トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

6月の麦畑

ブラショフからの帰り道、
あまりの見事な風景にあっと声をあげて、車を止めてもらった。
一面の麦畑の中に、目の覚めるほどの真っ赤なポピーの花が一瞬目に映ったからだ。

あぜ道に車を置いて、
その風景をひと目見ようと国道沿いを歩いていく。
道すがら、すでに娘は真っ赤な妖精のような花を一輪つんでいた。

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ここは、セーケイ地方とザクセン地方との境。
あの丘のふもとには、セーケイの青い教会が見事な小さな村がある。

viragos mezo

ここではどこにでも見られる、自然に生まれた花畑の見事さにかなうものはない。
カモミールが涼しげな白色と太陽のしずくのような黄色、
そして爽やかな香りをこちらに投げかけている。

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子どもたちが大きな葉っぱを見つけた。
2歳の娘の背中にのせると、まるで蓑のようだ。

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目の前に広がる、果てしない黄金色の海。
その向こうに、誰が植えたのでもなく自然に赤い花が群生している。
誰かに見てもらうのをただ待っているという訳でもなく。

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胸まである麦の穂に遮られて、先へ進めない。
できることなら、この黄金色の海を泳ぐようにしてどこまでも進みたい。

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夏に咲く野の花で、これほど鮮やかに目を惹きつける花はない。
シフォンのようなやわらかな花びらも、
貴婦人のスカートのようなその姿形も・・。

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その時そよ風が吹いて、音をたてて麦畑がそよいだ。
青々とした麦色の中で朱赤の妖精たちが舞っていた。

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初夏の一日を鮮やかに染め上げる麦畑の風景を目に焼き付けて、
この一本道をどこまでも歩いていこう。
永遠につづくかのような夏の日々も、やがて緑を枯れつくし、
いつか終わりがやってくる。

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comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2015-08-06_21:49|page top

聖アンナ湖と炭酸水の湧く泉

ここセーケイ地方の人々が誇る場所がある。
それは、ハルギタ県とコヴァスナ県のちょうど境に位置する、森深い山の中。
聖アンナ湖である。

海が遠いこの地では水が珍しいから、と言えばそうかもしれない。
今でもクマや野生動物が多く生息するという森深いこの地は、どこか神秘的なものを感じさせる。
このような話も耳にした。
19世紀のハンガリーの作家も多く、
ハンガリーの異教徒時代の神聖な場所がここにあったと信じていたらしい。
Balvanyosという地名も、異教の神像を表すBalvanyを連想させるからであろう。

森の中へと右往左往と車がさまよいながら進み、Balvanyosについた。
長いドライブで娘が眠ってしまったので、私は留守番をすることにした。
旦那たちは、「硫黄の洞窟」と呼ばれる場所を見に行った。
若いころに一度行ったことがあるが、
硫黄が噴き出る小さな洞窟で腰までつかると治療作用があるということだった。

森の中を歩いていると、大きなフクロウに出会った。
しかし、それは動かない。
大きな翼を広く横たえたままのフクロウは、
もしかしたら硫黄のガスを吸ってしまったのかもしれない。

stanna.jpg

まだ生きているかのように綺麗な翼を、そっと持ち上げてみる。
岩の上で、あたかも大空を羽ばたく夢を見て眠っているかのようだ。

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娘が目覚めたので、今度は下り道を歩いて炭酸水の浴場のある場所へ。
ちょっとしたハイキング気分で太陽の下を歩くと、
先ほどまで肌寒かったのが一転して汗ばむ陽気になる。

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人一人いない静かな場所に、いくつか水がたまっているだけ。
その一つ一つは色が違い、後から後から泡が噴出している。
白く濁っているのは、どんな成分が入っているのだろう。

stanna (8)

足をつけてみると、まるで氷のように冷たく、
ピリピリと皮膚がいたく感じる。
骨の髄までしみこむ冷たさをしばらく我慢してつけていると、
ようやく慣れてきたらしい。
足湯ならぬ、炭酸の足水。

stanna (9)

こちらは透明であるが、硫黄のにおいが強い。
鉄分のせいか、木製の桶が赤褐色に色づいている。

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もっとも広い桶には、黄色く濁った炭酸水が湧いている。
他のものに比べると、それほど冷たく無く感じられる。

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きれいに整備された浴場であるのにも関わらず、
何の標識も説明書きもなく、自然のままに放置してあるだけ。
夏の猛暑日ならば、この冷水がさぞ心地よく感じられるであろう。

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自然好きの息子がすぐに目を留めたのは、珍しい食虫植物。
赤いとげのある葉で素早く虫を捉える、ハエ取り草である。

stanna (10)

ふわふわと綿毛のような植物も見られる。

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ふと見回すと浴場は森の木々に囲まれていて、
あたかも森林浴をしているような気分である。

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今度は車で少し下って、聖アンナ湖へ向かう。
大昔は火山だったこの地帯に残る、カルデラが長い年月をかけて湖になったもの。
ヨーロッパでも有数の、透明度の高い湖で、
ほとんど生物が存在しないといわれていたが、
最近は観光客の増加により多少は透明度が落ちたかもしれない。

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見回す限り、緑の深い山に囲まれている。
夏は水浴びで賑わうのが、今はまだ水温が冷たいため、
湖畔でピクニックをする人々が見られるだけ。

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あちらの方からねずみ色の雲が押し寄せてきた。
もうすぐ雨が降りそうなので、先ほどまでシートを広げてくつろいでいた人々も
足早に片づけていなくなってしまった。

山の上の駐車場に戻ると、遠くへ人々が列をなして歩いていく姿が見られる。
モホーシュ(苔のある所)という自然保護地区へ出かけるらしい。
2時間に一度しかないツアーだから、慌てて人々の後を追いかけていくと、
参加させてくれるらしい。

この保護区周辺には、8頭の野生のクマが生息しているとのことで、
ガイドの青年がちょうど客を引き連れていく時に、子熊が入り口を入っていく様子を見たと写真を見せてくれた。
杉の木がまばらに生える他は、小さな茂みが大地を覆っているだけ。
見た目は低木なのだが、実は樹齢何百年の木もあるらしい。
小さな遊歩道を列になって通りながら、
まるで森の妖精にでも出会えそうな風景を目に焼き付けた。

stanna (13)

ここだけ特殊な植物が生息するというのは、土が関係しているらしい。
泥炭地、つまり低気温地域の沼地であるために、木々は成長が遅く、
苔や食虫植物など特殊な植物しか育たない。

stanna (15)

大粒の雨が空から落ちてきた。
このまま雨がひどくなったら、引き返そうかどうか顔を見合わせていたとき、
いくつかの小さな湖にたどり着いた。
黒々とよどんだ湖は水深が深く強い酸性である。
それにもかかわらず、周辺に生息する野生動物はこの水を飲みに来るという。

通称「海の目」という名の湖で、表面は小さいが、深くなるにつれて面積が広くなり、
まるで砂時計のような形をしている。
やがて表面を物が覆い隠してしまうため、ここ20年の間にも湖の数が減ってしまったという。

stanna (14)

大降りにならないようにと願っているうちに、
雨雲はいつしか通り過ぎ、その自然保護区の見学を終わるころには空が明るくなってきた。
夕暮れ時に山を下りると、
原っぱから帰ったばかりの牛の群れを見送りながら家路についた。
comments(0)|trackback(0)|自然、動物|2015-07-24_18:54|page top

手作り季刊誌「te.」vol.54 Summer2015

灼熱の太陽が降り注ぐ中、
トランシルヴァニアの我が家に分厚い日本からの封書が届きました。

封を開けてみると、雑誌が数冊入っています。
涼しげなブルーの糸巻の絵がふわりふわりと舞う雑誌は、
関西の手織りと糸の店ておりやさんから発行される季刊誌「te.」 。
こちらに、この春の「イーラーショシュとビーズ刺繍」展の様子、
また私の活動に関する取材が紹介されました。

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te・ひと・作品のコーナーにて、
東欧・トランシルヴァニア 伝統の手仕事の扉を開けて というタイトルで、
4ページにわたる写真や取材がご覧いただけます。

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他にも、大槻能楽堂の能装束の特集も見ごたえありです。

「te.」は、こちらでお求め頂けます(定価380円)。

プロフィール紹介
本の購入

comments(0)|trackback(0)|その他|2015-07-20_20:58|page top

6月の原っぱとタイムの香り

せわしい一日が終わった。
四角いコンクリートの中で過ごした一日を思うと、
今すぐにでも新鮮な空気を吸いに表へ飛び出したくなった。

幸いに、我が家から徒歩10分もすれば町のはずれにたどり着く。
コンクリートのジャングルを抜け出して、
渇ききった蛙のように緑を探しに出かける。

丘を下りて、さらに上ったところには
もう自然の原風景が残っている。

nyarimezo2015 (1)

住まいからどのくらいの所に行けば、誰もいない空間に出合えるだろうか。
日本では、なかなかそういう町はないかもしれない。
見渡す限りの風景の中に、ただ私たち家族と、フランスから訪ねてくれたお客さまだけ。

nyarimezo2015 (2)

リカちゃんが、れんげの花で指輪を作って、
娘の指に巻いてくれた。
「可愛い、きれいね。」
女の子は誰でも、そういう言葉を聞くと嬉しくなる。

nyarimezo2015 (4)

タイムの茂みを見つけた。
うす紫に輝く小さな花の集まりは、まるで花束そのもの。
そこはかとなく、さわやかな香りが辺りに漂っている。
大きな手を広げて、旦那が上手にむしりとるとあっという間にハーブの束が集まる。

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夕暮れ時の赤い光の中に照らし出される、原っぱ。
風に吹かれて、さざなみのように草が波打っている。
こんなにも美しい場所なのに、
私の体はその精神に反比例して別の反応を起こしていた。
先ほどからくしゃみが止まらず、涙で目が赤くはれ上がってきた。
6月はじめのこの時期、原因不明のアレルギーが起こるのだ。

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子どもたちはそんな私にはお構いなしに、
夢のように見事な風景の中でかくれんぼして遊んでいる。
寝転んだり、かがんだりすると、
丈のひくい草の中であっという間に姿が消えてしまう。

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沈みゆく太陽の光を受けて、橙色に輝く原っぱ。
子どもの頃、終わりのないように思えた、長い夏休みに似ている。
涙目で、どこまでも走りつづける子どもたちの姿を追っていた。

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「これから森の方へハーブを摘みに行こうと思っているの。」
村につくと早々、友人のエンツィがこう言った。
その村に住まいを移して1年もたたない内に、
近所の母親グループの中にうまく溶け込んでいる。

隣村に住むレーカの四駆に乗せてもらい、
馬車しか通らないような山道を物ともせずに森の中へと突き進む。
「うちの主人は、傭兵としてアフリカに単身赴任しているの。
2ヶ月をアフリカで過ごして、あとの1ヶ月はここで家族で一緒に過ごす。
普段いっしょにいられない分、その時だけは存分に家族の時間を楽しむのよ。」
右へ左へと船のように傾く車体をうまく操りながら、レーカは話す。
遠い異国に暮らすご主人の話に耳を傾けていると、
不思議と今アフリカの森の中にいるような気がしてきた。

長い長い森の向こうは、ザラーンパタクという村。
周りを森に囲まれた神秘的な村は、
いくつも炭酸水がわき、昔はガラス工場があったという。
そういう彼女自身も、その村で幼い頃を過ごしたそうだ。
「昔は知る人ぞ知る村だったけれど、今はカルノク伯爵と交流の深い、
イギリスのチャールズ皇太子が別荘を買ったりして、
毎年イギリスから滞在客が来るようになったのよ。」

分厚いカーテンをめくったように、
暗い森が突然にひらけて、目の前には広々とした草原が広がっていた。
小さな子どもたちを車から降ろしてやり、大自然に一歩踏み出した。

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森の中のオアシスのような草原を、
ハンガリー語ではティスターシュという。
清らかな場所という意味だろうか。
辺りには、低木の白樺やジンの原料になるセイヨウネズの茂みが広がっている。
4人の母親と7人の子どもたちが、原っぱに散らばった。

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この広々とした空間は私たちだけのものだった。
子どもたちは、木の枝を拾ったり、
追いかけっこをしたりしてたっぷりと自由を味わう。
母親たちは、うす紫のタイムの茂みを見つけては、
熱心に刈り取って袋に入れている。

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面白いのは、タイムが生える場所は決まって
小さな丘のように土が膨らんでいることだ。
ヨーロッパの森でよく見かける、アリの巣穴のようだ。
そう話していると、誰かが教えてくれた。
「それは、タイムが乾燥した土を好むからなのよ。」
そばを通るだけで、柑橘系の果実のような新鮮な香りがこぼれる。

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子どもたちの方を見やると、
タイムの生える丘の上を踏み台にして遊んでいる。
1つの丘を取り合いになりそうなのを押さえて、
「ほら、あなたの分もちゃんとあるでしょ。」と友人が子どもの手を引いていく。
丘にちょこんと立つ様子は、まるで彫刻になった小人のようだ。

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原っぱの美しさは、その時期その時期で違う。
雨が多い夏は、緑が濃くなるし、
雨が少ないと逆に茶色味が多くなる。
一年で今だけしか見られない花と出合うことができるのも楽しみのひとつだ。

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ガタガタガタ・・・後ろの方から大きな音とともに、
丘の向こうから馬車が現れた。
自然と共に生き、自然を愛する人しか知らない、
隠れ家のような場所。

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後ろでは、町の劇場で女優をするイモラが抑揚に富んだ声で、
子どもたちに物語を語っている。
きっと子育てを楽しむ秘訣は、
母親自身がそれを楽しみ、そういう環境を皆の手で作ることだろう。
トランシルヴァニアは、
そういう意味では最高の環境なのかもしれない。

nyarimezo2015 (19)

散策に疲れると、
毛布を広げた上で子どもたちはピクニック。
母親手作りのサワーチェリーのケーキを、手づかみで食べる。

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先ほどから姿が見えないと思っていたら、
娘はひとり、わだちの上を飛びはねることに夢中の様子だ。
一見、何もないような自然の中にこそ、
本当の楽しみがある。
人に教えられることなく、自分の力でその美しさや不思議を発見し、
楽しみに変えていくことが本物の想像力ではないだろうか。

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日が落ちていくまで、娘の一人遊びを眺めていたい気分だった。
comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2015-06-23_13:51|page top

5月のカロタセグ地方へ

秋が過ぎ、長い長い冬を越えて、
再び美しい春が訪れたころ、カロタセグ行きを決めた。
ひとつは、去年の冬から依頼していた手仕事が完成したとの報告があったから。
もうひとつは、私の教え子から神学校のゼミに客として参加してほしいとの誘いがあったためだった。
まだ日本からの長い旅を経て、ゆっくりと休む暇もないままに、
ついにその日はやってきた。

気がかりだったのは、まだ2歳にならない娘のこと。
長い旅路を思い、やはり息子とともに留守番させることにした。
大きなリュックを背負い、真夜中の駅へ向かう。
春と冬との間を行ったりきたりするような
頼りなげな天気が続くため、夜はめっきり冷え込む。

どの車両がどこに止まるかは、列車が来て見ないと分からない。
おまけに、停車時間は短い。
長い列車を追いかけるようにして乗り込み、
やっとのことでチケットに書かれた席を見つけ出した。
私たちにあてがわれたのは、
蛍光灯が赤々と照らす部屋で、3人の大人がやっと座れるようなベンチ。
体を縮こめるようにして、やっと横になれるような狭さだ。
母の手刺繍の入ったストールを顔に覆うようにして、
少しでも長く睡眠を取ろうと試みるが、
何処かから隙間風が入ってくるのか体が冷えて眠れない。

旦那に他を探してもらうように頼むと、
少し向こうのコンパートメントに女性がひとり寝ている場所があると教えてくれた。
やっとのことで重い体を起こし、
私一人、うす暗い室内への扉を開けた。
古いタイプの8人席のコンパートメントは、体を長く伸ばして横になれるばかりでなく、
扉を閉めて部屋を暗くすることもできる。

やっと横になって浅い眠りにつき始めたころ、
かばんの中の電話がなった。
夢かと疑いながらも耳を当てると、姑の声だった。
「アサカが目を覚まして、あなたを探しているのよ。
どうしても泣き止まないから・・。」と申し訳なさそうに言った。
可哀想な娘の姿が目に浮かんだ。
「今、アパと電車に乗って遠くに出かけるからね。
でも、すぐに帰ってくるから大丈夫よ。」
ゆっくり慰めるように、語りかけると、
「ママだ。」とほっとしたように笑う声が受話器からこぼれる。

小さな娘にとっても試練の日々だ。
なんとしても用事を終わらせて、早く駆けつけてあげたい。
いつか、小学生になったばかりの息子を
泣く泣く置いて、一人旅に出かけたあの頃を思い出した。
それは、私にとっても試練の日々だった。
明日のことを考えて、すぐに体を横たえた。

目が覚め、ゆっくりと体を起こすと、
もう大分、日が高くなっていた。
足元が冷えたため、ストールを巻きつけて眠ったが、
それほど寒くはなかった。
快適な寝場所を得られたことに、そっと感謝した。
哀れな旦那は、あのまま明るい車内で横になり、
信じがたいことに冷房がかかっていたので、
引きかけの風邪が悪化しそうだと嘆いていた。

私たちを待っていたかのように、
同じホームの向かいにはすでにローカル列車が止まっていた。
空いた席に腰を下ろし、やっと一息、朝食のパンをかじる。
列車が進むと、先ほどまでの白く濃い霧がすっかりと晴れて、
目にも鮮やかな若草色の丘が次から次に現れる。

kalotaszeg2015maj (9)

無人駅から村までの一本道は急げばあっという間の距離だが、
今ここにいることを実感したくてわざとゆっくりと歩いていく。
大きな門をゆっくりと押すと、
エルジおばさんの耳慣れた声が飛び込んでくる。
「やっと、来たのね。」

長い冬の間をどう過ごしてきたのか尋ねると、
刺繍でずっしりと重たくなったビーズの厚紙を広げて見せてくれた。
「信仰告白式で着るエプロンよ。注文を受けて作ったの。」

深紅のバラやクジャクが彫刻のように厚みを帯びて、瞬いていた。
おばあさんは子どもの頃に父親を亡くし、
若い頃から他人のために刺繍をすることで生計を立ててきた。
嫁入り道具をもらう代わりに、美しいものを生み出す手を自分の力で養ってきたのだ。

kalotaszeg2015maj (23)

信仰告白式とは、カルバン派を信仰するカロタセグの民にとって成人式のようなもの。
16歳を迎えた少年少女が、その信仰心を試す試験のようなものが
教会の中で公然と行われる。
白いビーズの冠、新調したエプロンとスカートで輝くばかりの衣装に身を包む少女たち。
この習慣のおかげで、刺繍の職人たちはその寿命を延ばしてきたといっても過言ではない。

エルジおばさんが、スケッチブックをひも解いて見せてくれたのは、
これまで注文を受けてきたエプロンの刺繍部分の図案。

kalotaszeg2015maj (3)

ナーダシュ地方では、ハーラースと呼ばれるウール刺繍糸で
布の継ぎ目を刺繍していたのが一番古いタイプであるといわれる。
カラフルな刺繍糸だけで飽き足りなかったのか、
それから花や小鳥など様々な模様が付け足されていった。
やがて、刺繍はビーズに取って代わり、
装飾も大きく、具象的なものに変わっていった。

kalotaszeg2015maj (5)

村を離れる前に、どうしても見ておきたいものがあった。
赤いバラの絵つけ皿が一面を覆い、
天井まで届くほどの枕が積み上げられたベッドのある部屋。

kalotaszeg2015maj (8)

この部屋で一度だけ見た、麦藁帽子が忘れられなかった。
それから数多くの清潔の部屋を見たけれども、同じものと出合うことはなかった。
小さな被る部分は、頭ではなく結った髪を入れるところ。
古い民俗学の写真などで、この麦藁帽をかぶり草刈をする姿が紹介されている。
ナーダシュ地方特有のカラフルなビーズの装飾が美しい。

「昔は、カロタセグの村で麦わら帽子が作られていたけれど、
今はもう他所から持ってくるそうよ。」
こんな見事な作業帽を被ったら、畑仕事の辛さも忘れてしまいそうだ。

kalotaszeg2015maj (6)

夕方に待ち合わせがあった。
場所は、クルージの町の中心にあるカトリック教会。
約束まで時間があったので、聖ミハーイ教会の中へと入った。
石造りのバロック教会は、夏でも中はひんやりと涼しい空気が止まっている。

kalotaszeg2015maj (13)

6年間日本語を教えた生徒アルノルドの誘いで、
どうしても今日ここに来なければならなかった。
クルージの音大のコントラバス科に通いながら、神学校にも通っている。
さらに中国語講座にも通っているという。
白くて痩せたあの体のどこにそんなエネルギーがあるのだろう。
天性の感性を持ちながら、さらに驚くほどの向学心を持つその少年は、
高校3年でついに日本語能力試験の準1級に合格した。
彼と2人の教え子が巣立ち、私の日常もすこし静かになった。

kalotaszeg2015maj (11)

約束の6時がきて、アルノルドとともに神学校の一室に入った。
通りを歩く若者たちと一風変わりのない人たちとともに、テーブルを囲んだ。
上には、コーラや炭酸水、つまむものなども置いてある。
遅れて部屋に入ってきたのは、表情に朗らかさが漂う小柄な金髪の女性。
ブダペストから招かれた神学校の教員は、修道女でもある。

ゼミの最後を締めくくる日に、様々な宗教、宗派の人たちと話し合う会を設けたということ。
残念ながら、私たち以外は欠席するとの知らせだった。
信心深い人たちに囲まれて、神道や仏教の恥を晒しやしないかと内心不安だった。

誰かが質問をすることに、一人一人答えていくというもの。
その内容とは、神とはどういう存在とか、
いつどんな風に祈るかとか、
他の宗教についてどう考えるかとか、
自分が存在する意味であるとか、
死後の世界について何を信じているかとか・・。
どちらかというと主観的な考えを述べていくだけで、
何一つ難しい教義や知識など求められていないことが分かった。

テーブルを囲む大学生たちは、
誰もが驚くほど謙虚に自身の心と向かい合い、
自分の生き方を模索している姿には素直に好感が持てた。
同じ学生時代の自分はどうだっただろう。
信仰という確かな支柱をもつ彼らは、しっかりとした足取りで人生を歩んでいるように見えた。

そして最後に、講師の女性の言葉が締めくくる。
「日本で長く生活をしていたイエズス会の修道士たちと交流があるのだけれど、
彼らから素晴らしいことを学んだわ。坐禅のやり方よ。」
カトリック教といえば、キリスト教の中でも保守的な宗派であるとばかり思っていた。
ひどく謙虚に別の宗教、宗派を見る彼女の価値観には正直驚いた。
そして、私がキリスト教において最も好まない部分、
異教徒を卑下する見方をも正直に認め、
その歴史がここ60年ほどの間で変わってきたものの、
それはまだ根底にあり、すぐに消し去ることが難しいと述べた。

いつしか、自分の精神をさらけ出したかのように打ち解けて話す自分がいた。
2時間以上も続く長い会合を終えて、
疲れというよりも不思議な充足感を得て部屋を後にした。

kalotaszeg2015maj (12)

修道院の客室で目覚めた次の日は、朝から雨だった。
もう1つの目的を果たすべく、バス・ターミナルへと向かった。
国道沿いの村を通るバスとは、小さな乗り合いバスであることが分かり、
運転手は、「最終地への客でいっぱいの場合は乗せられない。」という。
出発の時間が迫り、どんどん客席は人で埋まっていく。
半ば絶望的な思いで、しゃがみこんで祈る思いで待っていた。
やがて声がかかると、最後の席にかろうじて座らせてもらえた。
席がなく、立っている乗客もいる中、小さなバスがガタガタと音を立てて走っていった。

国道沿いの村で降り、友人と落ち合って、今度は車で目的の村へ。
この村を訪れたのは、昨年の秋の暮れだった。
イーラーショシュの大作を作ってほしいという注文を受けて、
腕のいい刺繍の作り手を探しに来たときだ。
エルジおばさんは、見ず知らずの私を信じて、大きなベッドカバーの製作を引き受けてくれたのだ。
昨年の暮れからおよそ半年の長い年月を、
この針仕事のために捧げてきてくれた。

電話がないので、町で大学に通う孫娘と電話やメールで密に連絡を取り合ってきた。
本当に昔の作品のような、完璧な仕事をしてくれるのか。
途中でやめてしまわないか、また病気や不慮の事故で続けられなくなったら・・。
そうした不安はよそに、白い布はだんだんと赤い刺繍で埋まってゆき、
私が日本に滞在していた4月に、完成の報告があった。

最後に電話をしたときに、孫のハイニが誇らしげに言った。
「おばあちゃんの刺繍を見ようと、
村の人たちが家にやってきて写真を撮って帰ったのよ。」

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イーラーショシュが70年代に都市で流行をして以降、
その流行は去り、わざわざ大作を作ろうとする人はもちろん、
お金を払って買い求める人もいなくなってしまった。
村の人々にとっても、こういう大作の注文があったということは
センセーショナルであったに違いない。

イーラーショシュがカロタセグ地方が世界に誇る価値ある文化であることを自覚し、
お土産用の粗末な作品に時間を費やすのではなく、
本来の美しい手仕事の姿に立ち返ってほしい。
まるで1本針金が通っているかのように、
しっかりと力強いステッチを見て、強くそう願った。

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ずっしりと重みのある作品を旦那にバックパックに背負ってもらい、
私たちは夜に町の宿泊所に帰ってきた。
8時から深夜12時まで続くコンサートはすでに始まっていた。
町で一番古いカトリック教会で、
来場者はロウソクに火を灯していく。
そのコンサートの主催者の一人がアルノルドだった。

kalotaszeg2015maj (1)

ロウソクを持って歩いていると、脇から小さなジプシーの少女が
半ば強引にそれを取って行った。
どうするのかと見ていると、火を灯して、
床に座り、祈りをささげているのだ。
静かな歌声とギターやヴァイオリン、チェロの音がこだまする。

kalotaszeg2015maj (21)

この二日間、不思議とキリスト教にかかわり、
居場所のない私も神をすこし身近に感じることができた。
無事役目を果たして、やっと今夜子どもたちの元へ帰ることができる。
旅の終わりに、教会の中でその日の出来事を反芻し、
ひとりの自分と向き合うことの大切さを感じていた。

「神のご加護を。」
きのう、呪文のように唱えた彼女の声が耳に響いた。

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comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2015-06-17_07:06|page top

「united CRAFT nations」展

クラフトで繋がる、多国籍多文化のメンバーによる展示会が
東京勝どきのアートスペース@btfさんにて開催されます。

2013年の年の暮れに、
東京新富町にひっそりと佇む古民家ギャラリーANNEXにて展示会をさせていただきましたが、
やがて、あの素敵な空間は建物とともに消えてなくなってしまいます。
その後、ANNEXオーナーの青木計意子さまにお声をかけていただき、
今回、素晴らしいメンバーの集う合同展に参加させていただく運びとなりました。
場所は、勝どき橋の駅に程近いアートスペース@btf さん。

日本、メキシコ、アジア、アフリカ、そしてルーマニアのトランシルヴァニア地方。
様々な国籍、文化を背景にしたクラフト作品が、
パッチワークのつぎはぎのように1つの空間の中に一同に会します。

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「united CRAFT nations」展
2015年6月19日(金)~6月28日(日)@btf 4A /4B
11:00~19:00/会期中無休

「この度@btf(中央区勝どき)は2015年6月19日(金)より
『united CRAFT nations』展を開催いたします。

何か不思議な力に引き寄せられるように、
視えない糸にふんわりと導かれるように、創り、伝える。

遠い国の伝統的な手仕事だったり、
遠い時間に生まれた技法だったり、
大自然にくるまって生活する知恵だったり。

長い月日の中で成熟してきたモノを
自分のカタチにして伝えようとする彼らは、
クラフトで人に繋がり、その場所に繋がっている。

そんなクラフトで繋がる人たちが集合する
united CRAFT nations。

独得の美しさ、巧みさがあふれる空間を、旅しにいらしてください。」
参加アーティスト
@btf 4F・4A/4B

4A
ki-nari 村上圭一
nomadicraft 笹本祥巨・麻希
Fabian Landgrave ファビアン・ラングラベ

4B
JUBILEE シミズダニヤスノブ
Petite africaine 馬野晶子 
谷崎聖子 ハンガリー伝統手芸研究家 

@btf さんのHPはこちらです。

*残念ながら、今回の会期中に私は伺うことができませんが、
代わりにPretzel 貝戸哲弥さんがWSを開催されます。

イーラーショシュWS by Pretzel 貝戸哲弥 & FOLK ART Transylvania
20日(土)・21日(日)

20日(土)14:00~17:00
初級:Pretzel・お花のしおり ¥3,500(材料費込み)
定員15名 制作時間3時間(時間内に仕上げてお持ち帰りいただけます)

21日(日) 15:00~17:00
上級:FOLK ART Transylvania・チューリップとバラのバッグ ¥5,500(材料費込み)
定員10名 制作時間2時間(途中まで制作して残りはご自宅で仕上げていただきます)

お申込み・お問合せ:keiko@btf.co.jp / tel : 03-5541-0061

ルーマニアの太い綿の糸を使った温かみのあるイーラーショシュ刺繍で、
ブローチや髪飾りにしても可愛いお花のしおりや、
大人やお子様にも愛らしいショルダーバックを作りましょう。

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沢山の方のご来場をお待ちしています。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|イベント|2015-06-11_23:38|page top

春の梅雨と「イーラーショシュとビーズ刺繍」展

ひとつ季節を先取りして、
私たちが再び日本の大地を踏んだのは4月の初めのことだった。
30時間の長い長い旅の終着点は、
夜の滑走路。そして、九州の小さな町だった。

満開の桜は見遅れてしまったが、
惜しげもなく淡いピンク色の花びらを落とす様を
ほのかな太陽の光を通して見つめていた。
3年ぶりの春。

たっぷりと注いだ水が、あたりを湖のように変えてしまう。
昼はどこか神秘的で静かな水田も、
夜にはカエルの大合唱がはじまり、そのコーラスは朝まで続く。
故郷の日常が、あまりにも輝かしくて、
毎日がコマ送りのようにただ流れていった。

イーラーショシュとビーズ (11)

それから、私たちを待っていたのは、
うららかな春の日差しではなく、季節外れの梅雨だった。
毎日、毎日飽きもせず降り注ぐ、
雨、雨、雨。
あふれるほどの水が大地を濡らし、
いつ空っぽになるのだろうとねずみ色の雲を眺める。

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ついに天の水も枯れ尽きたと見え、
大地に太陽の光が舞い戻ってきた。
眠い目をこするようにして野の花が次々とひらいては、
光を体いっぱいに受け止める。
ぷんと甘い春の香りが、あたり一面に立ちこめた。

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シロツメ草があまりに綺麗だったので、
花の冠を作り、娘の頭にそっとのせてやる。
春の王女さまが出来上がった。

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休息の時間は、刻々と終わりが近づいてきて、
出発の時がやってきた。
町のネオンが灯り始めるころ、
船が沖を離れて真っ黒い海へ向けて旅立った。

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大阪に4年ぶりにやってきたのは、展示会をするためだった。
今回もまた、中崎町にある小さな古民家ギャラリーを会場に決めた。
ツタの葉がからむ表口から玄関をひらくと、
小さな空間に白塗りの壁が広がっていた。

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今回のテーマは、「イーラーショシュとビーズ刺繍」。
白壁の空間を、色とりどりにきらめくビーズで飾り立て、
来る夏を思わせる華やかさを表す。

イーラーショシュとビーズ

美しいものを身に纏いたい、誰しも思う欲求を
これほど強く、そして創造性豊かに表す例は珍しい。
カロタセグ、特にナーダシュ地域の人々の持つ、
類稀なる色彩感覚に酔いしれることのできる空間になった。

イーラーショシュとビーズ (5)

狭く長い階段を上にのぼると、
今度は一転して深い茶色をした木の壁が立ちはだかる。
ここには、イーラーショシュのダイナミックさがぴたりと肌にあった。
40年代に製作された古いタペストリーやテーブルクロスが圧巻の存在感で壁面に寄り添う。
そこに現代の作家による、クッションやクロス類がさらに彩りを加えていた。

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年代によって、また地方によって違う図案の多様さを感じることができる。

イーラーショシュとビーズ (6)

今では作ることのない大きなテーブルクロス。
イーラーショシュの本によって、
日本からカロタセグの村へと注文ができるようになった。
こうした橋渡しを今後もしていきたいと思う。

イーラーショシュとビーズ (3)

トランシルヴァニアの空気をいっぱいに、
大阪の一空間に滞在した週末。
遠方からもお越しいただいた方々、
そして一目本物を目にしようと駆けつけて下さった方々に、
心から感謝の気持ちを込めて・・。

イーラーショシュとビーズ (4)

またこの展示は、6月半ばから末まで、
東京のあるギャラリーにてこのまま移動させていただくことになった。
素敵な機会を与えてくださった、
ANNEXの青木さんに感謝申し上げます。


comments(6)|trackback(0)|イベント|2015-05-01_12:06|page top

「イーラーショシュとビーズ刺繍」展

まるでコードのような太いステッチが、
おおらかな曲線で植物模様を描きだすイーラーショシュ。

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何世紀もの間、母から娘へと伝えられ、
そして今も村で暮らす女性たちの手で伝統の灯が守られている。

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その刺繍は、カロタセグ地方の誇りとして、
これからも人々の生活を彩りつづけてゆくだろう。

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刺繍の代わりに、きらめくビーズをこよなく愛する人々がいる。

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頭の上から足の先まで、ずっしりと重い、
色とりどりのガラスの粒を身にまとう。
その輝きは、幼い少女からおばあさんになるまで
女性たちの心を魅了しつづけている。

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ルーマニア西部、カロタセグ地方。
太いコードのようなステッチがメルヘンの世界を織り成すイーラーショシュと
色とりどりにきらめくビーズで衣装を彩るビーズ刺繍。

その2つの特徴を生かして、今回は茶色い木目の壁面にはイーラーショシュ、
白い壁面にはビーズ刺繍と二部に分けて展示をいたします。

会期中、イーラーショシュとビーズ刺繍のワークショップを開催いたします。
展示会では、イーラーショシュ、ビーズ刺繍の現地の手仕事の販売や
さまざまなキット製品、手芸用品もお求めいただくことができます。

osaka kiallitas


「イーラーショシュとビーズ刺繍」展

とき: 2015年4月25日(土)、26日(日) 12:00~19:00
ところ: 大阪中崎町 ONE PLUS 1 gallery 
     (昭和時代の古民家の一階と二階の小さな会場となります。)

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ワークショップの日程
4月24日(金)、26日(日) 14:00~15:30 イーラーショシュ
キットG.チューリップとバラの花束のロングクロス/バッグを使用した初心者向けレッスン。)
25日(土) 14:00~15:30 ビーズ刺繍
キットA.マーガレットのリースを使用した初心者向けレッスン。)

*おかげさまで、全日程の講座は定員に達しました。ただいま、キャンセル待ちをお受付しています。

*それぞれ定員は6名様まで。
 講習料2500円+材料費がかかります。
 申し込みはこちらからお願いいたします。

*DMをご希望の方には郵送でお送りいたしますので、こちらまで枚数とご住所をお知らせくださいませ。

*会場へお越しになる方々へ
4/24(土)、26(日)の二日間の展示会となりますが、
ワークショップの開催される14:00~15:30だけは、二階の展示室にはご入室できません。
小さな会場ですので、この間は一階でお待ちいただくことになりますが、どうかご理解のほどよろしくお願いいたします。

comments(1)|trackback(0)|イベント|2015-03-20_05:23|page top

「世界の果ての日本人」

昨年の秋の終わり、
ここトランシルヴァニアで一週間の取材が行われた。
セーケイ地方の我が家で4日間、カロタセグ地方で2日間。
それは、世界の果てに住む日本人を訪ねるという趣旨の番組。

中でもディレクターの方が熱心に私の仕事のことや、
カロタセグ地方の手仕事にかかわることを尋ね、
それを伝えようという気持ちに感じ入った。
イーラーショシュとビーズ刺繍、
二つの大きな特徴ともいえる手仕事。

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カロタセグ地方では3つの村を周り、
4人の素敵なおばあさんたちの家を訪問した。
美しい自然環境と人、
それがあの素晴らしい手仕事を生み出す土壌であることは常々から感じていた。
カロタセグの空気を少しでも届けることができるならば、
それが一番の成功だと信じている。

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最後に、この番組に小さな奇跡が起こったことを書き加えたいと思う。
4つの地域の取材で編成される番組が、
関東ローカルでは全地域、全国放送では2つの地域だけが放映される運びとなる。
はじめの段階では、ルーマニアは全国版から漏れていたのに、
ここ最近になって変更となり、全国放送の枠に入ることになった。
たくさんの人に見て頂けることになり、嬉しい知らせだった。

TBS系番組「世界の果ての日本人13」

1)関東ローカル
   3月25日(水)21時~22時53分(インド、ルーマニア、タイ、ウガンダ)

2)全国ネット
   3月25日(水)21時56分~22時53分(インド、ルーマニア)


*HP「森の彼方-トランシルヴァニアへの扉」を制作して頂いた大前弘樹さまの
ブログ記事でご紹介いただいています。
sheepeacefulrest

*刺繍作家のモリンダさまが、こちらのブログ記事で番組終了後にご紹介くださいました。
Molinda UpaUpa
comments(16)|trackback(1)|その他|2015-03-15_06:46|page top

雪どけの唄

同じ冬でも新年を過ぎた後は、どこか違う。
きっと、雪の溶ける速さが違うのだ。
太陽の光は、分厚い雪の層をみるみる内に消し去ってしまう。
やがて、長らく目にすることのなかった大地が顔を出した。

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そり遊びの記憶の新しい丘も、
子どもたちの作った刃の跡をきれいに拭ってゆく。

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町はずれの原っぱに出ると、ちいさな小川が目の前に立ちふさがった。
雪解けの冷たい水が音を立てて流れていく。

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せせらぐ音に耳を傾けていると、
しばし忘れていた水の記憶を呼び起こした。
雨の音や川の流れ、海のざわめき・・。
それらはすべて、遠い夏の記憶。

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まだ雪の残っている森の近くに来ると、
何を思いついたのか、旦那が足を使って雪の上に線を描きはじめた。

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「点、点、そして線。顔ができた。
ここが首で、大きなお腹。トルコのバシャの出来上がり。」
こちらでは誰でも知っている絵描き唄。
巨大な雪だるまができた。

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冬の青空を見上げて、ただ微笑んでいる。
今日のうちには、姿を消してしまうかもしれない。

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森の中は、まだ白い雪で覆われているものの、
半分解けたみどれのようで、足がぬかるみそうだ。

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淡い雲が青い空を流れていく。
冬の空は、あとどれくらい続くだろう。

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旦那がジャケットを脱いで雪の上に置いた。
私たち3人がそこに腰掛けて休憩をする。
やがて、この冷たい大地にも緑が吹き、
色とりどりの花が所狭しと咲く春がやってくる。

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その日を心待ちに、
雪解けの音を聴き、太陽の光を浴びながら
ただひたすら春を待とう。

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comments(2)|trackback(0)|自然、動物|2015-03-11_15:30|page top

地中海の島へ

この旅の計画は、思わぬことからはじまった。
旅行会社から送られてきたダイレクトメールで、
シーズンオフの格安ツアーが偶然目に留まったのだ。
いくつかある海岸の町の中で、マルタ島というものにピンときた。
以前、旦那からマルタに石器時代の古代文明があったことを聞いていたからだ。

この鬱蒼とした灰色の風景から抜け出したい。
そう思ったのは、11年前ちょうど息子がお腹にいるときで、
新婚旅行としてチュニジアのツアーに参加するのを決めたのと同じ思いだった。
ひとつ新しいことを始めて、自分を変えてみたいという思いもあった。
そうして、結婚11年の記念と名をうって家族旅行をすることにした。

ヨーロッパ各地へ、ここ数年は格安飛行機が普及してきている。
「木製ベンチ」という異名をもつその飛行機は、
無料で運べる荷物が制限されていること、機内サービスが有料のこと、
頻繁に飛行機が遅延すること意外は申し分ないものだった。
ブカレストからマルタへ二時間半の飛行が、
日本円にして片道3000円程度で可能ということは驚くべきことだ。

私たちの乗った飛行機が、緑の草原と黄色い野の花のちらばる大地を踏むと、
機内からは一斉に拍手が巻き起こった。
パイロットは聞いているだろうか。
妊娠のせいか涙もろくなっている私は、旅の無事を喜び思わず涙した。
こうして、長い夢のような一週間が幕をあけた。

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表に出ると、生暖かく、肌に吸い付くような湿った空気が迎えてくれる。
空港前の椰子の木は、故郷宮崎の空港を思い起こさせる。
バスに揺られて1時間半、美しいマルタ独特の黄色い建築の群れに目を奪われながら、
小さな海岸町に着いた。

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アパートメント風のホテルは、
3人部屋でキッチンつきで一泊3000円わずか。
昼でも室内は暗く、窓の外は壁しか見えないけれど、
貧乏旅行の私たちにはちょうどいい。
昼食はスタンドのパンで済ませ、日々夕食は自炊をした。

一日目、ちょっと目を離した隙に、娘が海の浅瀬に落ちた。
ジャンバーの下は無事だったけれど、
靴もズボンもびしょびしょ。
いくらマルタとはいえ、冬は風が吹き肌寒い。
旦那がすぐに衣類を買いに走った。

初めて見る地中海の海は、青く澄んでいた。
海岸によって、その時の天候によって、深さによって色を変化させる。
海岸端を散歩していくと、

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息子が大喜びで、何かを見つけたようで駆けてくる。
赤く熟した、サボテンの実だ。
こちらは雑草のようにどこでも生えてくるらしい。
この実が、夜に悲劇を起こすとはまだ知る由もなかった。

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みずみずしい緑の草原にたどり着いた。
私の目をもっとも喜ばせたのは、他でもない緑だった。
あらゆる植物が枯れて、凍りついた世界に慣れたせいか、
何でもない風景でも感動させてくれる。

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それから田舎道をひたすら歩きつづける。
畑は、マルタの建物と同じ黄色い石垣で区切られている。
マルタ島の大きさはブダペストの町くらいというから、迷う心配はないだろう。
手にしているのは、バスの路線図だけ。

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やがて一雨振り、あわてて自動車道を探した。
庭で作業しているおじさんに、「首都行きのバス停は。」と尋ねると、
「俺ができるのは、マルティーズ(マルタ語)だけさ。」という返事。
英語が公共語で、最近は英語留学でも有名なマルタであるが、
地元の人たちはマルタ語のみ話している。
それは半分イタリア語、半分アラビア語のような不思議な言葉である。

都市のある東海岸は、
ぎゅうぎゅうに人口の密集した町の風景だけれど、
ひとたび町をでると荒々しい自然がそのままの姿で残っている。

ゴゾ島の東海岸。
荒々しい波で削られた海岸は、
大小の潮だまりが空の青をきらきらと反射している。
「アズ-レの窓」と呼んでいる。
足元の岩の下では、轟々と音をたてて波がぶつかり合い、
荒れ狂う海の恐ろしさを物語っている。

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まるで宇宙の惑星のような、小さな潮だまり。

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北海岸は、静かな砂浜が横たわっている。
はじめて見る赤茶色の土、透明な青い海、
そして岩の突き出た緑の丘には、小さな洞窟がある。
これこそ、ギリシャの古典文学オデュッセウスの舞台になったといわれる場所であるという。
「昔、チュニジアにいたときに、
誰かが海の向こうに小さな島があって、そこにオデュッセウスの舞台になった洞窟がある。」と話していたよ。
この海の向こうには、11年前に行ったチュニジアがある。

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極上の海を前にたまりかねて、旦那が衣類を脱ぎはじめた。
ついに腿まで海につかって、時折高くなる波に上着までぬらしてしまった。
太陽が翳るまで、しばし海遊びを楽しんでいた。

マルタ島の西海岸ほど、自然の猛々しさを感じない場所はない。
空港からわずかバスで15分ほどで、世界の果てのような絶壁が立ちふさがる。
今では居住区も少ないこの西海岸地帯に、
古代文明の足跡が残っているのは面白い。
まず青の洞窟と呼ばれる海食洞。
それから、数多くある中でもっとも美しいといわれるハジャール・イム巨石神殿がある。

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バスを降りて、海岸沿いを散策する。
地点から地点へと向かう、道のりがまた楽しい。
日中は太陽の光が初夏のように降り注ぐ。
汗ばんで、上着を脱いだ。

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石器時代の巨石神殿は、今から5000年以上も前に建てられたものだという。
古代人の祈りの場所であったと同時に、太陽の動きを観察し、
夏至や冬至を知るために使われたという説もある。
何千年もの間、人々の記憶から忘れ去られていた遺跡が
再び日の目を浴びるのは20世紀始めになってのことである。
現在は風雨からの保護のため、屋根がついている。

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樹一本生えていない不毛の土地で、可憐な花を咲かせる植物。

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マルタのシンボルにもなっている石の門を通して、
儀式に使用されたものか食卓のようなものがのぞき見える。
このような古代遺跡を前に鳥肌の立つような思いをするのは、
故意に作った(と見える)装飾を見るときである。
何千年と時を経た石には、
深々と穴が刻まれ、その入り口を他とは違う何かに見せていた。

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今のマルタの建物と同じ黄色に色づく巨石のそばで、
小さな石ころを拾った。
それは、もしかしたら何千年と同じ時代をともにした兄弟なのかもしれない。

最終日を前にして、つまらぬことで夫婦喧嘩。
ホテルに旦那を残して、子ども二人連れてバスに乗って海岸へ行く。
人ひとりいない海岸を歩いても、不安にならない治安のよさ。
美しい海と子どもたちの笑顔で、すぐに気分が晴れた。

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巨大ホテルの建つゴールデン・ビーチから丘ひとつ超えただけで、
誰もいない静かな砂浜にたどり着く。
息子はズボンを脱ぎ波と戯れ、娘は黄金色の砂と遊ぶ。
ただ波の音だけが響く、静かな時間。

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地図によると、丘のさらに向こうの方に砂浜があるらしい。
この風景の向こうには何があるのだろう。
紐にくくりつけた娘を抱いて、丘の上へと登ってみると、
荒々しく削られた崖があるだけ。

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今度は丘の上を通って、元の道へと引き返そう。
緑の映える小高い原っぱを歩くのは、ちょっとしたハイキング気分。

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丘の上から、最後に見る海岸。
その姿をしっかりと目に焼き付ける。
今は自然のまま美しい姿だが、時代とともにどう変わってしまうか分からない。

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最後の夜は、ラバトという王宮の街を散策した。
群青色の空の下、外灯で照らされた黄色い壁の色がなんとも見事だ。

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そのひっそりとした町の風景は、中世にタイムスリップさせてくれる。
夏の夜は、夕涼みに繰り出す人で往来はさぞにぎわうことだろう。
冷たい風の吹きぬける冬は、ただ静けさだけがある。

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こうしてのんびりと、それでも慌しい旅の日々が終わり、
再び空港に戻ってきた。
1時間遅れで到着する飛行機を待ちながら、
娘が引きちぎった荷物用のテープを息子が顔に貼り付けてやる。

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1週間に一度だけの運行便。
行きとほぼ同じ旅行客を乗せた飛行機が、
再びうっすらと白い雪のつもる大地に降りたとき、
行きの時よりもさらに大きな拍手が巻き起こった。
また涙ぐみながら、その拍手に同調し、
ルーマニア人の感情の素直さに感激したのだった。
comments(6)|trackback(0)|その他|2015-02-23_11:34|page top

セーケイ地方は母の国

「ここセーケイ地方は、母親の国である。」
そう明言したのは、地元の民俗学者バラージュ・ラヨシュ氏だった。
昨年の11月、県立図書館の青い間で本の出版を祝って公演会が開かれた。
その内容は、出産についての民俗学。

「私は、熊手ではなく鋤(すき)である。」
そういう言葉にピンときたのは、
こちらで農作業をしたことがあるだけでなく、
氏のフィールドワークのあり方を旦那から耳にしていたからだった。
生まれ故郷のセーケイ地方の村に40年以上も通い続け、
その村だけで何冊もの本を著した。
広い範囲を耕すのではなく、一点をのみ深く掘り続ける。

その研究の集大成として、3冊の本がシリーズとして出版されていく。
その一巻が、「出産、誕生にかかわる民俗学」
話は、まず生まれつきの老人のような皮膚で生まれた赤子を
どのように治療したかという話から始まる。
まさにパンを焼くのと同じ方法で、木の板に生まれてまもない乳児をくくりつけ、
あらかじめ熱しておいたかまどの中に入れる。
驚くことに、その治療は皮膚が少し赤くなる程度に焼けることによって功を奏するという。
ちなみに19世紀のハンガリーの作曲家、エルケル・フェレンツも同様の病気で生まれたが、
その治療で片方の眼を失明したという逸話もあるらしい。
その後は、儀式のように丸型のパンに赤子をくぐらせ、
犬にそのパンをくわえて門の外に追い出す。
つまり赤子の難をパンに託して追い払うという役目があるということだ。

こうして話は自宅で行われたさまざまな出産方法、
村で実際に出産に立ちあった女性の体験話などにつづいていく。

生命の誕生という神秘性を、村という小さな共同体で
何百年もの間、どのように受け止めてきたか。
それが伺い知れるような印象的な講演だった。

終わりに、画面に映し出されたのは、
古い白黒の記念写真の数々。
それは、戦時中に出兵中の父親に向けて送られた家族写真だった。
質素な身なりで背筋をただし、威厳さえ感じられる燐とした表情の母親。
まるで父親の役目まで果たさんと、気を引き締めているのがわかる。
脇には、自分より背丈の高い子供たちが
まるで母親を守るようにしてずらりと並んでいる。
その数は、どれも6、7人と多い。

「セーケイ地方は、生活がどんなに苦しい時でもいつでも子供が多かった。
賢い母親が、たくさんの子どもを育て、この地方を作ってきた。
だから、私は母親の国だと命名したいのです。」

それから3ヶ月たち、
新しい生命を授かったことが分かった。
このセーケイ地方という土地風土が、
私を母親にしてくれたに違いないと信じている。




Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2015-02-13_00:35|page top