ村、
ウールパンツはブラショフ周辺のバルツァシャーグ地方のルーマニア人のもの、
シャツは、ブーツはというように、セーケイのものは一つもない。
つまり、寄せ集めである。

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この日は、教会の地下の集会所で、
家族や親戚、洗礼親たちに見守られる中、
牧師さんの質問に、それぞれが応えるという質疑応答の形式で行われる。
昔は、日曜の礼拝の後、
村じゅうの人々が注目をする中で行われたというから、
若者たちがどれだけ緊張していたかが伺える。

トランシルヴァニアではルター派は少なく、
昔はドイツ系のザクセン人がほとんどだった。
ザクセン人がドイツに移住してしまった現在では、
ザクセン地方に近い村や町に住むハンガリー人がその多くを占める。
8人の少年少女たちは、無事に試練を乗り越え、
その日は帰途についた。

そして、翌日。
「花の日曜日」と呼ばれる祝日の日に式が行われる。
礼拝の後、はじめて聖餐(せいさん)といって、
キリストの体を象徴するパンや、
キリストの血を象徴するワインを口にすることができる。
それによって、神を五感で感じることができるのだろう。

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若者たちの両親が教会の掃除をして、飾りつけをした。
ベンチには、モミの葉と白いカーネーションの花が飾られる。

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祭壇の前で、信者となる若者たちはひざまずき、誓いの言葉を述べる。
牧師さんに祝福の言葉をもらい、晴れてルター派の一員となった。

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礼拝の後、扉の前で牧師さんと握手をするしきたりがある。
この日ばかりは、13歳の若者たちもすべての参加者の手を握る。
私の身長をすでに追い越した息子の手を握り、「おめでとう。」といった。
時の流れは速く、
トランシルヴァニアで生を受けた長男は、
生後半年で日本へ渡り、3年半の時を過ごした。
そして4歳になる前に、またこちらに帰ってきて、
新しい生活をはじめた。
想えば、息子が生まれてからしたさまざまな苦労も、
子どもがいるからこそ乗り越えてこれたのかもしれない。
子育ては、親をも成長させてくれる。
たくさんの洗礼親や家族に見守られて、
ひとつ大人への階段を上ったのだろう。

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式の後は、古民家でにぎやかに昼食をとった。
大きなイベントが終わって、私たちの肩の荷もおりたのだった。

comments(0)|trackback(0)|イベント|2018-04-07_14:29|page top

羊を追うひと


冬の合間に、ふと温かな日がやってくることがある。
そんな時に青空が見えたら、それは遠足に絶好の機会だ。
裸の大地も、太陽の光のおかげで温かく見える。


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何もない大地でかけっこをする子どもたち。
突然、娘が大声をあげて駆けてきた。
羊の群れが目の前に現れたのだ。
羊の群れには猟犬がつきものであるから、緊張が走る。


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そのとき、心配は無用と羊飼いの声がした。
羊飼いのおじさんはロバをひいてゆっくりと歩いていく。
「ロバに乗せてあげると言っているよ。」ルーマニア語を通訳する旦那の声がする。
勇敢にも、娘はひとりでおじさんに向かっていった。


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町からの旅行者に慣れているのか、
おじさんは娘を抱き上げて、ロバの背に乗せてくれた。
「写真を撮ってあげなさい。」
子供好きそうに、やさしく微笑んだ。


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やがて、おじさんが行くと、
私たちを警戒して足踏みをしていた羊たちが
一斉に丘をすべり降りていく。


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まるで川が堰を切ったようだ。
その勢いは、動物ではなく水の流れを見ているように錯覚させる。


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あるものは脇目もふらず、ただひたすらに主人めざして駆けてゆき、


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またあるものは、こちらを心配そうに覗いながら、
子を想い、兄弟を想い、
「気をつけてね。」と声をかけながら歩いていく。


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しばらく無言でこの大移動を眺めていたのが、
群れの終わりが見えてくると、名残惜しくなったのか、
子供たちは後ろをついてく。


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あっという間に点になっていく、羊たち。
無駄とは知りながらも、その群れを必死になって追いかけていく子供たち。
冬の遠足は思いがけない体験をもたらしてくれた。


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この大地が、若草色に染まるのはいつになるだろうか。
冬の終わりはなかなかやってこない。


comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2018-03-21_01:28|page top

カロタセグ、空色の教会

1月のある日、
私たちはカロタセグ上地方の村を訪れた。
村の中心にある、教会の中へと入る。
真っ白な壁に、まるで青空のようなブルーが鮮やか。
壁にはドロンワークのタペストリー、
その白が清々しい。


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カルバン派教会に描かれているのは、
キリストでも聖人でもなく、素朴な植物模様だけ。
まるで村の民家にいるような、温かさを与えている。


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天井から下がるのは、村人たちが麦の穂でつくったシャンデリア。
つり鐘の形をしている。


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「天井を見てごらん。」とささやき声がする。
あの鮮やかな空色で囲まれた中に、
さまざまな物語が浮かんでいるでしょう。
四季折々の植物に、太陽に月、そして星たち、
知恵の実を守る蛇に、海の神さまポセイドン。


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「あの2つの頭をもつ鳥はなに?」
あれは、オーストリア・ハプスブルクの紋章にもあるシンボル。
「双頭の鷹」と言われるもの。
それに、夏にやってくるコウノトリだっている。


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教会の入口には、花びんから花が伸びるモチーフが描かれている。
刺繍にだって同じものが見られるでしょう。


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これは、牧師さんがお説教するときに上がる台。
ここで話をするつかの間は、この教会の王様になるんだ。
その証拠に、台の上に王冠がかぶさっている。
ここにもカロタセグならではのモチーフが見られるでしょう。


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教会のブルーのように、澄んだ青色の瞳をもつ、
鍵番のおじいさんがこう言った。
「パイプオルガンを弾いてあげよう。」


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おじいさんは、軽々と古い木の階段を登っていく。
「これは、古いオルガンだからね。
空気を送ってあげないといけない。」
旦那が木製のペダルを押している間、
おじいさんは厳かにオルガンを奏ではじめた。
その音は、太くてやさしく、
天から降りそそいできた。
冷たく静かな教会に、温かく染み入るような音色。

83歳のアンドラーシュおじさんは、
日曜日がくるたびに、こうして清らかな音階を奏でつづけている。


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正面から見たところ。

 

そして、横から見たところ。

 

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comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2018-03-18_00:00|page top