トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

秋の夜とかぼちゃのランプ

子どもは、知らず知らずのうちに親の手を離れていくものかもしれない。

長男は家で過ごすより学校の時間が長くなり、
帰ってきても近所の友達の呼びかけで外に出ることが多くなった。
暗くなってもなかなか帰ってこないので、
散歩がてら下の子ふたりを連れて表に出ることにした。

アパートの扉を開けてみると、
10月とは思えないほどの暖かな空気が体を包み込んだ。
夕暮れどきの道を歩いて、公園の方に向かって歩いていくと、
どこからともなく賑やかな子どもたちの笑い声が聞こえてくる。

7,8人くらいの子どものグループがアパートの下の芝生に輪になって腰かけて、
楽しそうに遊んでいた。
子供の頃に遊んだ、ハンカチ落としの遊びに似ているようだ。
一人の子どもが輪の外を回りながら、ふと誰かの方をたたき、
たたかれた子どもがその子を追いかけ捕まえる。
無邪気に笑い戯れる長男を見ていると、あたかも幼稚園時代に戻ったかのようだった。
同い年の11歳の子もいれば、中には幼稚園生くらいのちいさな子までいる。

まるで夏の夜の、それも町ではなく、
どこかの村で過ごす夏休みのような夜だった。
すでに日は沈み、もうすぐ夕闇が迫ってくるのだが、
その姿をいつまでも見ていたい気持ちでいた。
すると、隣で旦那がつぶやいた。
「かぼちゃを持ってきて、ここでランプを作ろうか。」

子どもたちに提案をしてみると、
案の定、飛び上がらんばかりに喜んだ。
アパートに走って、旦那が8キロくらいはある大きなかぼちゃと
ナイフ、マッチとロウソクを持ってくる。
かぼちゃの頭のところを切って、
「種を取るのを手伝ってくれる?」と聞くと、
みんなが嫌な顔ひとつせず手を突っこんで、種をかき出してくれる。

今度は、「誰か、顔を彫りたい人いる?」というと、
一斉に手をあげて、「私は目!」、「僕は鼻!」と主張する。
よく考えてみると、かぼちゃが予想以上に硬かったので
子供の手にナイフを渡すことをためらった。
旦那が器用に、三角形の目と鼻、
ギザギザに長くのびた口をナイフで切り抜くのを皆でじっと眺めていた。

いよいよ、なかにロウソクを入れる時がきた。
群青色の闇に包まれ、アパートの周りはすでに電灯が点っていた。
かぼちゃの顔に明かりが灯ると、
子供たちの間からどっと歓声がわき起こった。
町の明かりの中では、そんなに明るい光ではない。
それでも、目や鼻、口からこぼれ出るオレンジ色の明かりを眺めていると、
秋の夜にふさわしい情緒を感じられる。

しばらくの間、その明かりに吸い寄せられるように眺めてから、
私たちは解散した。
自分の子どもが幼いこと、無邪気なことに安心し、
そしてこれほど誇らしいと思ったことはなかった。

無理して肩肘はって、大人にならなくていい。
今のうちに、子どもでいることを存分に楽しんでほしい。
大人にならなければならない時は、すぐにやってくるのだから。




comments(4)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2015-11-09_06:07|page top

秋分の産声

これだけ、ある時を待ちわびたことがあっただろうか。
赤ちゃんの生まれるはずだった日から、すでに一週間を過ぎていた。

体もそろそろ限界という時、やっと出産の兆しが現れた。
はじめは、腰のあたりからまるで水がにじむように
じんわりと広がっていく痛み。
それは、不思議と心地よいものだった。
それから、痛みの波は強くなったり弱くなったりしているうちに、
いつしか日が暮れてしまった。

娘を寝かしつけて、一緒に眠ってしまったらしい。
深夜に目を覚まして、いよいよ陣痛が本格的になってくるのが感じられた。
我が家からほど近い県立病院へと駆けつける。

日付は次の日へとかわり、
夜から明け方に近づくころ、息子が誕生した。
出産の壮絶な苦しみの中で、
息子が生まれる瞬間に泣き声がしないのに気が付いた。
その小さな体は紫色に染まり、
透明の太いゴム管のようなものが首に巻き付いているのを見た。
祈る思いで横目で見守る私の前に、
酸素マスクがかけられ、ようやく産声を聞くことができた。
9月23日、秋分の日の早朝だった。

mizuki (2)

分娩室のすぐ脇のベッドに横たわり、
待てども待てども赤ちゃんを連れてきてもらえない。
しびれを切らして、何度ともなく尋ねたが、
「ベッドに空きがないから、しばらく待つように。」という返事が返ってくるばかりだった。
息子が誕生して、8時間後、
やっと私は再会することができた。

秋のはじまりに生まれてきた息子。
名前は、瑞生(みずき)。
生まれたままのような心で、
瑞々しく生きていくようにと願いを込めた。

mizuki (4)

病院で出会った女性がこういった。
「4歳の娘がいて、兄弟がほしいとは思うのだけれど、
もう二回も流産をしてしまった。だから、子どもを授かる自信がないわ。」
もし命が誕生していたら、我が家と同じ三人の子どもがいるはずだっただろう。
彼女は日々、新生児と母親に関わりながら仕事をしている。

隣のベッドにいた女性は、
生後10日の赤ちゃんをまだその腕に抱くことができなかった。
生まれてすぐに喉に膿があることがわかり、
人工呼吸器のある部屋から出ることができないらしい。
昼も夜も、母乳を絞りつづけ、
か弱いわが子に飲ませようと部屋に運んでいる。

子どもが生まれてくること、
健康であることの有難さをこれほど強く感じたことはない入院生活だった。


女性は出産をするたびに、生まれ変われるものだと信じている。
10日間を経て、秋の美しい日の夕方にはじめて外に出た。
オレンジ色に染まる太陽のまぶしさ、自然の色彩の鮮やかさ、そして空気のやわらかさ。
私をとりまく環境の、普段は気がつかなかった美しさを
はじめてのもののように触れ、感じることができた。

mizuki (1)

遠いところから、誰かが誕生を心待ちにしてくれるということ。
三人の孫のことを想い、
猛暑の日々の中で必死に手を動かし、完成したお包み。
その鮮やかな色合いと針目のひとつひとつが、
おそらく生涯で最後となる、出産という大仕事をおえた私を祝福してくれた。

comments(12)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2015-10-02_16:16|page top

夏のある一日

冬は寒さの厳しいここトランシルヴァニアにも、
猛暑の日々は訪れる。
連日30度を超える日々が続いても、
子供たちは遊びたい誘惑を抑えることができない。

コンクリートの立ち並ぶ町よりも、
自然に囲まれた村で過ごすのがずっと快適である。
この夏は、村の友人宅に何度もお世話になって避暑させてもらった。

子供たちは家庭用プールで水浴びをするのが日課だった。
11歳の少年ふたりと、2歳になったばかりの幼児がふたり。
こんなに年の離れた兄妹でも、
いっしょに遊べば年齢の差も気にならない。
にぎやかな笑い声、叫び声が庭にこだまする。

natsunohi (11)

しばらく水で遊んだ後は、日向ぼっこ。

natsunohi (12)

こうしている内に、お向かいの子どもたちも遊びに来た。
子供たちはさっさと着ているものを脱いで、裸になって泳ぎはじめる。
家庭用プールの水があふれんばかりに、沢山の子どもたちがはしゃぎだす。

natsunohi (2)

遊んだ後の楽しみは、井戸水で冷たく冷やしたスイカ。

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紫外線が強くなる正午から4時までの間は、ひたすら家の中にこもる。
ふつう家庭には扇風機もクーラーもないが、
朝の冷たい空気をいっぱいに取り入れたあとは、
窓をしっかりと閉じて過ごす。
昼ごはんに、子どもたちの昼寝の時間。
そうして目が覚めた頃には、日が傾き、
ふたたび快適な時間帯がやってくるのだ。

母親が仕事をしている脇で、子どもたちが瓦礫に腰かけている。

natsunohi (6)

大きなリンゴの木が影を作る裏庭。
工事現場の殺風景な中でも、子どもたちは遊ぶことを忘れない。
裸足で土を踏んであちらこちらへと走り回っている。
もう庭のリンゴも実が大きく膨らんできた。

natsunohi (4)

ほとんどお互いに興味を示さなかった1歳児の頃とは違い、
2歳になると同じ年頃の子どもに興味を示すようになる。
幼なじみの二人がやっと一緒に遊ぶようになった。
良いことも悪いことも、お互いから学ぶことが多い。

natsunohi (7)

夕方日が暮れる頃になると、
きまって通りからカラカラと鈴の音が聞こえてくる。
村の牛たちが原っぱから帰ってくる時間だ。
この時間に、村人たちは夕涼みを兼ねて門の外でこの行列を眺めていることが多い。

natsunohi (1)

一日中夏の日差しをあび、自然の中で育った新鮮な草を食んだ牛たち。
甘くて濃い、ルーマニアの村の牛乳は超一品である。

natsunohi (10)

気がつけば、小さな通りは牛でいっぱいになった。
そろそろ夏の一日が終わろうとしている。

natsunohi (9)

ふたたび静けさの戻った通りに、子どもたちが繰り出す。
あたかも夏の一日を惜しむかのように、
暗くなる最後の時まで遊びつくす。

natsunohi (14)

山の向こうに、夕日が沈んでゆく。
子どもたちの手をひいて、家にかえろう。

natsunohi (13)

Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2015-08-15_13:54|page top

6月の麦畑

ブラショフからの帰り道、
あまりの見事な風景にあっと声をあげて、車を止めてもらった。
一面の麦畑の中に、目の覚めるほどの真っ赤なポピーの花が一瞬目に映ったからだ。

あぜ道に車を置いて、
その風景をひと目見ようと国道沿いを歩いていく。
道すがら、すでに娘は真っ赤な妖精のような花を一輪つんでいた。

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ここは、セーケイ地方とザクセン地方との境。
あの丘のふもとには、セーケイの青い教会が見事な小さな村がある。

viragos mezo

ここではどこにでも見られる、自然に生まれた花畑の見事さにかなうものはない。
カモミールが涼しげな白色と太陽のしずくのような黄色、
そして爽やかな香りをこちらに投げかけている。

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子どもたちが大きな葉っぱを見つけた。
2歳の娘の背中にのせると、まるで蓑のようだ。

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目の前に広がる、果てしない黄金色の海。
その向こうに、誰が植えたのでもなく自然に赤い花が群生している。
誰かに見てもらうのをただ待っているという訳でもなく。

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胸まである麦の穂に遮られて、先へ進めない。
できることなら、この黄金色の海を泳ぐようにしてどこまでも進みたい。

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夏に咲く野の花で、これほど鮮やかに目を惹きつける花はない。
シフォンのようなやわらかな花びらも、
貴婦人のスカートのようなその姿形も・・。

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その時そよ風が吹いて、音をたてて麦畑がそよいだ。
青々とした麦色の中で朱赤の妖精たちが舞っていた。

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初夏の一日を鮮やかに染め上げる麦畑の風景を目に焼き付けて、
この一本道をどこまでも歩いていこう。
永遠につづくかのような夏の日々も、やがて緑を枯れつくし、
いつか終わりがやってくる。

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comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2015-08-06_21:49|page top

聖アンナ湖と炭酸水の湧く泉

ここセーケイ地方の人々が誇る場所がある。
それは、ハルギタ県とコヴァスナ県のちょうど境に位置する、森深い山の中。
聖アンナ湖である。

海が遠いこの地では水が珍しいから、と言えばそうかもしれない。
今でもクマや野生動物が多く生息するという森深いこの地は、どこか神秘的なものを感じさせる。
このような話も耳にした。
19世紀のハンガリーの作家も多く、
ハンガリーの異教徒時代の神聖な場所がここにあったと信じていたらしい。
Balvanyosという地名も、異教の神像を表すBalvanyを連想させるからであろう。

森の中へと右往左往と車がさまよいながら進み、Balvanyosについた。
長いドライブで娘が眠ってしまったので、私は留守番をすることにした。
旦那たちは、「硫黄の洞窟」と呼ばれる場所を見に行った。
若いころに一度行ったことがあるが、
硫黄が噴き出る小さな洞窟で腰までつかると治療作用があるということだった。

森の中を歩いていると、大きなフクロウに出会った。
しかし、それは動かない。
大きな翼を広く横たえたままのフクロウは、
もしかしたら硫黄のガスを吸ってしまったのかもしれない。

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まだ生きているかのように綺麗な翼を、そっと持ち上げてみる。
岩の上で、あたかも大空を羽ばたく夢を見て眠っているかのようだ。

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娘が目覚めたので、今度は下り道を歩いて炭酸水の浴場のある場所へ。
ちょっとしたハイキング気分で太陽の下を歩くと、
先ほどまで肌寒かったのが一転して汗ばむ陽気になる。

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人一人いない静かな場所に、いくつか水がたまっているだけ。
その一つ一つは色が違い、後から後から泡が噴出している。
白く濁っているのは、どんな成分が入っているのだろう。

stanna (8)

足をつけてみると、まるで氷のように冷たく、
ピリピリと皮膚がいたく感じる。
骨の髄までしみこむ冷たさをしばらく我慢してつけていると、
ようやく慣れてきたらしい。
足湯ならぬ、炭酸の足水。

stanna (9)

こちらは透明であるが、硫黄のにおいが強い。
鉄分のせいか、木製の桶が赤褐色に色づいている。

stanna (6)

もっとも広い桶には、黄色く濁った炭酸水が湧いている。
他のものに比べると、それほど冷たく無く感じられる。

stanna (7)

きれいに整備された浴場であるのにも関わらず、
何の標識も説明書きもなく、自然のままに放置してあるだけ。
夏の猛暑日ならば、この冷水がさぞ心地よく感じられるであろう。

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自然好きの息子がすぐに目を留めたのは、珍しい食虫植物。
赤いとげのある葉で素早く虫を捉える、ハエ取り草である。

stanna (10)

ふわふわと綿毛のような植物も見られる。

stanna (11)

ふと見回すと浴場は森の木々に囲まれていて、
あたかも森林浴をしているような気分である。

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今度は車で少し下って、聖アンナ湖へ向かう。
大昔は火山だったこの地帯に残る、カルデラが長い年月をかけて湖になったもの。
ヨーロッパでも有数の、透明度の高い湖で、
ほとんど生物が存在しないといわれていたが、
最近は観光客の増加により多少は透明度が落ちたかもしれない。

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見回す限り、緑の深い山に囲まれている。
夏は水浴びで賑わうのが、今はまだ水温が冷たいため、
湖畔でピクニックをする人々が見られるだけ。

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あちらの方からねずみ色の雲が押し寄せてきた。
もうすぐ雨が降りそうなので、先ほどまでシートを広げてくつろいでいた人々も
足早に片づけていなくなってしまった。

山の上の駐車場に戻ると、遠くへ人々が列をなして歩いていく姿が見られる。
モホーシュ(苔のある所)という自然保護地区へ出かけるらしい。
2時間に一度しかないツアーだから、慌てて人々の後を追いかけていくと、
参加させてくれるらしい。

この保護区周辺には、8頭の野生のクマが生息しているとのことで、
ガイドの青年がちょうど客を引き連れていく時に、子熊が入り口を入っていく様子を見たと写真を見せてくれた。
杉の木がまばらに生える他は、小さな茂みが大地を覆っているだけ。
見た目は低木なのだが、実は樹齢何百年の木もあるらしい。
小さな遊歩道を列になって通りながら、
まるで森の妖精にでも出会えそうな風景を目に焼き付けた。

stanna (13)

ここだけ特殊な植物が生息するというのは、土が関係しているらしい。
泥炭地、つまり低気温地域の沼地であるために、木々は成長が遅く、
苔や食虫植物など特殊な植物しか育たない。

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大粒の雨が空から落ちてきた。
このまま雨がひどくなったら、引き返そうかどうか顔を見合わせていたとき、
いくつかの小さな湖にたどり着いた。
黒々とよどんだ湖は水深が深く強い酸性である。
それにもかかわらず、周辺に生息する野生動物はこの水を飲みに来るという。

通称「海の目」という名の湖で、表面は小さいが、深くなるにつれて面積が広くなり、
まるで砂時計のような形をしている。
やがて表面を物が覆い隠してしまうため、ここ20年の間にも湖の数が減ってしまったという。

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大降りにならないようにと願っているうちに、
雨雲はいつしか通り過ぎ、その自然保護区の見学を終わるころには空が明るくなってきた。
夕暮れ時に山を下りると、
原っぱから帰ったばかりの牛の群れを見送りながら家路についた。
comments(0)|trackback(0)|自然、動物|2015-07-24_18:54|page top

手作り季刊誌「te.」vol.54 Summer2015

灼熱の太陽が降り注ぐ中、
トランシルヴァニアの我が家に分厚い日本からの封書が届きました。

封を開けてみると、雑誌が数冊入っています。
涼しげなブルーの糸巻の絵がふわりふわりと舞う雑誌は、
関西の手織りと糸の店ておりやさんから発行される季刊誌「te.」 。
こちらに、この春の「イーラーショシュとビーズ刺繍」展の様子、
また私の活動に関する取材が紹介されました。

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te・ひと・作品のコーナーにて、
東欧・トランシルヴァニア 伝統の手仕事の扉を開けて というタイトルで、
4ページにわたる写真や取材がご覧いただけます。

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他にも、大槻能楽堂の能装束の特集も見ごたえありです。

「te.」は、こちらでお求め頂けます(定価380円)。

プロフィール紹介
本の購入

comments(0)|trackback(0)|その他|2015-07-20_20:58|page top

6月の原っぱとタイムの香り

せわしい一日が終わった。
四角いコンクリートの中で過ごした一日を思うと、
今すぐにでも新鮮な空気を吸いに表へ飛び出したくなった。

幸いに、我が家から徒歩10分もすれば町のはずれにたどり着く。
コンクリートのジャングルを抜け出して、
渇ききった蛙のように緑を探しに出かける。

丘を下りて、さらに上ったところには
もう自然の原風景が残っている。

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住まいからどのくらいの所に行けば、誰もいない空間に出合えるだろうか。
日本では、なかなかそういう町はないかもしれない。
見渡す限りの風景の中に、ただ私たち家族と、フランスから訪ねてくれたお客さまだけ。

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リカちゃんが、れんげの花で指輪を作って、
娘の指に巻いてくれた。
「可愛い、きれいね。」
女の子は誰でも、そういう言葉を聞くと嬉しくなる。

nyarimezo2015 (4)

タイムの茂みを見つけた。
うす紫に輝く小さな花の集まりは、まるで花束そのもの。
そこはかとなく、さわやかな香りが辺りに漂っている。
大きな手を広げて、旦那が上手にむしりとるとあっという間にハーブの束が集まる。

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夕暮れ時の赤い光の中に照らし出される、原っぱ。
風に吹かれて、さざなみのように草が波打っている。
こんなにも美しい場所なのに、
私の体はその精神に反比例して別の反応を起こしていた。
先ほどからくしゃみが止まらず、涙で目が赤くはれ上がってきた。
6月はじめのこの時期、原因不明のアレルギーが起こるのだ。

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子どもたちはそんな私にはお構いなしに、
夢のように見事な風景の中でかくれんぼして遊んでいる。
寝転んだり、かがんだりすると、
丈のひくい草の中であっという間に姿が消えてしまう。

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沈みゆく太陽の光を受けて、橙色に輝く原っぱ。
子どもの頃、終わりのないように思えた、長い夏休みに似ている。
涙目で、どこまでも走りつづける子どもたちの姿を追っていた。

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「これから森の方へハーブを摘みに行こうと思っているの。」
村につくと早々、友人のエンツィがこう言った。
その村に住まいを移して1年もたたない内に、
近所の母親グループの中にうまく溶け込んでいる。

隣村に住むレーカの四駆に乗せてもらい、
馬車しか通らないような山道を物ともせずに森の中へと突き進む。
「うちの主人は、傭兵としてアフリカに単身赴任しているの。
2ヶ月をアフリカで過ごして、あとの1ヶ月はここで家族で一緒に過ごす。
普段いっしょにいられない分、その時だけは存分に家族の時間を楽しむのよ。」
右へ左へと船のように傾く車体をうまく操りながら、レーカは話す。
遠い異国に暮らすご主人の話に耳を傾けていると、
不思議と今アフリカの森の中にいるような気がしてきた。

長い長い森の向こうは、ザラーンパタクという村。
周りを森に囲まれた神秘的な村は、
いくつも炭酸水がわき、昔はガラス工場があったという。
そういう彼女自身も、その村で幼い頃を過ごしたそうだ。
「昔は知る人ぞ知る村だったけれど、今はカルノク伯爵と交流の深い、
イギリスのチャールズ皇太子が別荘を買ったりして、
毎年イギリスから滞在客が来るようになったのよ。」

分厚いカーテンをめくったように、
暗い森が突然にひらけて、目の前には広々とした草原が広がっていた。
小さな子どもたちを車から降ろしてやり、大自然に一歩踏み出した。

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森の中のオアシスのような草原を、
ハンガリー語ではティスターシュという。
清らかな場所という意味だろうか。
辺りには、低木の白樺やジンの原料になるセイヨウネズの茂みが広がっている。
4人の母親と7人の子どもたちが、原っぱに散らばった。

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この広々とした空間は私たちだけのものだった。
子どもたちは、木の枝を拾ったり、
追いかけっこをしたりしてたっぷりと自由を味わう。
母親たちは、うす紫のタイムの茂みを見つけては、
熱心に刈り取って袋に入れている。

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面白いのは、タイムが生える場所は決まって
小さな丘のように土が膨らんでいることだ。
ヨーロッパの森でよく見かける、アリの巣穴のようだ。
そう話していると、誰かが教えてくれた。
「それは、タイムが乾燥した土を好むからなのよ。」
そばを通るだけで、柑橘系の果実のような新鮮な香りがこぼれる。

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子どもたちの方を見やると、
タイムの生える丘の上を踏み台にして遊んでいる。
1つの丘を取り合いになりそうなのを押さえて、
「ほら、あなたの分もちゃんとあるでしょ。」と友人が子どもの手を引いていく。
丘にちょこんと立つ様子は、まるで彫刻になった小人のようだ。

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原っぱの美しさは、その時期その時期で違う。
雨が多い夏は、緑が濃くなるし、
雨が少ないと逆に茶色味が多くなる。
一年で今だけしか見られない花と出合うことができるのも楽しみのひとつだ。

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ガタガタガタ・・・後ろの方から大きな音とともに、
丘の向こうから馬車が現れた。
自然と共に生き、自然を愛する人しか知らない、
隠れ家のような場所。

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後ろでは、町の劇場で女優をするイモラが抑揚に富んだ声で、
子どもたちに物語を語っている。
きっと子育てを楽しむ秘訣は、
母親自身がそれを楽しみ、そういう環境を皆の手で作ることだろう。
トランシルヴァニアは、
そういう意味では最高の環境なのかもしれない。

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散策に疲れると、
毛布を広げた上で子どもたちはピクニック。
母親手作りのサワーチェリーのケーキを、手づかみで食べる。

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先ほどから姿が見えないと思っていたら、
娘はひとり、わだちの上を飛びはねることに夢中の様子だ。
一見、何もないような自然の中にこそ、
本当の楽しみがある。
人に教えられることなく、自分の力でその美しさや不思議を発見し、
楽しみに変えていくことが本物の想像力ではないだろうか。

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日が落ちていくまで、娘の一人遊びを眺めていたい気分だった。
comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2015-06-23_13:51|page top

5月のカロタセグ地方へ

秋が過ぎ、長い長い冬を越えて、
再び美しい春が訪れたころ、カロタセグ行きを決めた。
ひとつは、去年の冬から依頼していた手仕事が完成したとの報告があったから。
もうひとつは、私の教え子から神学校のゼミに客として参加してほしいとの誘いがあったためだった。
まだ日本からの長い旅を経て、ゆっくりと休む暇もないままに、
ついにその日はやってきた。

気がかりだったのは、まだ2歳にならない娘のこと。
長い旅路を思い、やはり息子とともに留守番させることにした。
大きなリュックを背負い、真夜中の駅へ向かう。
春と冬との間を行ったりきたりするような
頼りなげな天気が続くため、夜はめっきり冷え込む。

どの車両がどこに止まるかは、列車が来て見ないと分からない。
おまけに、停車時間は短い。
長い列車を追いかけるようにして乗り込み、
やっとのことでチケットに書かれた席を見つけ出した。
私たちにあてがわれたのは、
蛍光灯が赤々と照らす部屋で、3人の大人がやっと座れるようなベンチ。
体を縮こめるようにして、やっと横になれるような狭さだ。
母の手刺繍の入ったストールを顔に覆うようにして、
少しでも長く睡眠を取ろうと試みるが、
何処かから隙間風が入ってくるのか体が冷えて眠れない。

旦那に他を探してもらうように頼むと、
少し向こうのコンパートメントに女性がひとり寝ている場所があると教えてくれた。
やっとのことで重い体を起こし、
私一人、うす暗い室内への扉を開けた。
古いタイプの8人席のコンパートメントは、体を長く伸ばして横になれるばかりでなく、
扉を閉めて部屋を暗くすることもできる。

やっと横になって浅い眠りにつき始めたころ、
かばんの中の電話がなった。
夢かと疑いながらも耳を当てると、姑の声だった。
「アサカが目を覚まして、あなたを探しているのよ。
どうしても泣き止まないから・・。」と申し訳なさそうに言った。
可哀想な娘の姿が目に浮かんだ。
「今、アパと電車に乗って遠くに出かけるからね。
でも、すぐに帰ってくるから大丈夫よ。」
ゆっくり慰めるように、語りかけると、
「ママだ。」とほっとしたように笑う声が受話器からこぼれる。

小さな娘にとっても試練の日々だ。
なんとしても用事を終わらせて、早く駆けつけてあげたい。
いつか、小学生になったばかりの息子を
泣く泣く置いて、一人旅に出かけたあの頃を思い出した。
それは、私にとっても試練の日々だった。
明日のことを考えて、すぐに体を横たえた。

目が覚め、ゆっくりと体を起こすと、
もう大分、日が高くなっていた。
足元が冷えたため、ストールを巻きつけて眠ったが、
それほど寒くはなかった。
快適な寝場所を得られたことに、そっと感謝した。
哀れな旦那は、あのまま明るい車内で横になり、
信じがたいことに冷房がかかっていたので、
引きかけの風邪が悪化しそうだと嘆いていた。

私たちを待っていたかのように、
同じホームの向かいにはすでにローカル列車が止まっていた。
空いた席に腰を下ろし、やっと一息、朝食のパンをかじる。
列車が進むと、先ほどまでの白く濃い霧がすっかりと晴れて、
目にも鮮やかな若草色の丘が次から次に現れる。

kalotaszeg2015maj (9)

無人駅から村までの一本道は急げばあっという間の距離だが、
今ここにいることを実感したくてわざとゆっくりと歩いていく。
大きな門をゆっくりと押すと、
エルジおばさんの耳慣れた声が飛び込んでくる。
「やっと、来たのね。」

長い冬の間をどう過ごしてきたのか尋ねると、
刺繍でずっしりと重たくなったビーズの厚紙を広げて見せてくれた。
「信仰告白式で着るエプロンよ。注文を受けて作ったの。」

深紅のバラやクジャクが彫刻のように厚みを帯びて、瞬いていた。
おばあさんは子どもの頃に父親を亡くし、
若い頃から他人のために刺繍をすることで生計を立ててきた。
嫁入り道具をもらう代わりに、美しいものを生み出す手を自分の力で養ってきたのだ。

kalotaszeg2015maj (23)

信仰告白式とは、カルバン派を信仰するカロタセグの民にとって成人式のようなもの。
16歳を迎えた少年少女が、その信仰心を試す試験のようなものが
教会の中で公然と行われる。
白いビーズの冠、新調したエプロンとスカートで輝くばかりの衣装に身を包む少女たち。
この習慣のおかげで、刺繍の職人たちはその寿命を延ばしてきたといっても過言ではない。

エルジおばさんが、スケッチブックをひも解いて見せてくれたのは、
これまで注文を受けてきたエプロンの刺繍部分の図案。

kalotaszeg2015maj (3)

ナーダシュ地方では、ハーラースと呼ばれるウール刺繍糸で
布の継ぎ目を刺繍していたのが一番古いタイプであるといわれる。
カラフルな刺繍糸だけで飽き足りなかったのか、
それから花や小鳥など様々な模様が付け足されていった。
やがて、刺繍はビーズに取って代わり、
装飾も大きく、具象的なものに変わっていった。

kalotaszeg2015maj (5)

村を離れる前に、どうしても見ておきたいものがあった。
赤いバラの絵つけ皿が一面を覆い、
天井まで届くほどの枕が積み上げられたベッドのある部屋。

kalotaszeg2015maj (8)

この部屋で一度だけ見た、麦藁帽子が忘れられなかった。
それから数多くの清潔の部屋を見たけれども、同じものと出合うことはなかった。
小さな被る部分は、頭ではなく結った髪を入れるところ。
古い民俗学の写真などで、この麦藁帽をかぶり草刈をする姿が紹介されている。
ナーダシュ地方特有のカラフルなビーズの装飾が美しい。

「昔は、カロタセグの村で麦わら帽子が作られていたけれど、
今はもう他所から持ってくるそうよ。」
こんな見事な作業帽を被ったら、畑仕事の辛さも忘れてしまいそうだ。

kalotaszeg2015maj (6)

夕方に待ち合わせがあった。
場所は、クルージの町の中心にあるカトリック教会。
約束まで時間があったので、聖ミハーイ教会の中へと入った。
石造りのバロック教会は、夏でも中はひんやりと涼しい空気が止まっている。

kalotaszeg2015maj (13)

6年間日本語を教えた生徒アルノルドの誘いで、
どうしても今日ここに来なければならなかった。
クルージの音大のコントラバス科に通いながら、神学校にも通っている。
さらに中国語講座にも通っているという。
白くて痩せたあの体のどこにそんなエネルギーがあるのだろう。
天性の感性を持ちながら、さらに驚くほどの向学心を持つその少年は、
高校3年でついに日本語能力試験の準1級に合格した。
彼と2人の教え子が巣立ち、私の日常もすこし静かになった。

kalotaszeg2015maj (11)

約束の6時がきて、アルノルドとともに神学校の一室に入った。
通りを歩く若者たちと一風変わりのない人たちとともに、テーブルを囲んだ。
上には、コーラや炭酸水、つまむものなども置いてある。
遅れて部屋に入ってきたのは、表情に朗らかさが漂う小柄な金髪の女性。
ブダペストから招かれた神学校の教員は、修道女でもある。

ゼミの最後を締めくくる日に、様々な宗教、宗派の人たちと話し合う会を設けたということ。
残念ながら、私たち以外は欠席するとの知らせだった。
信心深い人たちに囲まれて、神道や仏教の恥を晒しやしないかと内心不安だった。

誰かが質問をすることに、一人一人答えていくというもの。
その内容とは、神とはどういう存在とか、
いつどんな風に祈るかとか、
他の宗教についてどう考えるかとか、
自分が存在する意味であるとか、
死後の世界について何を信じているかとか・・。
どちらかというと主観的な考えを述べていくだけで、
何一つ難しい教義や知識など求められていないことが分かった。

テーブルを囲む大学生たちは、
誰もが驚くほど謙虚に自身の心と向かい合い、
自分の生き方を模索している姿には素直に好感が持てた。
同じ学生時代の自分はどうだっただろう。
信仰という確かな支柱をもつ彼らは、しっかりとした足取りで人生を歩んでいるように見えた。

そして最後に、講師の女性の言葉が締めくくる。
「日本で長く生活をしていたイエズス会の修道士たちと交流があるのだけれど、
彼らから素晴らしいことを学んだわ。坐禅のやり方よ。」
カトリック教といえば、キリスト教の中でも保守的な宗派であるとばかり思っていた。
ひどく謙虚に別の宗教、宗派を見る彼女の価値観には正直驚いた。
そして、私がキリスト教において最も好まない部分、
異教徒を卑下する見方をも正直に認め、
その歴史がここ60年ほどの間で変わってきたものの、
それはまだ根底にあり、すぐに消し去ることが難しいと述べた。

いつしか、自分の精神をさらけ出したかのように打ち解けて話す自分がいた。
2時間以上も続く長い会合を終えて、
疲れというよりも不思議な充足感を得て部屋を後にした。

kalotaszeg2015maj (12)

修道院の客室で目覚めた次の日は、朝から雨だった。
もう1つの目的を果たすべく、バス・ターミナルへと向かった。
国道沿いの村を通るバスとは、小さな乗り合いバスであることが分かり、
運転手は、「最終地への客でいっぱいの場合は乗せられない。」という。
出発の時間が迫り、どんどん客席は人で埋まっていく。
半ば絶望的な思いで、しゃがみこんで祈る思いで待っていた。
やがて声がかかると、最後の席にかろうじて座らせてもらえた。
席がなく、立っている乗客もいる中、小さなバスがガタガタと音を立てて走っていった。

国道沿いの村で降り、友人と落ち合って、今度は車で目的の村へ。
この村を訪れたのは、昨年の秋の暮れだった。
イーラーショシュの大作を作ってほしいという注文を受けて、
腕のいい刺繍の作り手を探しに来たときだ。
エルジおばさんは、見ず知らずの私を信じて、大きなベッドカバーの製作を引き受けてくれたのだ。
昨年の暮れからおよそ半年の長い年月を、
この針仕事のために捧げてきてくれた。

電話がないので、町で大学に通う孫娘と電話やメールで密に連絡を取り合ってきた。
本当に昔の作品のような、完璧な仕事をしてくれるのか。
途中でやめてしまわないか、また病気や不慮の事故で続けられなくなったら・・。
そうした不安はよそに、白い布はだんだんと赤い刺繍で埋まってゆき、
私が日本に滞在していた4月に、完成の報告があった。

最後に電話をしたときに、孫のハイニが誇らしげに言った。
「おばあちゃんの刺繍を見ようと、
村の人たちが家にやってきて写真を撮って帰ったのよ。」

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イーラーショシュが70年代に都市で流行をして以降、
その流行は去り、わざわざ大作を作ろうとする人はもちろん、
お金を払って買い求める人もいなくなってしまった。
村の人々にとっても、こういう大作の注文があったということは
センセーショナルであったに違いない。

イーラーショシュがカロタセグ地方が世界に誇る価値ある文化であることを自覚し、
お土産用の粗末な作品に時間を費やすのではなく、
本来の美しい手仕事の姿に立ち返ってほしい。
まるで1本針金が通っているかのように、
しっかりと力強いステッチを見て、強くそう願った。

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ずっしりと重みのある作品を旦那にバックパックに背負ってもらい、
私たちは夜に町の宿泊所に帰ってきた。
8時から深夜12時まで続くコンサートはすでに始まっていた。
町で一番古いカトリック教会で、
来場者はロウソクに火を灯していく。
そのコンサートの主催者の一人がアルノルドだった。

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ロウソクを持って歩いていると、脇から小さなジプシーの少女が
半ば強引にそれを取って行った。
どうするのかと見ていると、火を灯して、
床に座り、祈りをささげているのだ。
静かな歌声とギターやヴァイオリン、チェロの音がこだまする。

kalotaszeg2015maj (21)

この二日間、不思議とキリスト教にかかわり、
居場所のない私も神をすこし身近に感じることができた。
無事役目を果たして、やっと今夜子どもたちの元へ帰ることができる。
旅の終わりに、教会の中でその日の出来事を反芻し、
ひとりの自分と向き合うことの大切さを感じていた。

「神のご加護を。」
きのう、呪文のように唱えた彼女の声が耳に響いた。

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comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2015-06-17_07:06|page top

「united CRAFT nations」展

クラフトで繋がる、多国籍多文化のメンバーによる展示会が
東京勝どきのアートスペース@btfさんにて開催されます。

2013年の年の暮れに、
東京新富町にひっそりと佇む古民家ギャラリーANNEXにて展示会をさせていただきましたが、
やがて、あの素敵な空間は建物とともに消えてなくなってしまいます。
その後、ANNEXオーナーの青木計意子さまにお声をかけていただき、
今回、素晴らしいメンバーの集う合同展に参加させていただく運びとなりました。
場所は、勝どき橋の駅に程近いアートスペース@btf さん。

日本、メキシコ、アジア、アフリカ、そしてルーマニアのトランシルヴァニア地方。
様々な国籍、文化を背景にしたクラフト作品が、
パッチワークのつぎはぎのように1つの空間の中に一同に会します。

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「united CRAFT nations」展
2015年6月19日(金)~6月28日(日)@btf 4A /4B
11:00~19:00/会期中無休

「この度@btf(中央区勝どき)は2015年6月19日(金)より
『united CRAFT nations』展を開催いたします。

何か不思議な力に引き寄せられるように、
視えない糸にふんわりと導かれるように、創り、伝える。

遠い国の伝統的な手仕事だったり、
遠い時間に生まれた技法だったり、
大自然にくるまって生活する知恵だったり。

長い月日の中で成熟してきたモノを
自分のカタチにして伝えようとする彼らは、
クラフトで人に繋がり、その場所に繋がっている。

そんなクラフトで繋がる人たちが集合する
united CRAFT nations。

独得の美しさ、巧みさがあふれる空間を、旅しにいらしてください。」
参加アーティスト
@btf 4F・4A/4B

4A
ki-nari 村上圭一
nomadicraft 笹本祥巨・麻希
Fabian Landgrave ファビアン・ラングラベ

4B
JUBILEE シミズダニヤスノブ
Petite africaine 馬野晶子 
谷崎聖子 ハンガリー伝統手芸研究家 

@btf さんのHPはこちらです。

*残念ながら、今回の会期中に私は伺うことができませんが、
代わりにPretzel 貝戸哲弥さんがWSを開催されます。

イーラーショシュWS by Pretzel 貝戸哲弥 & FOLK ART Transylvania
20日(土)・21日(日)

20日(土)14:00~17:00
初級:Pretzel・お花のしおり ¥3,500(材料費込み)
定員15名 制作時間3時間(時間内に仕上げてお持ち帰りいただけます)

21日(日) 15:00~17:00
上級:FOLK ART Transylvania・チューリップとバラのバッグ ¥5,500(材料費込み)
定員10名 制作時間2時間(途中まで制作して残りはご自宅で仕上げていただきます)

お申込み・お問合せ:keiko@btf.co.jp / tel : 03-5541-0061

ルーマニアの太い綿の糸を使った温かみのあるイーラーショシュ刺繍で、
ブローチや髪飾りにしても可愛いお花のしおりや、
大人やお子様にも愛らしいショルダーバックを作りましょう。

pretzel.jpg      folk.jpg

沢山の方のご来場をお待ちしています。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|イベント|2015-06-11_23:38|page top

春の梅雨と「イーラーショシュとビーズ刺繍」展

ひとつ季節を先取りして、
私たちが再び日本の大地を踏んだのは4月の初めのことだった。
30時間の長い長い旅の終着点は、
夜の滑走路。そして、九州の小さな町だった。

満開の桜は見遅れてしまったが、
惜しげもなく淡いピンク色の花びらを落とす様を
ほのかな太陽の光を通して見つめていた。
3年ぶりの春。

たっぷりと注いだ水が、あたりを湖のように変えてしまう。
昼はどこか神秘的で静かな水田も、
夜にはカエルの大合唱がはじまり、そのコーラスは朝まで続く。
故郷の日常が、あまりにも輝かしくて、
毎日がコマ送りのようにただ流れていった。

イーラーショシュとビーズ (11)

それから、私たちを待っていたのは、
うららかな春の日差しではなく、季節外れの梅雨だった。
毎日、毎日飽きもせず降り注ぐ、
雨、雨、雨。
あふれるほどの水が大地を濡らし、
いつ空っぽになるのだろうとねずみ色の雲を眺める。

イーラーショシュとビーズ (8)

ついに天の水も枯れ尽きたと見え、
大地に太陽の光が舞い戻ってきた。
眠い目をこするようにして野の花が次々とひらいては、
光を体いっぱいに受け止める。
ぷんと甘い春の香りが、あたり一面に立ちこめた。

イーラーショシュとビーズ (10)

シロツメ草があまりに綺麗だったので、
花の冠を作り、娘の頭にそっとのせてやる。
春の王女さまが出来上がった。

イーラーショシュとビーズ (12)

休息の時間は、刻々と終わりが近づいてきて、
出発の時がやってきた。
町のネオンが灯り始めるころ、
船が沖を離れて真っ黒い海へ向けて旅立った。

イーラーショシュとビーズ (14)

大阪に4年ぶりにやってきたのは、展示会をするためだった。
今回もまた、中崎町にある小さな古民家ギャラリーを会場に決めた。
ツタの葉がからむ表口から玄関をひらくと、
小さな空間に白塗りの壁が広がっていた。

イーラーショシュとビーズ (15)

今回のテーマは、「イーラーショシュとビーズ刺繍」。
白壁の空間を、色とりどりにきらめくビーズで飾り立て、
来る夏を思わせる華やかさを表す。

イーラーショシュとビーズ

美しいものを身に纏いたい、誰しも思う欲求を
これほど強く、そして創造性豊かに表す例は珍しい。
カロタセグ、特にナーダシュ地域の人々の持つ、
類稀なる色彩感覚に酔いしれることのできる空間になった。

イーラーショシュとビーズ (5)

狭く長い階段を上にのぼると、
今度は一転して深い茶色をした木の壁が立ちはだかる。
ここには、イーラーショシュのダイナミックさがぴたりと肌にあった。
40年代に製作された古いタペストリーやテーブルクロスが圧巻の存在感で壁面に寄り添う。
そこに現代の作家による、クッションやクロス類がさらに彩りを加えていた。

イーラーショシュとビーズ (1)

年代によって、また地方によって違う図案の多様さを感じることができる。

イーラーショシュとビーズ (6)

今では作ることのない大きなテーブルクロス。
イーラーショシュの本によって、
日本からカロタセグの村へと注文ができるようになった。
こうした橋渡しを今後もしていきたいと思う。

イーラーショシュとビーズ (3)

トランシルヴァニアの空気をいっぱいに、
大阪の一空間に滞在した週末。
遠方からもお越しいただいた方々、
そして一目本物を目にしようと駆けつけて下さった方々に、
心から感謝の気持ちを込めて・・。

イーラーショシュとビーズ (4)

またこの展示は、6月半ばから末まで、
東京のあるギャラリーにてこのまま移動させていただくことになった。
素敵な機会を与えてくださった、
ANNEXの青木さんに感謝申し上げます。


comments(6)|trackback(0)|イベント|2015-05-01_12:06|page top

「イーラーショシュとビーズ刺繍」展

まるでコードのような太いステッチが、
おおらかな曲線で植物模様を描きだすイーラーショシュ。

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何世紀もの間、母から娘へと伝えられ、
そして今も村で暮らす女性たちの手で伝統の灯が守られている。

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その刺繍は、カロタセグ地方の誇りとして、
これからも人々の生活を彩りつづけてゆくだろう。

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刺繍の代わりに、きらめくビーズをこよなく愛する人々がいる。

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頭の上から足の先まで、ずっしりと重い、
色とりどりのガラスの粒を身にまとう。
その輝きは、幼い少女からおばあさんになるまで
女性たちの心を魅了しつづけている。

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ルーマニア西部、カロタセグ地方。
太いコードのようなステッチがメルヘンの世界を織り成すイーラーショシュと
色とりどりにきらめくビーズで衣装を彩るビーズ刺繍。

その2つの特徴を生かして、今回は茶色い木目の壁面にはイーラーショシュ、
白い壁面にはビーズ刺繍と二部に分けて展示をいたします。

会期中、イーラーショシュとビーズ刺繍のワークショップを開催いたします。
展示会では、イーラーショシュ、ビーズ刺繍の現地の手仕事の販売や
さまざまなキット製品、手芸用品もお求めいただくことができます。

osaka kiallitas


「イーラーショシュとビーズ刺繍」展

とき: 2015年4月25日(土)、26日(日) 12:00~19:00
ところ: 大阪中崎町 ONE PLUS 1 gallery 
     (昭和時代の古民家の一階と二階の小さな会場となります。)

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ワークショップの日程
4月24日(金)、26日(日) 14:00~15:30 イーラーショシュ
キットG.チューリップとバラの花束のロングクロス/バッグを使用した初心者向けレッスン。)
25日(土) 14:00~15:30 ビーズ刺繍
キットA.マーガレットのリースを使用した初心者向けレッスン。)

*おかげさまで、全日程の講座は定員に達しました。ただいま、キャンセル待ちをお受付しています。

*それぞれ定員は6名様まで。
 講習料2500円+材料費がかかります。
 申し込みはこちらからお願いいたします。

*DMをご希望の方には郵送でお送りいたしますので、こちらまで枚数とご住所をお知らせくださいませ。

*会場へお越しになる方々へ
4/24(土)、26(日)の二日間の展示会となりますが、
ワークショップの開催される14:00~15:30だけは、二階の展示室にはご入室できません。
小さな会場ですので、この間は一階でお待ちいただくことになりますが、どうかご理解のほどよろしくお願いいたします。

comments(1)|trackback(0)|イベント|2015-03-20_05:23|page top

「世界の果ての日本人」

昨年の秋の終わり、
ここトランシルヴァニアで一週間の取材が行われた。
セーケイ地方の我が家で4日間、カロタセグ地方で2日間。
それは、世界の果てに住む日本人を訪ねるという趣旨の番組。

中でもディレクターの方が熱心に私の仕事のことや、
カロタセグ地方の手仕事にかかわることを尋ね、
それを伝えようという気持ちに感じ入った。
イーラーショシュとビーズ刺繍、
二つの大きな特徴ともいえる手仕事。

sekainohateno (1)

カロタセグ地方では3つの村を周り、
4人の素敵なおばあさんたちの家を訪問した。
美しい自然環境と人、
それがあの素晴らしい手仕事を生み出す土壌であることは常々から感じていた。
カロタセグの空気を少しでも届けることができるならば、
それが一番の成功だと信じている。

sekainohateno (2)

最後に、この番組に小さな奇跡が起こったことを書き加えたいと思う。
4つの地域の取材で編成される番組が、
関東ローカルでは全地域、全国放送では2つの地域だけが放映される運びとなる。
はじめの段階では、ルーマニアは全国版から漏れていたのに、
ここ最近になって変更となり、全国放送の枠に入ることになった。
たくさんの人に見て頂けることになり、嬉しい知らせだった。

TBS系番組「世界の果ての日本人13」

1)関東ローカル
   3月25日(水)21時~22時53分(インド、ルーマニア、タイ、ウガンダ)

2)全国ネット
   3月25日(水)21時56分~22時53分(インド、ルーマニア)


*HP「森の彼方-トランシルヴァニアへの扉」を制作して頂いた大前弘樹さまの
ブログ記事でご紹介いただいています。
sheepeacefulrest

*刺繍作家のモリンダさまが、こちらのブログ記事で番組終了後にご紹介くださいました。
Molinda UpaUpa
comments(16)|trackback(1)|その他|2015-03-15_06:46|page top